第20話 剣歩き改
ガレンの仮修理は、思った以上に効いていた。
折れた剣そのものは変わっていない。刃は欠けている。錆もある。長さも足りない。見た目だけなら、相変わらず「そろそろ捨てられそうな剣」である。
だが、根元が逃げない。
それだけで、移動が変わった。
剣を硬層に刺す。
腕を引く。
剣がぶれない。
盾片で受けた力が、地面へ抜ける。
前は、剣を刺すたびに根元がぐにゃりと遅れていた。腕を引いているのに、剣だけ別の仕事をしている感じだった。かなり職場内連携が悪かった。
今は少し違う。
剣と腕が、同じ方向を向いている。
《石核ログ》
剣基部固定:安定
剣歩き効率:上昇
注意:刃先摩耗
刃先摩耗。
そう来たか。
根元が直ったら、今度は先端が減る。非常に分かりやすい。弱い場所が順番に顔を出してくる。現場ではよくある。よくあるが、毎回こちらの部品で発生するのは困る。
私は硬層道の上で、移動方法を確かめ直すことにした。
今までの剣歩きは、剣を杭のように刺して腕を引くやり方だった。泥から出るにはそれでよかった。だが、硬い層の上では、深く刺す必要がない。むしろ深く刺すと抜けない。刃先も痛む。
刺すのではなく、引っかける。
剣の先端ではなく、刃の腹と欠けた部分を使う。
私は剣を立てすぎず、硬層の浅い凹みにかけた。盾片を下に当て、牙を寝かせ、硬殻片が根に当たらないよう角度を取る。棘は畳む。薄鉄片は鳴らさない。
操作項目が多い。
移動するだけで、作業前点検が必要である。
腕一本なのに、なぜこんなに忙しいのか。
私は剣を浅くかけ、腕を引いた。
ずるり。
動いた。
いつもより軽い。
もう一度。
浅くかける。
盾片で支える。
腕を引く。
剣を抜くのではなく、転がすように外す。
ずるり。
進む。
おお。
これはいい。
深く刺さないから抜く力が少ない。剣基部もぶれない。硬層の細かい凹みを拾えば、連続して進める。泥では無理だが、硬層道なら使える。
《石核ログ》
剣歩き:改良動作を確認
刺突式 → 掛止式
可動性:E- → E
刃先負荷:低下
必要条件:硬質層
掛止式。
名前は硬い。
剣歩き改、くらいでいいのではないか。
《石核ログ》
仮称:剣歩き改
通った。
珍しく希望が通った。
少し嬉しい。
いや、名称で浮かれている場合ではない。重要なのは、これが硬層道専用に近いことだ。泥では使えない。柔らかい土では崩れる。根の上では引っかかる。水路の近くでは滑る。
つまり、道を選ぶ。
だが、道を選べば速い。
私は硬層道を何度か往復した。
前より、明らかに進む。
劇的ではない。走れるわけではない。人間の歩行にも遠く及ばない。灰噛み狼と比べれば、あちらが突進している間に私はまだ準備姿勢である。
しかし、腕一本としては大進歩だった。
腕一本基準。
かなり低い基準だが、今の私には大事である。
《石核ログ》
移動効率:上昇
硬層道上可動性:D未満
通常可動性:E維持
D未満。
ほぼD。
Dではない。
こういう惜しい表示を出してくるのはやめてほしい。届きそうで届かない。だが、見方を変えれば、あと少しでDに届くということだ。
あと少し。
私はさらに試した。
剣を浅くかける時、刃先を使いすぎると摩耗する。腹を使うと滑る。欠けた部分を使うと、硬層の凹みに引っかかりやすい。
折れた欠け。
弱点だと思っていた場所が、足場としては使える。
壊れた形にも、使い道がある。
これはかなり大きい。
私は剣の欠けを硬層に当て、腕を引いた。刃先ではなく、欠けで噛む。剣を傷めにくい。支点も安定する。少し斜めにすれば、次の支点へ自然に流れる。
かける。
引く。
外す。
