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異世界召喚されたおっさん、無実の罪で地下牢へ。ハズレスキル【劣化交換】で魔物の死体を資源に変え、迷宮を生き抜き剣聖へと至る。  作者: 猫野 にくきゅう
地下牢の剣聖 蛇足編 ~因縁の対決~

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第72話 剣聖の拳

「どれだけ足掻こうが、無駄な努力だ。俺はこの世界で唯一無二の、チート能力『不死』を手に入れた存在だからな」


 血塗られた白亜の床に立つ魔族オオモリは、両手を広げて傲慢に言い放った。

 幾度斬り刻まれようとも、黒い靄と共に瞬時に復元される肉体。それは物理的な限界を超越した、絶対的な絶望の象徴だった。


「さて……いくら俺が不死身でも、お前みたいなふざけた剣士の相手をいつまでもしているほど暇じゃないんでね。さっさと本題に入らせてもらうぜ」


 オオモリが残忍な笑みを浮かべて指を鳴らすと、審問の間の空気が一変した。

 大聖堂のステンドグラス越しに差し込んでいたわずかな月光が急速に色を失い、内部はまるで氷室のような極寒に包まれた。


「出でよ。冥界に住まう我が同胞たちよ」


 オオモリの求めに応えるように、床の石畳や壁のあちこちから、ボコボコと黒い泥のような瘴気が湧き出し始めた。


「こいつらは、以前お前たちに差し向けた低レベルの魔物とはわけが違うぞ」


 瘴気はたちまち寄り集まり、半透明の歪な人型を形成していく。虚ろな眼窩に青白い炎を宿した、ボロボロのローブを纏う霊体系の魔物。それが、一匹や二匹ではなく、何十、何百という単位で大聖堂の空間を埋め尽くすように出現した。


「あれは……」


 背後で護衛に当たっていた神代静かみしろ しずかが、眉をひそめて呟いた。


「ああ。試練の洞窟の八階層にいた、『ミラージュゴースト』だな」


 小山内誠一おさない せいいちは、刀を正眼に構えたまま静かに答えた。


 ミラージュゴースト。

 物理的な攻撃を透過する霊体であることに加え、遭遇した者に凄惨な幻影を見せ、精神を崩壊させてから命を啜るという極めて厄介な魔物である。


「キィィィィィィィッ!!」


 耳をつんざくような不快な金切り声と共に、大群となったミラージュゴーストたちが、一斉に誠一たちへ向けて殺到した。


「いけません……! 【福音の結界アジール】!!」


 魔物の群れが迫る直前、エルマが両手を強く組み合わせて祈りを捧げた。

 彼女の華奢な体から黄金色の光が円球状に広がり、周囲にいた静、ラッド、そしてギルベルトの三人を完全に包み込む。


 光の結界に無数のゴーストたちが激突した。


 バシュゥゥッ!!


 という霊体の霧散音と共に、ゴーストたちは結界の表面で弾け飛び、苦悶の声を上げながら消し飛ばされていく。

 さらに、あらゆる精神支配と状態異常を無効化する『福音の結界』の力は、ミラージュゴーストの幻影攻撃を完全にシャットアウトしていた。


「す、すごい……! これなら大丈夫だ!」

「エルマ様、ご無理をなされないでください!」


「くっ……うぅ……!」


 エルマは額に大粒の汗を浮かべ、必死に結界の維持に努めていた。


 相手は数が多すぎる。

 四方八方から結界を破ろうと群がるゴーストたちの怨念と瘴気は凄まじく、それを防ぎ切るだけで、エルマの精神力と魔力はゴリゴリと削られていた。


 彼女の持つもう一つのスキル【聖王の慈光セレスティアル・レイ】を攻撃に転用すれば、どれだけランクが高くても死霊系の魔物など一瞬で浄化できる。

 しかし、今の彼女には、結界を維持しながら別の高度なスキルを発動するだけの余力は残されていなかった。


「ふはは! 流石は本物の聖女といったところか。見事な結界だ」


 ゴーストの群れの向こう側から、オオモリの嘲笑う声が響く。


「だが、いつまで魔力が持つかな? その結界が解けた瞬間、お前らは仲良く幻覚の中で狂い死ぬことになる。……それに、だ」


 オオモリの視線が、結界の外でたった一人、ゴーストの群れに囲まれている誠一へと向けられた。


「そこの剣士は、結界の外でお留守番だ。お前ら、あの目障りな男から先に食い殺してやれ!」


 命令を受けた数十匹のミラージュゴーストが、標的をエルマの結界から誠一へと変え、禍々しい幻影を撒き散らしながら一斉に襲いかかった。高レベルの死霊系魔物が放つ幻影は、数秒で人の精神を崩壊させる。


