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異世界召喚されたおっさん、無実の罪で地下牢へ。ハズレスキル【劣化交換】で魔物の死体を資源に変え、迷宮を生き抜き剣聖へと至る。  作者: 猫野 にくきゅう
地下牢の剣聖 蛇足編 ~因縁の対決~

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第70話 断罪

 白亜のセレンヘイム大聖堂は、外見の美しさとは裏腹に、侵入者を拒むような冷徹な静寂に包まれていた。


 高い天井に響くのは、誠一たちの足音と、彼らを包囲するように従う聖堂騎士たちの硬い鎧の擦れる音だけだ。ステンドグラスから差し込む極彩色の光は、まるでこの場所に渦巻く人間の欲望を胡散霧消させるための虚飾のように見えた。


 騎士たちに案内され、たどり着いたのは大聖堂の最奥――

 一般の信徒は決して立ち入ることの許されない『審問の間』であった。


 すり鉢状になった広い部屋の正面、一段高い壇上には、豪華絢爛な法衣に身を包んだ高位の聖職者たちがずらりと並び、冷酷な視線を容赦なく見下ろしている。

 そしてその中心に座るのが、セレンヘイム大聖堂の最高権力者、最高神殿長マルセル・フォン・ガルニエであった。


「よくぞ面を晒したな、不届き者どもめ」


 マルセルは傲慢に顎を突き出し、その濁った瞳で誠一たちをねめつけた。

 以前は理知的で高潔な聖職者だったとギルベルトは語っていたが、今の彼の顔には、権力に狂った者特有の醜悪な歪みが張り付いている。


「元騎士団長ギルベルト。貴様が神殿を裏切り、そのような素性の知れぬ者を呼び込んで騒乱を起こしたこと、弁解の余地はない。……そして、そこにいる娘よ」


 マルセルの鋭い指先が、誠一の背後に隠れて身体を震わせているエルマへと向けられた。


「エルマといったな。孤児の身でありながら、神の恩寵を騙り、人心を惑わす『偽物の聖女』め。お前が持つという力は、すべて悪魔から授かった呪わしい外法に他ならない。神聖なるセレンヘイムに、お前のような偽物の居場所などないのだ」


「ち、違います……私は、ただ……」


 エルマは涙を浮かべ、か細い声で首を振った。

 すかさずラッドが前に出ようとするが、それを阻むように、周囲の聖職者たちが一斉に罵声を浴びせる。


「黙れ、偽物め!」

「神聖なる大聖堂を汚す不浄なる存在めが!」

「マルセル様、この者たちに一刻も早い神罰を!」


 怒号が飛び交う中、マルセルは厳かに右手を掲げ、冷酷な声音で告げた。


「ギルベルト、エルマ、そして雇われの冒険者どもよ。貴様らの犯した罪は、もはや人間の法で裁けるものではない。神の秩序に刃を向け、聖なる都市を汚した貴様らを、これより『神に逆らう神敵』として認定する。生かしてこの場を出すわけにはいかない。騎士たちよ、直ちにその首を刎ねよ!」


 マルセルの宣告を受け、周囲の聖堂騎士たちが一斉に剣を抜き放ち、じりじりと間合いを詰めてくる。


 ギルベルトが己の剣の柄に手をかけ、いつでも戦えるよう身構えた。

 隣に立つ神代静も、誠一へと視線を送る。


「小山内さん、どうしますか? ここを力尽くで突破するのは容易ですが……」


「いや、その前に……」


 誠一は未だ刀を抜くことなく、ただ静かに壇上のマルセルを見つめていた。


 レベル20を超える剣聖の彼であれば、この場の全員をねじ伏せることは一瞬でできる。しかし、誠一の研ぎ澄まされた観察眼は、目の前の状況にある決定的な違和感を捉えていた。


「……あの男、何かおかしい」


 誠一の呟きに、静が小首を傾げた。


「おかしい、とは?」


「マルセル神殿長の瞳です。激昂して俺たちを糾弾しているように見えますが、その目の奥が不自然に混濁している。まるで、自分の意志ではなく、何かに強制的に喋らされているような……そんな違和感があります。強力なスキルで操られているのかもしれない」


