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異世界召喚されたおっさん、無実の罪で地下牢へ。ハズレスキル【劣化交換】で魔物の死体を資源に変え、迷宮を生き抜き剣聖へと至る。  作者: 猫野 にくきゅう
地下牢の剣聖 蛇足編 ~因縁の対決~

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第66話 老騎士の試練

 賑やかな大通りから一本外れると、セレンヘイムの街並みは途端に静寂を取り戻した。

 石畳の路地を歩きながら、先導するスコットが緊張した面持ちで口を開いた。


「これからお会いする依頼主は、ギルベルト・フォン・ロドリック様という方です」

「ギルベルト様……。どのようなお立場の方なのですか?」


 神代静かみしろ しずかが尋ねると、スコットは周囲を気にしながら声を落とした。


「この街の治安維持と防衛を担う『聖堂騎士団』の、元騎士団長です。現在は第一線を退き、顧問という役職に就いておられます。……非常に厳格で生真面目、曲がったことを絶対に許さない、絵に描いたような武人ですよ」


「なるほど。神殿の中枢に近い人物というわけですね」


 誠一せいいちの言葉に、スコットは深く頷いた。


「ええ。とはいえ、最近の神殿のやり方――特に過剰な寄付金の徴収などには、ギルベルト様は強く反発しているんです。だからこそ、私を救ってくれたあなたの規格外の強さを耳にして、何か頼みたいことができたのかもしれません」


「……」


 誠一は黙って前を見据えた。


 神殿の腐敗に気付き、それに抗おうとしている内部の人間。

 もしそれが事実なら、これほど心強い味方はいない。だが、相手が本当に信頼に足る人物かどうかは、実際に会って見極める必要があった。


 やがて路地の突き当たりに、石造りの重厚な館が見えてきた。


 華美な装飾が施された大聖堂周辺の建物とは対照的に、その館は歴史の風雪に耐え抜いてきた古傷を隠そうともしていない。聖堂騎士団が所有する、古くからある鍛錬場兼詰所なのだろう。


 その巨大な両開きの扉の前に、一人の老人が彫像のように立ち尽くしていた。


「あ、あの方が、ギルベルト様です」


 スコットが震える声で告げる。


 誠一たちが近づいていくと、老人はゆっくりと顔を上げた。

 手入れの行き届いた白髪と、顔に深く刻まれた厳格な皺。しかし、その瞳に宿る光は猛禽類のように鋭く、分厚い布の服の上からでも分かるほど、その肉体は鋼のように鍛え上げられていた。


 老いてなお、全身から歴戦の騎士としての凄みが滲み出ている。


「お、お待たせいたしました、ギルベルト様。こちらが先ほどお話しした、小山内誠一さんと、そのお連れの方々です」


 スコットが揉み手をして前に出ようとした、その瞬間。


「――そこまでだ」


 地を這うような低い声が響いた。

 ギルベルトの鋭い眼光が、スコットを通り越して誠一を真っ直ぐに射抜く。


「……スコットよ、案内大儀であった。だが、私はただ強いだけの傭兵を求めているわけではない。私の抱える問題は、生半可な覚悟で踏み込めば命を落とす毒沼のようなものだ」


「ギ、ギルベルト様……?」


 スコットが狼狽える中、ギルベルトは腰に提げていた騎士剣の柄に手をかけた。


「言葉で着飾ることは誰にでもできる。私が信じるのは、極限の状況下で肉体が発する『真実』のみ。……お前たちが私の命運を預けるに足る、信頼に足る者かどうか。私の剣で、見極めさせてもらう!」


 チャキッ、と金属音が鳴り響き、ギルベルトが長剣を抜き放つ。


 同時に、老騎士の全身から濃密な殺気が放たれた。

 それは数多の戦場を潜り抜けてきた本物の剣気であり、肌を刺すような冷たいプレッシャーが路地を支配した。


「ひっ……!」


 腰を抜かしそうになるスコット。

 ラッドも「うわっ!」と声を上げて後ずさる。


 静だけは表情を変えずに立っていたが、無意識に魔法の杖を両手で強く握りしめている。


 そんな緊迫した空気の中。

 誠一は、スコットとラッドを背中で庇うようにして、ゆっくりと一歩前に出た。


「では、俺が相手になりましょう」


 その声には、一切の敵意も、焦りも、怒りも含まれていなかった。


 誠一は腰の刀を抜くことはおろか、構えることすらしない。

 両腕を自然に下ろし、ただ無防備に、肩の力を抜いて素手で立っているだけだった。


「……丸腰で挑むというのか。私を愚弄するか、若造!」


 ギルベルトの太い眉が吊り上がる。

 屈辱に怒りを覚え、一気に踏み込んでその肩口を峰打ちで叩き伏せようとした――直前。


 ギルベルトの足が、地面に縫い付けられたようにピタリと止まった。


(な……なんだ、これは……!?)


 老騎士の目が見開かれる。


 背筋を冷たい汗が伝い落ちた。

 無防備に見えた誠一の立ち姿。しかし、いざ攻撃を仕掛けようと意識を向けた瞬間、ギルベルトの研ぎ澄まされた直感が、けたたましい警鐘を鳴らしたのだ。


 上段から斬り下ろそうとすれば、一瞬早く喉笛を砕かれる。

 下段を薙ごうとすれば、頭蓋を蹴り割られる。

 間合いを詰めようとしただけで、無数の死のビジョンが脳裏にフラッシュバックする。


 隙だらけに見えるその自然体は、極限まで無駄を削ぎ落とした『武の極致』。

 どこからどう攻めても、自分が一瞬で狩られる未来しか見えない。水面に映る月を斬ろうとするような、圧倒的で絶望的な次元の差がそこにはあった。


(……この男、化物か)


 ギルベルトは息を呑んだ。


 もしこの旅人が少しでも敵意を持っていれば、剣を抜いた瞬間に自分の首は地に落ちていただろう。いや、彼がただ静かに立ってくれているからこそ、自分はまだこうして呼吸ができているのだ。


 数秒にも数時間にも感じられる沈黙の後。

 ギルベルトは深く、長く息を吐き出すと、チャキリと音を立てて剣を鞘に収めた。

 路地を満たしていた殺気が、嘘のように霧散する。


「……見事だ。私の完敗である」


 ギルベルトは自身の敗北をあっさりと認めると、誠一に向かって深く頭を下げた。


「無礼な真似をしてすまなかった。貴殿が『セイイチ』か……確かに、報告にあった以上の、底知れぬ実力者のようだな」


「いえ。俺の方こそ、武器も持たずに失礼しました」


 誠一もいつもの温和な笑みに戻り、小さく会釈を返す。

 戦闘は発生せずお互いに挨拶を交わしただけではあるが、相手の力量を計るには十分なやり取りだった。


「スコットよ、貴殿の目は確かだった。見事な人材を連れてきてくれたことに感謝する」


 ギルベルトが労うと、スコットはまだ震える膝を押さえながら「は、はい……」と引きつった笑いを浮かべた。


「立ち話もなんだ。さあ、中へ入ってくれ」


 ギルベルトは重厚な扉を押し開け、誠一たちを古びた館の中へと招き入れる。

 厳格なる老騎士の眼鏡に適った誠一。神殿の暗部を暴くための、重要な繋がりが今ここに結ばれようとしていた。

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