 しかし、ミラージュゴーストの放つ幻影は「幻視遮断」というスキルを持つ誠一には通用しなかった。幻覚や視覚系の錯乱魔法は自動的に無効化される。


「あ、あれ? 何故、狂わない。ま、まあいい、その男に取り付いて生命力を奪え!」


 霊体相手に物理的な刃は通用しない。オオモリは誠一が成す術もなく精神を破壊される様を想像し、下劣な笑みを浮かべた。


 しかし――

 誠一の顔には、微塵も焦りの色はなかった。


「……確かに、物理的な刃は霊体には当たらない。だが」


 誠一は深く息を吸い込み、己の丹田から練り上げられた絶対的な『闘気』を愛刀・白兎牙はくとがの刀身へと流し込んだ。

 純白の刃が、陽炎のように揺らぐ黄金色のオーラに包まれる。


「闘気を乗せれば、斬れないものはない」


 誠一は無造作に、しかし極限まで洗練された動作で、白兎牙を虚空へ向かって振り抜いた。


 ――ヒュッ!!


 刀身から放たれたのは、超高密度に圧縮された闘気の飛刃。

 飛ぶ斬撃である『空波斬』が、大気を切り裂きながらゴーストの群れへと直撃した。


「ギィヤァァァァァァッ!!」


 物理攻撃をすり抜けるはずの霊体が、真空の刃に触れた瞬間、断末魔の叫びを上げて真っ二つに両断された。

 斬り裂かれたゴーストは、そのまま陽光に晒された雪のように、シュウゥゥと音を立てて消滅していく。


「なっ……馬鹿な!? 何故、倒せる!?」


 驚愕に目を見開くオオモリを尻目に、誠一は一切の無駄な力みを感じさせない滑らかな動きで、次々と空波斬を放ち続けた。


 縦、横、斜め。

 黄金色に輝く斬撃の雨が、審問の間に吹き荒れる。飛刃は正確無比にゴーストたちの急所を捉え、エルマの結界に群がっていた魔物たちを次々と消し飛ばしていく。


「問題ないな。この数なら、すぐに終わる」


 涼しい顔で、呼吸一つ乱さずに何十匹もの魔物を間引いていく誠一。

 そのあまりにも常識外れな光景に、オオモリの顔から余裕の笑みが消え、屈辱と苛立ちの色が浮かび上がった。


「ふ、ふざけるな……! 調子に乗ってんじゃねえぞ、人間風情がぁっ!!」


 逆上したオオモリが、誠一の死角――背後へと音もなく回り込んだ。


 その手には、先ほどマルセルの首を刎ね飛ばした、恐るべき切れ味を誇る手刀が形作られている。誠一が空波斬を放つために刀を振り抜いた、その直後のわずかな隙。


「隙ありィ~~~!!」


 オオモリは勝利を確信し、裂けた口を醜く歪めながら、誠一の首筋へと必殺の手刀を振り下ろした。


 ――しかし。

 その一撃は、誠一の眼から見れば、あまりにも鈍重で、大振りで、退屈なものだった。


「ッ!?」


 誠一は、振り抜いた白兎牙の柄から、躊躇うことなく両手をパッと離した。


 重力に従って刀が空中をわずかに落下するよりも速く。

 自由になった誠一の右拳が、腰をひねり半回転しながら正面へ突き出され、一直線の軌道でオオモリの顔面へ叩き込まれた。


ドンッ!!


「ごぶっ……!?」


 闘気を内包した拳による、完璧なカウンターの右ストレート。


 オオモリの鼻梁がひしゃげ、頬骨が砕ける鈍い音が響く。

 手刀を振り下ろすよりも早く、顔面に大型トラックが正面衝突したような衝撃を受けた魔族の体は、文字通り地面を滑るように後方へ吹き飛ばされていった。


「が、はっ……あばっ……!?」


 白亜の床を何度かバウンドし、無様な姿勢で地面にへたり込むオオモリ。

 誠一は一切の体勢を崩すことなく、空中に浮いていた白兎牙の柄を、パシッと涼しい顔でキャッチした。


 流れるような、一切の淀みがない洗練された所作だった。


「……不死身なのは分かった。だが」


 誠一は、顔面を陥没させ、黒い靄で再生を始めているオオモリを見下ろした。

 その瞳には、強大な敵に対する畏怖も、怒りすらも存在しない。あるのはただ、純粋な武の極致に至った者からの、冷徹な評価だけだ。


「お前の攻撃は――いや、存在そのものが、軽くて浅い」


 自身の力をひけらかすことのない強者による、最も残酷で的確な事実の宣告。

 その言葉は、どんな物理的な刃よりも深く、魔族のちっぽけなプライドを根底から切り裂いていた。

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