表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
15/45

第15話 村の外に素材を置く

油の処理は、思ったより長引いた。


火は消した。棘枝の燃えた部分も泥で覆った。縄も無事だった。盾片もまだ使える。だが、油が面倒だった。牙の根元に入り、盾片の裏に回り、泥の接合部に染みる。


ぬるり、と滑る。


剣を刺す。滑る。

牙を当てる。滑る。

盾片で支える。滑る。


油、かなり嫌いだ。


《石核ログ》

油汚れ:残留

可動効率:低下

推奨:湿泥による拭浄後、水洗


拭浄。


急に言葉がきれいになった。


やることは泥で拭くである。泥で汚れを落とす。落とした後に水で流す。水で流しすぎると接合泥も落ちる。つまり、洗うにも順番がいる。


私は湿った泥を盾片で寄せ、油のついた部分にこすりつけた。次に水路の端で、ほんの少しだけ流す。洗いすぎない。油を水路に流しすぎない。泥接合を崩しすぎない。


作業として地味。


しかし、失敗すると燃える。


火を知った後だと、地味な作業にも重みがある。油のついた縄など、ただの燃える罠である。自分の装備で自分を燃やす未来は遠慮したい。


しばらくすると、牙の根元の滑りが減った。盾片も土を噛むようになった。棘枝は短くなったが、残った部分は使える。焦げたところは脆いので、先端だけ少し削って整える。


焦げ棘。


名前は少し強そうだ。


実物は半分燃えた枝である。


そこは見ないことにする。


《石核ログ》

棘枝:補修完了

接近阻害:低下

焦げ部:脆弱

注意:再燃焼リスク


再燃焼リスク。


名前だけ強そうだったのに、注意も強い。


私は棘枝を畳み、硬層道へ戻った。盗賊たちは戻ってくるかもしれない。油と火を使う相手は危険だ。今の私は燃えない石ではなく、燃える部品を大量に抱えた未完成構造体である。


構造体。


そういえば、ログはそう呼んだ。


未完成構造体。


気に入っている。


少なくとも、牙付き石腕よりはましだ。


私は村の方へ近づきすぎないよう、道脇の斜線記号を避けて進んだ。人間遭遇注意。あの記号は正しい。人間は木を切る。剣を抜こうとする。油を撒く。鉄を叩く。個体差が大きすぎる。


