第19話 ガレンの仮修理
警戒音を鳴らせるようになったのは、悪くなかった。
盾片を少し浮かせ、剣の根元で弾く。
かん。
小さいが、通る音が出る。近くの小型魔物なら嫌がる。村の鐘ほど大きくはないが、腕一本のゴーレムとしては上出来である。
ただし、問題もあった。
鳴らすたびに、剣の根元が軋む。
《石核ログ》
盾片共鳴:継続使用
剣基部負荷:上昇
警告:固定泥の緩み
そう来たか。
音が出せる。便利。
便利だから使う。
使うと壊れる。
この世界、便利機能に毎回きっちり請求書を付けてくる。支払い方法はだいたい部材損傷である。かなり悪質だ。
私は剣の根元を確かめた。
抜けない。
相変わらず抜けない。
だが、抜けないから安全、というわけではなかった。剣は私の中心にめり込んでいる。周囲の泥と石がそれを抱え込んでいる。そこが緩むと、剣は抜けないまま角度だけ狂う。
抜けないのに、曲がる。
最悪である。
足場が曲がり、武器が曲がり、芯が曲がる。全部同じ場所で起きる。剣の根元は、私の弱点でもあるらしい。
私は鍛冶場の方を向いた。
ガレンに見せるべきか。
危険で有用な人間。
槌を持つ。
火を持つ。
こちらを素材のように見る。
近づくのは怖い。
だが、剣の根元を見られる者は、今のところあの鍛冶師しかいない。
《石核ログ》
対象:ガレン
評価:危険/有用
推奨:剣基部の確認
またその分類である。
危険/有用。
もう少し安心できる人間はいないのか。木こりは比較的まともだが、鍛冶はできない。盗賊は論外。村人は集団で来ると面倒。なら、ガレンしかない。
私は硬層道を使い、鍛冶場へ向かった。
剣を刺す。
盾片で支える。
牙で土を削る。
棘は畳む。
縄は絡ませない。
動作は前より安定している。だが、剣の根元だけが少し遅れる。引くたびに、ぐに、と嫌な感触がある。固定泥が疲れているのだ。
泥にも疲労がある。
知りたくなかった。
鍛冶場に近づくと、槌音がした。
かん。
かん。
かん。
ガレンは今日も鉄を叩いていた。炉の熱が地面を伝わってくる。私は火から少し距離を取って止まった。油の件以来、火に対する警戒は強くなっている。
石だから平気、ではない。
私の体には燃える部材が多い。
縄、棘、泥の乾き、油の残り。
可燃性ゴーレム。
嫌すぎる分類である。
ガレンが槌を止めた。
「また来たか。……なんだ、根元が緩んでるな」
早い。
まだ何もしていない。動いただけで分かるのか。いや、動き方を見れば分かるのだろう。剣の角度がわずかに逃げている。私は自分では感触で分かる。ガレンは目と経験で見る。
職人、やはり怖い。
ガレンは近づいてきて、剣の根元を指で叩いた。
こん。
私は少し沈んだ。
「昨日より音が鈍い。泥が噛んでねえ。こりゃ、そのうち刃が寝るぞ」
刃が寝る。
つまり、剣が切れない方向へ倒れる。
私にとっては、足場も寝る。芯も寝る。かなり困る。
ガレンは私の盾片を見た。
「これで鳴らしたな」
ばれた。
私は動かなかった。
「音を出すのは悪くねえ。だが、お前の根元でやるな。刃を支えてる場所を、鐘に使う馬鹿があるか」
馬鹿。
言い方が強い。
だが、反論できない。私は本当に剣の根元で盾片を弾いていた。便利だったから。音が出たから。近くの魔物が逃げたから。
結果、剣基部に負荷。
現場では、使えたから正しいとは限らない。
分かっていたはずなのに、またやった。
ガレンは小屋から短い鉄片を持ってきた。薄く、曲がった楔のような形だ。熱してはいない。冷たい鉄である。
「火は使わねえ。お前、燃えるもの付けすぎだ」
正しい。
だが、人に言われると傷つく。
いや、傷つく器官はない。だが、石核に小さく響くものはある。燃えるもの付けすぎゴーレム。名前としてはかなり不名誉である。
ガレンは鉄片を剣の根元に当てた。
私は反射的に後ろへ下がろうとした。
「動くな。打つぞ」
打つぞ。
怖い。
非常に怖い。
この男の槌は鉄を曲げる。岩に楔を入れる。そんなものを剣の根元、つまり私の中心近くに打ち込む。失敗すれば、剣が歪む。泥が割れる。最悪、芯が死ぬどころか芯が粉砕される。
だが、今のままでも根元は緩む。
