第18話 音で追い払う
簡易棘列は、朝まで残っていた。
朝、というのは便宜上である。私は目がないので、空の明るさで時間を測っているわけではない。ただ、土の冷え方が変わり、村の方から人間の動きが増えた。だから朝だと判断した。
便利なようで、かなり曖昧な時計である。
棘列は三本のうち一本が倒れ、一本が傾き、一本だけが根に引っかかって残っていた。
成功率、三分の一。
悲しい。
だが、全滅ではない。全滅でなければ改善できる。私は倒れた小枝を引き寄せ、根元を少し深く削った。土に直接刺すのではなく、根と石の隙間に噛ませる。固定点を自作できないなら、既存の固定点に頼る。
現場は独力で完結しない。
周囲を使う。
《石核ログ》
簡易棘列:補修
固定率:微小改善
注意:長期維持には不適
長期維持には不適。
知っている。
枝三本で谷の防衛線が完成したら、世の中の防衛工事は楽すぎる。これは試作だ。試作にしては、まあ、倒れきっていないだけ偉い。
私はそう自分を納得させた。
その時、村の方から高い音が響いた。
かあん。
金属が叩かれた音。
私は動きを止めた。
耳はない。だが、音は分かる。空気の揺れが盾片に触れ、地面の振動が硬層を走り、剣の根元に返ってくる。ガレンの槌音とは違う。もっと広く、遠くへ知らせるための音だ。
かあん。
二度目。
村の中が騒がしくなる。足音。声。柵へ集まる振動。槍を持つ人間たちが走る。あの音は合図だ。
鐘。
あるいは、鐘の代わりの金属板。
《音響記録》
発生源:村内金属板
用途推定:警戒合図
効果範囲:広
音で、人間が集まる。
なるほど。
声より広く、足より早い。道具を叩くだけで、離れた場所の人間を動かす。これはかなり強い。
私も声がない。
だが、音なら出せるかもしれない。
盾片を叩く。剣を弾く。硬殻をこする。体のどこかを犠牲にすれば、少なくとも振動は出せる。
犠牲前提なのが気に入らない。
村の柵の外で、小さな魔物が数匹走っていた。兎に似た獣ではない。もっと低く、丸く、毛が逆立っている。口が大きく、群れで動く。柵の下の隙間を探しているようだった。
村人たちが槍を並べる。
だが、魔物は小さい。槍先の下をくぐろうとする。槍列は大きな突進には向いているが、小さく散る相手には隙間ができる。
小さい敵。
速い敵。
多い敵。
嫌な条件が揃っている。
そこで、村の金属板がまた鳴った。
かあん。
小型魔物たちが、一斉に跳ねた。
動きが乱れる。
かあん。
さらに大きく鳴る。
魔物たちは柵から離れた。完全に逃げたわけではない。だが、近づくのを嫌がっている。耳がいいのか、振動が苦手なのか。とにかく、音が効いている。
《対象反応》
小型魔物群:接近中断
原因推定:高音/振動/集団警戒
新規理解:音も防衛装置
音も防衛装置。
いい。
これはかなりいい。
切らない。噛まない。刺さない。止めるでもない。近づく前に嫌がらせる。棘列に近いが、範囲が広い。しかも設置しなくていい。鳴らせば届く。
弱点は、こちらの位置も知らせること。
便利さには罰がある。
もう知っている。
知っているが、毎回ちゃんと面倒だ。
村人たちは槍列を整え直し、小型魔物を追い払った。何匹かは森へ逃げ、何匹かは水路の方へ走る。そのうち一匹が、私の簡易棘列の近くに来た。
試験対象、接近。
私は動かなかった。
小型魔物は低く走り、棘列に触れた。倒れかけの小枝が鼻先に当たり、少し進路が曲がる。完全には止まらない。だが、硬層道の上をまっすぐ通らず、横へ逸れた。
そこへ、村の鐘がまた鳴る。
魔物は跳ね、さらに横へ逃げた。
棘でずらす。
音で追う。
槍列で近づけない。
別々の仕掛けが、同じ方向へ働いている。
強い。
これは強い。
一本の武器が強いのではない。棘、音、槍、柵、足場。それぞれが少しずつ敵の行動を変える。敵を倒す前に、行きたい場所へ行かせない。
私は、これをかなり重要なこととして記録した。