近づくなら、観察。


触らせない。


燃やさせない。


これが現在の人間対応である。


その時、硬層道の先で、土が荒れていることに気づいた。


足跡。


人間ではない。もっと爪が深い。狼より重い。甲虫のような細かい跡でもない。地面を掘り返しながら進んでいる。道脇の小石が散り、根が削れ、泥がえぐれていた。


何かが通った。


しかも、村の方へ。


《地形記録》

異常:硬層道の損傷

足跡:大型魔物

進行方向:村外縁


村外縁。


嫌な表示である。


村そのものに興味はない。いや、少しある。木こりがいる。鍛冶師ガレンがいる。盗賊とは違う人間もいる。人間は危険だが、有用でもある。


それに、村の近くには道がある。素材が落ちる。鍛冶場もある。


村が壊れると、私の周辺環境も悪くなる。


つまり、村は私の所有物ではないが、壊れると困る外部設備である。


かなり身勝手な評価だ。


だが、正直である。


私は足跡を追った。追う、といっても、剣歩きなので遅い。足跡は村へ向かっている。焦る。だが急ぐと部材が外れる。急げない。非常にもどかしい。


やがて、低い唸りが聞こえた。


灰噛み狼ではない。


もっと重い。鼻息が荒い。地面を掘る音がする。


茂みの向こうにいたのは、猪のような魔物だった。


黒い体。低い姿勢。鼻先に硬い板のような骨。左右に短い牙。背中には泥が固まって鎧のようになっている。村の柵らしき木組みに鼻を押しつけ、ばきばきと折っていた。


《対象解析》

名称:泥鎧猪

硬度:D

質量:D

速度:短距離C

攻撃:突進/掘削

脅威度:D+


D+。


高い。


しかも質量がある。


狼の体当たりで私は飛んだ。あれより重い相手に突進されたら、盾片ごとどこかへ運ばれる可能性が高い。防御が移動になるどころではない。配送される。


配送先はたぶん地面の下だ。


嫌すぎる。


泥鎧猪は村の外柵を壊していた。柵の向こうから、人間の声が聞こえる。


「魔猪だ!」


「槍を持ってこい!」


「火は使うな、柵に移る!」


人間が慌てている。


火を使わない判断は正しい。柵と草がある。燃えたら広がる。私は昨日学んだ。人間も知っている。やはり道具を使う生き物は侮れない。


だが、今の村人たちは押されていた。


槍を持った人間が二人、柵の内側から突く。泥鎧猪は下がらない。鼻先の骨板で槍を受け、体重で押す。人間は柔らかい。押されると後ろへ下がる。足場が崩れれば転ぶ。


本体は弱い。


道具と手順で強くなる。


だが、準備が足りないと重さに負ける。


私は泥鎧猪の側面を観察した。


背中の泥鎧は硬い。鼻先の骨板も硬い。正面からは無理。甲虫と同じだ。硬いものには継ぎ目がある。猪なら脚の付け根、腹、泥鎧の割れ目。


問題は、近づくと轢かれること。


私は周囲の地形を確認した。


硬層道がある。

水路がある。

村の外柵がある。

柵の下に湿った泥がある。

落ちている縄くずがある。

折れた杭もある。


使える。


全部、私の体ではない。


だが、使える。


私は水路の縁に向かった。泥鎧猪は柵を押している。こちらには気づいていない。私は牙で水路の縁を削り、湿った泥を猪の足元へ流れるようにした。


水路は敵にも味方にもなる。


今回は敵の足場を崩す。


水がじわりと流れ、柵の下の土を柔らかくする。泥鎧猪の前足が沈む。ほんの少し。だが、重い相手ほど、足場の変化に弱い。


泥鎧猪が一歩踏み込んだ。


前足が滑った。


村人の槍が、鼻先ではなく肩の下へ入った。浅い。だが、猪が嫌がって首を振る。その瞬間、私は折れた縄を柵の根元にかけた。


短い縄。


相手を縛るには足りない。


だが、進む方向を少し変えるには使える。


私は縄を泥鎧猪の後ろ足近くの杭へ引っかけた。完全な罠ではない。雑だ。かなり雑だ。だが、猪は村人に気を取られている。


猪が後ろ足を引いた。


縄が足に触れた。


絡む。


完全ではない。


だが、一瞬だけ遅れた。


私は棘枝を立てた。焦げた棘。短く、脆い。だが、猪の足元に触れれば嫌がらせにはなる。棘を足首のあたりへ向ける。


泥鎧猪が暴れた。


後ろ足が棘に触れ、跳ねる。


その動きで、前足がさらに泥に沈んだ。


姿勢が崩れる。


今だ。


私は剣を硬層に刺し、盾片を支持板にして、牙を泥鎧の割れ目へ押し込んだ。背中ではない。脚の付け根の泥鎧が割れている部分。牙で削る。剣で支える。押し込まず、引く。


泥鎧が剥がれた。


そこへ、村人の槍が入った。


泥鎧猪が大きく鳴いた。突進しようとするが、足元は水で緩み、縄が絡み、棘が当たり、槍が肩に入っている。力はある。だが、力の通り道が崩れている。