私は剣を硬層に刺し、盾片を下へ当てた。牙を寝かせる。棘を畳む。縄を外す。余計な部材に振動が逃げないようにする。
ガレンが目を細めた。
「少しは分かってきたな」
少し。
本当に少しである。
ガレンは鉄片を剣の根元と石腕の隙間に噛ませた。そこへ、槌を軽く当てる。
こん。
衝撃が走った。
痛くはない。
だが、怖い。
私の中を、真っ直ぐな力が通った。剣から泥へ。泥から石へ。石から盾片へ。盾片から地面へ。いつもなら途中で逃げる振動が、今日はガレンの手で押さえ込まれている。
二打目。
こん。
鉄片が少し入る。
剣のぐらつきが減る。
三打目。
こん。
泥が締まる。石が剣を抱え直す。鉄片が、剣と石の間に挟まり、隙間を殺していく。
《石核ログ》
剣基部:補強中
異物挿入:鉄楔片
固定率:上昇
注意:過打撃で破損
過打撃。
やめて。
ガレンにその注意を出してほしい。私は見ているだけだ。いや、受けているだけだ。作業される側なので、何もできない。
ガレンは四打目を打たなかった。
「ここまでだ。これ以上は割れる」
分かっている。
この男、止め時を知っている。
危険だが、有用。
本当にその分類が正しい。
私は剣を少し動かした。
根元が硬い。
今までより、剣の角度が逃げない。剣歩きの支点がはっきりする。牙を出す時も、腕全体が少しぶれにくい。切れ味が上がったわけではない。だが、剣が私の中で座り直した。
《石核ログ》
仮修理:完了
剣基部固定率:F → E-
切断力:変化なし
保持安定:上昇
新規理解:切れ味より保持
切れ味より保持。
なるほど。
剣が鋭くても、根元が逃げれば切れない。牙が硬くても、固定が甘ければ邪魔になる。盾があっても、支えがなければ飛ぶ。
強い部材より、強く使える保持。
私は何度も同じ場所で詰まっていたらしい。
ガレンは鉄楔片のはみ出した部分を指で叩いた。
「これは仮だ。水で緩む。火で割れる。強く打てば抜ける。だが、今のお前には十分だ」
仮。
また仮。
私の体は仮ばかりである。
しかし、仮でも十分なら、それでいい。永久固定は危険だ。外せなくなる。剣のように仕様化してしまう。今はまだ、仮で組み替える方がいい。
「あと、音を鳴らすなら別の板を使え。芯の近くで鳴らすな」
ガレンは、小さな薄鉄片を一枚、地面に投げた。
錆びている。曲がっている。盾片よりずっと小さい。武器にはならない。防具にもならない。だが、叩けば音は出そうだ。
私はそれを見た。
欲しい。
だが、持つと邪魔になる。
「持っていけ。要らん端材だ」
端材。
人間にとっては不要なもの。
私にとっては新素材。
この差は大きい。
私は縄で薄鉄片を引き寄せ、剣基部ではなく硬殻片の端に軽くかけた。鳴らす時だけ使える位置。普段は邪魔にならない場所。盾片を鳴らすより安全なはずだ。
《素材取得》
薄鉄片
用途候補:警戒音/反響板
注意:固定不足
固定不足。
いつものやつだ。
もう挨拶のようなものになっている。
私は薄鉄片を軽く弾いた。
きん。
盾片より高い音。
小さいが、よく通る。剣の根元への負荷も少ない。ガレンはそれを聞いて、鼻で笑った。
「それなら、まだましだ」
まだまし。
この男の褒め言葉は、だいたい地面すれすれを飛んでくる。
だが、十分だ。
私は鍛冶場を離れる前に、岩の前で剣を試した。昨日削った溝に刃を当てる。盾片を支えにする。牙を寝かせ、棘は邪魔しない。剣を引く。
かり。
浅いが、前より線がぶれない。
大きな変化ではない。
だが、確かに違う。
切れ味は上がっていない。剣そのものは折れたままだ。錆もある。欠けもある。それでも、保持がよくなるだけで、同じ刃が少し使いやすくなる。
強化とは、刃を鋭くするだけではない。
刃が逃げないようにすること。
それを覚えた。
《第19話リザルト》
遭遇:鍛冶師ガレン
作業:剣基部の仮修理
追加部材:鉄楔片
取得素材:薄鉄片
上昇:剣基部固定率 F → E-
新規理解:切れ味より保持
新規機能:薄鉄片による警戒音
未解決:鉄楔片の水濡れ/過打撃破損/薄鉄片の固定
切れ味は変わらない。
でも、刃が逃げにくくなった。
地味。
かなり地味。
だが、今の私はそういう地味な改善でできている。