《石核ログ》
防衛要素:連携確認
棘列:進路変更
鐘音:接近抑制
槍列:侵入阻止
新規理解:追い払う戦い
追い払う戦い。
倒さなくてもいい。
素材は欲しい。
だが、毎回倒そうとすると損耗する。甲虫に削られ、狼に飛ばされ、猪に踏まれかけた。倒す以外の選択肢があるなら、それはかなり価値がある。
近づけない。
嫌がらせる。
進路を変える。
戻らせる。
防衛とは、敵の死体を作ることではなく、通したくない場所へ通さないことらしい。
私は盾片を意識した。
音を出すなら、これが使える。金属。薄い。硬い。すでに防御と支持板として使っている。叩けば鳴るかもしれない。
問題は、何で叩くか。
剣で叩く。
剣が傷む。
牙で叩く。
牙が欠ける。
石で叩く。
石を持てない。
選択肢が全部嫌である。
私は近くの小石を縄で引き寄せた。小石を持つと移動できない。だが、音を出すだけなら一時的に使えばいい。小石を盾片の横に置き、剣を支点に腕をずらす。
盾片を小石に当てる。
こん。
小さい音が出た。
かなり小さい。
村の鐘とは比べものにならない。小枝を落とした程度の音である。これで魔物を追い払うのは難しい。
《石核ログ》
音響試験:失敗寄り
音量:低
原因:打撃力不足/共鳴不足
失敗寄り。
優しいのか厳しいのか分からない判定である。
私はもう一度試した。盾片を地面に押しつけず、少し浮かせる。小石を直接当てるのではなく、剣の根元を使って盾片を弾く。
かん。
さっきより高い音。
私は止まった。
お。
出た。
もう一度。
かん。
盾片が震える。硬層を伝って、腕に振動が返る。小さいが、形がある音だ。鳴らす角度がある。押さえすぎると死ぬ。浮かせすぎると外れる。
音にも芯がいる。
……何にでも芯がいるな。
少し多くないか。
《石核ログ》
盾片共鳴:確認
新規機能:警戒音
音量:低
注意:位置露見
警戒音。
使える。
大きくはない。だが、小型魔物が近い時に、嫌がらせ程度にはなるかもしれない。人間に知らせることもできるかもしれない。もちろん、盗賊にも知らせる。危険もある。
音は、広がる。
広がるものは制御が難しい。
水と似ている。
火とも似ている。
私は棘列の近くにいた小型魔物の一匹が、まだこちらへ近づいてくるのを感じた。村から逃げたが、完全には離れていない。私の棘列を避けながら、硬層道へ入ろうとしている。
試す。
私は盾片を少し浮かせ、剣の根元で弾いた。
かん。
小型魔物が止まった。
もう一度。
かん。
魔物は耳を伏せるように体を低くし、進路を変えた。逃げた、というほどではない。だが、近づくのをやめた。
成功。
小さい。
だが成功。
《石核ログ》
警戒音:有効
対象:小型魔物
効果:接近抑制
音量評価:近距離限定
近距離限定。
十分だ。
今の私に広範囲防衛はまだ早い。まず自分の周囲。腕の届くより少し外。その範囲で、近づくなと知らせられるだけでも価値がある。
私は盾片をもう一度鳴らした。
かん。
音が硬層を走る。
村の金属板より小さい。ガレンの槌音より弱い。だが、私の音だ。
発声器官なし。
でも、音は出せた。
声ではない。
警戒音。
それでいい。
しばらくすると、村の騒ぎは収まった。小型魔物の群れは森へ散った。村人たちは柵を点検し、槍を片付け始める。木こりが金属板の近くで何かを確認している。
人間は音を合図にする。
私は音を防衛に使う。
ガレンは音で鉄を整える。
同じ音でも、役割が違う。
槌音は加工。
鐘音は集合。
警戒音は接近抑制。
音も道具である。
《第18話リザルト》
観察:村の鐘音
新規理解:音も防衛装置
確認:棘列・鐘音・槍列の連携
新規機能:盾片共鳴/警戒音
効果:近距離の小型魔物を接近抑制
未解決:音量不足/位置露見/盾片の負荷
声はない。
でも音は出せた。
……会話には使えないが、威嚇には使える。
かなり魔物寄りの発声である。