ガレンの言葉を思い出す。


芯が死んでいる。


今、猪の芯を殺している。


なんだか物騒な理解である。


泥鎧猪は柵へ突っ込む代わりに、横へ逃げた。水路の縁を踏み抜き、泥を散らし、森の方へ走っていく。追う必要はない。目的は村に入らせないことだ。


泥鎧猪は去った。


村人たちはしばらく叫んでいた。


「逃げたぞ!」


「槍が入った!」


「なんで足元が崩れた?」


「今、外に何かいなかったか?」


まずい。


私はすぐに棘を畳み、剣を引いた。柵の外、草の陰へ移動する。泥に半分沈み、盾片を寝かせる。動かない。石。私は石。今回は油も火もないので、石のふりに集中できる。


村人の一人が柵の外を覗いた。


木こりだった。


以前出会った斧の人間だ。彼は周囲を見回し、水路の崩れた跡、猪の剥がれた泥鎧、柵の根元に残った縄片を見た。


そして、私が隠れた草の方を見た。


気づいたかもしれない。


私は動かなかった。


木こりはしばらく黙っていた。


やがて、猪が落としていった泥鎧の破片を拾った。硬い。だが、割れ目がある。人間にとっても素材になるかもしれない。


私は考えた。


あれは使える。

泥鎧片は、防御材になる。

猪の短牙もある。

硬い鼻先の骨板も、うまく取れれば盾片より強い。


だが、私は持てない。


全部持てない。


持とうとすれば動けない。前に小石で学んだ。素材は力だが、荷物でもある。


では、どうするか。


村に置く。


人間は素材を使える。ガレンは加工できる。村が素材を使えば、柵を直せるかもしれない。柵が直れば、村は残る。村が残れば、鍛冶場も道も残る。


私にも利益がある。


善意ではない。


外部設備の保守である。


たぶん。


私は草の陰から、猪が落とした泥鎧片を牙で押した。水路の泥を使い、少しずつ村の外柵の前へ寄せる。人間が見ていない隙に、短牙の一本も同じ場所へ押す。


大きな骨板は無理だった。


重すぎる。


あれは保留。


無理なものは持たない。小石の時に学んだ。


私は泥鎧片と短牙を、村の外に置いた。


柵の外。


人間が見つけやすい場所。


だが、私が近づきすぎない場所。


「おい、これ……」


村人が気づいた。


「魔猪の牙だ」


「誰が置いた?」


「さっきの石のやつじゃないのか」


「石のやつ?」


木こりが低い声で言った。


「前に森で見た。剣の刺さった、変な石だ」


変な石。


また分類が雑である。


だが、魔剣よりはましかもしれない。剣だけが本体扱いされるより、石として認識される方がまだ近い。


「魔物なのか?」


「でも、村を助けたんじゃ……」


「罠かもしれん」


「素材を置いていったぞ」


声が増えていく。


人間側に、噂が生まれている。


これは危険だ。


同時に、有用かもしれない。


討伐対象になるかもしれない。

だが、素材を置く存在として見られるかもしれない。

魔物か、道具か、山の何かか。

分類が揺れる。


分類が揺れる間は、即攻撃されにくい。


たぶん。


私は草の陰で、ゆっくり後退した。剣を刺す。盾片で支える。牙を寝かせる。棘は畳む。縄は回収する。村人たちは素材に気を取られている。


今のうちに離れる。


人間に近づきすぎない。

だが、完全には離れない。

村外に素材を置く。

反応を見る。


これも観察だ。


そして、もしかすると施工でもある。


村という外部器官の、最初の仮接続。


言い方が大げさすぎる気もする。


だが、村が素材を使えば、私では作れないものが作られるかもしれない。ガレンの鍛冶場へ素材が行くかもしれない。壊れた道具がまた道脇に落ちるかもしれない。


素材は、私の体に付けるだけではない。


外へ置いても、何かを変える。


《石核ログ》

外部供給:実行

供給先:村外縁

素材:泥鎧片/短牙

反応:人間集団の認知上昇

警告:噂発生


噂発生。


嫌な言葉である。


だが、今回は逃げるだけではない。


私が置いた。


私が選んだ。


持てない素材を、外に使わせる。


それも、使い方の一つだ。


《第15話リザルト》


遭遇:泥鎧猪

戦闘結果:村外縁から退避させた

使用:水路/縄/棘/牙/盾片

取得候補:泥鎧片/短牙/鼻骨板

外部供給:泥鎧片/短牙を村外へ設置

新規理解:素材は自分に付けるだけではない

発生:人間側の噂

未解決:村との距離/素材供給の危険/鼻骨板の回収


村の外に、素材を置いた。


感謝されたいわけではない。


ただ、持てなかった。


……いや、少しだけ、反応は気になる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