次へかける。
流れができる。
剣を刺して進むのではない。剣を足場にして、硬層の上を刻むように進む。
《石核ログ》
欠け刃利用:有効
剣歩き改:安定化
可動補正:硬層道限定で上昇
硬層道限定。
それでいい。
全地形対応など、今の私には早い。まず得意な道を作る。苦手な場所では無理をしない。水路は流す。泥地は湿りを取る。根陰は隠れる。硬層道は進む。
場所ごとに役割を分ける。
それが私の足の代わりになる。
調子が出てきたところで、問題が起きた。
硬層道の途中に、古い車輪跡があった。そこは凹みが深く、剣がかけやすい。私は勢いよく欠け刃を入れた。
入りすぎた。
剣が噛んだ。
抜けない。
腕が前へ流れた勢いで、剣の根元に負荷がかかる。鉄楔片が軋む。盾片が地面を滑る。硬殻片が根に当たる。
《石核ログ》
剣歩き改:失敗
原因:掛止過多
剣基部負荷:上昇
掛止過多。
つまり、かけすぎ。
刺しすぎてもだめ。かけすぎてもだめ。浅すぎると滑る。深すぎると抜けない。移動一つで要求精度が高い。
私は少し熱くなった。
いや、熱くはない。火ではない。だが、石核の奥で何かが強く鳴った。
せっかく速くなったのだ。
ここで剣を壊すわけにはいかない。
私は無理に引かなかった。前なら引いていた。たぶん、力任せに動こうとして、また部材を外していた。今は違う。
剣を抜くのではなく、逃がす。
盾片を支持板にして腕を少し浮かせる。牙で車輪跡の縁を削る。噛んでいる部分の土を落とす。縄を近くの根にかけ、反対方向へ軽く引く。
剣の角度が戻る。
抜けた。
《石核ログ》
噛み込み解除:成功
新規理解:速度より解除経路
速度より解除経路。
その通りである。
速く進めても、詰まった時に外せなければ意味がない。剣歩き改は、ただ速い動きではなく、詰まった時に壊さず戻れる動きでなければならない。
進む道と、戻す道。
両方いる。
私は車輪跡に新しい記号を刻んだ。深い縦傷の横に、小さな半円。意味は、掛かりすぎ注意。自分用なので形は雑でいい。
《石核ログ》
新規記号:半円傷
意味:掛止過多注意
また地図が増えた。
私の谷は、少しずつ読める場所になっていく。硬層道、波線、斜線、四角傷、半円傷。地面についた傷が、私の移動を支える。
腕はまだ一本。
だが、道は増えている。
私は剣歩き改を続けた。
浅くかける。引く。外す。
深い場所では止まる。牙で削る。
滑る場所では盾片を下げる。
根の近くでは縄を補助にする。
動きが少しずつまとまる。
ばらばらだった剣、牙、盾、縄が、移動の中で順番を持つ。剣でかける。盾で支える。牙で修正する。縄で戻す。棘と硬殻は邪魔しないよう畳む。
手順。
これが、私の足になる。
《石核ログ》
剣歩き改:習熟
硬層道上可動性:D-相当
通常可動性:E
未登録機能:移動手順
D-相当。
ついにDが見えた。
正確には相当である。実際の通常可動性はEのまま。硬層道の上だけ、条件付きでD-。限定品。現場専用。保証範囲が狭い。
だが、嬉しい。
かなり嬉しい。
私は薄鉄片を小さく鳴らした。
きん。
誰かに知らせるためではない。ただの確認音だ。剣基部には負荷をかけない。薄鉄片だけを軽く弾く。
きん。
いい音だった。
お祝いとしては小さい。
だが、私には十分である。
《第20話リザルト》
改良:剣歩き
新規動作:掛止式
新規理解:速度より解除経路
新規記号:半円傷
硬層道上可動性:D-相当
通常可動性:E維持
未解決:泥地での移動/掛止過多/剣欠け部の摩耗
剣歩き改。
名前は少し雑。
でも、気に入った。
ようやく、歩いていると言い張ってもいい気がする。
腕だけだが。




