第2話 強化したら動けない
小石は、腕に貼りついた。
正確には、貼りついたというより、泥を接着剤にして石の隙間に噛み込んだ、という方が近い。指の突起で押さえると、ぐにゅりと泥が入り込み、小石が私の腕の一部になった。
なるほど。
現地調達、可能。
これは大きい。なにしろ今の私は腕一本である。一本。部品数としては最低限をかなり下回っている。そこへ石を足せるなら、最終的には胴体も脚も作れるかもしれない。
夢が広がる。
いや、夢というより工程表が広がる。
まず腕を太くする。次に肩を作る。そこから胴体、脚、首、頭。頭はいるのか。目がないのに頭だけ作っても置物感が強い。だが、形としては必要だろう。たぶん。世の中、見た目で判断されることは多い。
腕だけの魔物より、全身の魔物の方が説得力がある。
説得力の方向性が最悪ではあるが。
《石核ログ》
小石接合:成功
質量:2 → 3
硬度:3 → 3.2
可動性:E → E-
上がった。
そして下がった。
早い。成長と罰が同時に来るのが早すぎる。もう少し喜ばせてから落としてほしい。いや、ログに情緒を求めても仕方がない。現場報告はいつだって冷たいものだ。
私は剣を泥に刺した。
昨日覚えた、いや、さっき覚えたばかりの剣歩きである。硬い層に剣先を引っかけ、腕全体を引く。泥を裂いて進む。遅いが進む。これが現在の主力移動手段だ。
だった。
剣を刺す。
引く。
動かない。
もう一度、角度を変える。少し寝かせる。泥の下の硬い層に当てる。昨日と同じ感触。いける。今度こそ引く。
動かない。
……おや。
私は腕に貼りついた小石を確認した。確認といっても、目がないので感触である。石が一つ増えただけだ。たった一つ。人間なら靴に小石が入った程度だろう。
だが、私には足がない。
靴もない。
あるのは腕一本と、そこに刺さった折れた剣だけである。
その腕が重くなった。
つまり、全身が重くなった。
全身。
全身とは。
腕一本で全身を名乗るのはまだ早い気もするが、現在の私にとっては事実である。腕が重いということは、私が重いということだ。
《石核ログ》
警告:推奨質量を超過
剣歩き効率:低下
原因:支点強度不足/牽引力不足
原因が多い。
ひとつにしてほしい。問題点が複数ある現場は、だいたい予算も時間も足りない。今の私には予算も時間もない。というか財布がない。手も一本しかない。いや、その手が私だった。
落ち着け。
まず、何が悪いのかを確認する。
石を足したことで硬度は少し上がった。これは良い。泥に削られにくくなった気がする。気がするだけかもしれないが、ログも硬度上昇を出している。悪くない。
問題は、重さ。
重くなったことで、剣を支点にして引く力が足りなくなった。剣先は引っかかっている。だが、腕が泥から抜けない。支点はある。牽引力がない。
結論。
強化したら動けなくなった。
「強化」とは。
私はしばらく沈黙した。
いや、もともと声は出ない。沈黙しかできない。だが今の沈黙は、構造的な沈黙である。とても深い沈黙だった。
もう一度、剣を刺す。
引く。
動かない。
泥が、じわりと腕の上に乗ってくる。時間が経つほど重くなる。これも問題だ。泥は敵ではない。ただそこにあるだけだ。だが、ただそこにあるものが、場合によっては一番厄介である。
動けない私の上に、泥が溜まる。
重くなる。
さらに動けなくなる。
これは工程ではない。
埋葬である。
待て待て待て。
私はまだ始まったばかりだ。第2工程で埋まるのは早すぎる。せめて胴体を作ってから埋まりたい。いや、埋まりたくはない。願望を間違えるな。
私は貼りついた小石を剥がそうとした。
指の突起で押す。動かない。泥が固まって、小石をしっかり保持している。さっきは低かった固定力が、こういう時だけ仕事をする。
腹立たしい。
いや、腹はない。
でも腹立たしい。
私は剣の根元を泥に押しつけ、腕を横に捻った。小石の部分が地面に当たる。ごり、と音がした。石が少しずれた。
もう一度。
ごり。
小石が外れかける。
いける。