 誠一は振り返り、怯える少女へと優しく語りかけた。


「エルマさん。君の【真実の審判ヴェリタス】は、あらゆる呪いや魔の瘴気を消し去るスキルだったね?」


「は、はい……」


「あの神殿長に向けて、その力を使ってみてほしい。君なら、彼を縛る見えない糸を断ち切れるはずだ」


 誠一の穏やかで、深い信頼の籠もった眼差しに、エルマの心から恐怖が消えていく。彼女は小さく、しかし力強く頷くと、胸の前で両手を組んだ。


「……天にまします大いなる光よ。偽りの霧を払い、真実の姿をここに……【真実の審判ヴェリタス】!」


 エルマの身体から、眩いばかりの純白の光が放たれた。

 その光は審問の間を一瞬で満たし、騎士たちの掲げる剣の冷気をも包み込んでいく。そして、真っ直ぐに壇上のマルセルへと収束していった。


「な、なんだこの光は!? 止めろ、止めさせ――」


 マルセルが叫ぼうとした瞬間、彼の身体を覆うように、不気味な黒い霧が一瞬だけ浮かび上がり――そして、エルマの聖なる光によって、パチンと音を立てて霧散した。


 それは、マルセルの背後に潜む何者かが仕掛けていた、精神支配の魔術――

 「精神共鳴」の効果が完全に打ち消された瞬間だった。


「う、あ……あ、頭が……」


 マルセルは両手で頭を抱え、激しく身悶えした。


 やがて、その瞳から不自然な混濁が消え去り、澄んだ、しかし深い絶望に満ちた色が戻ってくる。マルセルは自分の手を見つめ、それから周囲を見回し、最後にエルマの姿を捉えた。


「わたしは……わたしは、一体なんということを……」


 マルセルの声から、先ほどまでの傲慢さは完全に消え失せていた。

 そこにあるのは、ただの老人としての、深い後悔と恐怖だった。


「エルマ様……本物の、聖女様……。わたしは、魔族の囁きに耳を傾け、自らの欲望のために神殿を売り渡し、あなたを、無辜の民を……ああ、なんという大逆の罪を犯してしまったのだ……!」


 涙を流し、壇上で崩れ落ちるようにして床に伏せるマルセル。

 その豹変ぶりに、周囲の聖職者や騎士たちも動揺を隠せず、ざわめきが広がっていく。


「神殿長……! 正気に戻られたのですか!」


 ギルベルトが声を上げる。

 やはり、神殿長の心は狂っていたわけではなかったのだ。魔の手に落ち、操られていただけだった。


 誠一は安堵の息を吐き、エルマに向かって「よくやったね」と微笑みかけようとした――その時。


 誠一の背筋を、強烈な寒気が駆け抜けた。


「――っ!」


 誠一が叫び、地を蹴ろうとした、まさにその一瞬の出来事だった。


 崩れ落ちるマルセルの背後。

 誰もいないはずの虚空から、ぬらりと濃厚な黒い影が立ち上がった。


 その男の手はすでに血で濡れていた。

 マルセルの背を背後から手刀で突き、致命傷を与えている。


 現れたのは、六十代くらいだろうか――

 仕立ての良い衣服を纏った、悪意に歪んだ顔立ちの男。

 肌の色は青黒く、その頭部からは不気味な二本の角が生えており、背中には蝙蝠のような漆黒の翼が畳まれていた。


 人間の姿を模した、高位の魔族。


「……チッ。やはり、この俺の『精神共鳴』では、聖女のスキルは防げなかったか」


 男――

 魔族「オオモリ」は、酷く退屈そうな声で呟いた。


 そして、まだ状況を理解できずに涙を流しているマルセルの背後に、音もなく寄り添う。


「ひ……あ、お前は……オオモリ……!」


 マルセルが恐怖に顔を歪めて振り返ろうとした。


「用済みだよ、親友……いや、今はただの老いぼれか……」


 オオモリは冷酷に言い放つとマルセルの身体を掴み上げ、自身の右手を、鋭い刃物のように振るった。

 躊躇いは、微塵もなかった。


 ザシュッ、という肉を割く嫌な音が、静かな審問の間に響き渡る。


「が……は……」


 マルセルの言葉は、そこで途切れた。

 オオモリの手刀が一閃し、最高神殿長マルセル・フォン・ガルニエの首が、一瞬にしてその胴体から刎ね飛ばされたのだ。


 コロコロ、と床を転がる老人の頭部。


 一拍置いて、断面から凄まじい勢いで白き床へと血飛沫が撒き散らされた。

 ゴロリと転がった首は、虚空を見つめたまま動かなくなる。


「「「いやああああああああーーーっっ!!!」」」


 エルマの悲鳴が響き渡り、高位の聖職者たちが腰を抜かして逃げ惑う。

 あまりにも唐突で、あまりにも容赦のない、最悪の結末。


「マルセル殿ーーーっ!!」


 ギルベルトの絶叫が虚しく響く中、オオモリは返り血を浴びた手刀を、煩わしそうに一振りして血を払った。そして、冷徹な紅い瞳を、真っ直ぐに誠一へと向ける。


「さて……。お前が、俺の可愛いアンデッドたちを消し去ったっていうイレギュラー『地下牢の剣聖』だな?」


 真の黒幕である魔族が、ついにその姿を現した。

 血に染まった断罪の座で、優しき剣聖と、冷酷なる魔族の視線が激しく交錯する。セレンヘイムを巡る本当の戦いが、今、幕を開けた。

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― 新着の感想 ―
うーん因縁の対決はいいけど なんかこう26年もかけてクリアしたダンジョンの報酬が形だけに終わって片手落ちなのはモヤるなあ
因縁の相手
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