さらに捻る。泥が剥がれ、小石が一つ、腕から離れた。ころりと泥の上を転がり、すぐ沈んだ。
《石核ログ》
小石接合:解除
質量:3 → 2
可動性:E- → E
新規理解:不要素材の分離
戻った。
強くなった分が消えた。
だが、動ける。
これは重要だった。
足すことはできる。
外すこともできる。
この二つは、同じくらい大事だ。
私は最初、足りないなら足せばいいと思った。間違ってはいない。だが、足せば常に良くなるわけではない。重くなれば、沈む。硬くなれば、曲がらない。大きくなれば、引っかかる。
素材は力だ。
だが、素材は荷物でもある。
……荷物。
自分の体に対して荷物という表現はどうなのか。少し悲しい。だが現実は現実である。使えない部材は、体についていても荷物だ。
私は、転がった小石をもう一度探った。
今度は腕全体に貼りつけるのではなく、剣の根元の横にだけ当てる。泥を少し挟む。強く押し込まない。いつでも外せる程度に、軽く噛ませる。
剣を刺す。
引く。
腕が少し動いた。
小石が泥を押し分ける。完全な強化ではない。ただの当て木。支え。仮止め。だが、剣の根元が泥に沈みにくくなった。
《石核ログ》
仮固定:成功
質量増加:微小
剣歩き効率:わずかに改善
注意:衝撃で脱落します
衝撃で脱落。
つまり、優秀な仮設部材である。
仮設部材は、必要な時だけ働いて、邪魔になれば外れる。それでいい。永久固定こそ正義、というわけではない。むしろ今の私には、外せることの方が価値がある。
私は小石をいくつか試した。
丸い石は転がる。だめ。
薄い石は泥を切る。少し使える。
尖った石は引っかかる。使えるが、抜けにくい。
大きい石は論外。強そうだが、私が動かない。
強そうだから使えるとは限らない。
かなり大事なことを学んだ気がする。
私は薄い小石を一つだけ、剣の根元に噛ませた。腕の側面には貼らない。見た目は弱い。だが、泥に沈みにくく、剣歩きの邪魔にもならない。
よし。
これでいい。
いや、これがいい。
全部盛りは、現場を殺す。必要な場所に、必要なだけ。たぶんそれが正しい。
《石核ログ》
構成更新:薄石の仮支え
質量:2.1
硬度:3.2
可動性:E
固定力:F
新規機能:仮止め
仮止め。
地味。
剣歩きに続いて、地味。
だが、地味なものほど現場では強い。派手な必殺技より、外れない足場。豪華な装備より、沈まない支え。たぶん、そういうものが最後に効く。
私は少しだけ、泥の上を進めるようになった。
まだ腕一本。まだ剣は抜けない。脚もない。目もない。声もない。できないことは山ほどある。山ほどあるのに、体は腕ほどしかない。比率がおかしい。
だが、昨日よりは分かる。
石を足せば硬くなる。
足しすぎれば動けなくなる。
外せば軽くなる。
仮止めなら、必要な分だけ使える。
強化とは、増やすことではない。
動ける形にすることだ。
私は剣を刺し、薄石で泥を受け、ゆっくりと腕を引いた。今度は沈み方が少ない。ほんの少しだが、前より楽だった。
その時、泥の向こうで何かが鳴った。
かり、と。
硬いものが、硬いものを噛む音。
私は動きを止めた。
泥の中の振動が、腕に伝わる。小さい。だが、近づいている。石でも泥でもない。自分で動く何かだ。
《石核ログ》
周辺振動を検知
接近対象:不明
推奨:退避
退避。
いい言葉だ。
問題は、私の移動速度が退避に向いていないことである。
かり。
また音がした。
さっきより近い。
私は折れた剣を泥に刺した。薄石の仮支えが、ぎり、と軋む。
退避できないなら、せめて向きを変える。
向きを変えられないなら、剣先だけでもそちらへ向ける。
たぶん、次の工程は戦闘である。
予定にない。
予定表もない。
でも現場とは、だいたいそういうものだ。
《第2話リザルト》
確認機能:小石接合
失敗:質量増加による移動不能
新規理解:不要素材の分離
新規機能:仮止め
可動性:E維持
硬度:3 → 3.2
未解決:固定力不足/牽引力不足/接近対象不明
接近対象不明。
不明のままで帰ってくれないだろうか。
泥の向こうで、硬い顎の音がした。




