第65話 導きの糸
高くそびえ立つ白亜の城壁。
その中央に鎮座する重厚な鉄の正門をくぐり、誠一たちはついに城塞都市セレンヘイムへと足を踏み入れた。
街の中は、外見通りの壮麗な景観が広がっていた。
整然と並ぶ白い石造りの建物、行き交う多くの巡礼者や商人たち。
一見すると活気に満ちた平和な宗教都市のようだが、誠一はその美しい街並みのあちこちに、奇妙な『歪み』を感じ取っていた。
人々の表情は一様に信心深そうではあるが、どこか何かに怯えているようであり、街の要所に立つ聖堂騎士たちの視線には、住民を保護するためではなく「監視」するための冷たさが宿っている。
「……綺麗な街ですが、少し息が詰まりますね」
馬の手綱を握り直しながら、静が小声で率直な感想を漏らした。
「ああ。光が強ければ強いほど、その影は濃くなるということかもしれないな」
誠一は穏やかな声で返しつつ、まずは目的の場所へと馬を進めた。
一行が最初に向かったのは、街の商業区画にある冒険者ギルドだ。
受付で書類を提出し、無事にルドニアからの商隊護衛任務の完了手続きを済ませる。登録したばかりの新人であるにもかかわらず、大きなトラブルもなく(実際には数千の魔物を一瞬で消滅させたのだが)任務を完遂した誠一たちに、ギルドの受付嬢は感心したような笑みを向けた。
* * *
「小山内さん、神代さん、そしてラッド君……本当に、本当にありがとうございました!」
ギルドのロビーで、行商人のスコットが誠一の手を両手で強く握り締め、涙ぐみながら何度も頭を下げていた。
「皆さんがいなければ、私は今頃あの村で魔物の餌になっていました。この御恩は一生忘れません。これは少ないですが、今回の正規の報酬と……それから、私個人の気持ちです。どうか受け取ってください」
スコットから差し出されたのは、依頼書に記載されていた額よりも明らかに色を付けられた報酬の革袋だった。
「お気持ちはありがたく頂いておきます、スコットさん。あなたも無事で良かった。これからの商売、上手くいくといいですね」
「はい! 皆さんもどうかお気をつけて!」
誠一が優しく微笑みながら袋を受け取ると、スコットは何度も振り返りながら、自身の荷馬車の方へと戻っていった。
ひとまずの旅の目的を果たした誠一たちは、ギルドの近くに手頃な宿を取り、荷物を下ろして一息つくことにした。
* * *
宿の一室。
窓から差し込む午後の光を浴びながら、三人はテーブルを囲んで今後の方針について話し合っていた。
「さて……これからどう動くか、だな」
誠一が切り出すと、静が真剣な面持ちで顎に手を当てた。
「この街から各地へ派遣されている司祭たちの異常性、そして昨日の魔物の軍勢……。宗教組織がアンデッドや死霊をあそこまで組織的に動かしているのであれば――やはり、中枢がおかしいと見て間違いないでしょう」
「ああ。おそらく、セレンヘイムの中枢はすでに、魔王復活を企むような邪教徒の手によって内側から乗っ取られている可能性が高い」
誠一の冷静な分析に、ラッドが息を呑む。
「邪教徒って……じゃあ、あの立派な大聖堂の中に、悪い奴らがウジャウジャいるってことか? 今すぐ俺たちで突っ込んで、そいつらをぶっ飛ばしに行こうぜ、師匠!」
「そうしたいところではあるが――」
血気盛んな少年の頭を、誠一は困ったように、しかし優しく撫でて宥めた。
「相手は街そのものを支配している巨大な組織だ。何の確証もなく力尽くで乗り込めば、こちらがただの『正気を失った犯罪者』にされてしまう。まずは慎重に探りを入れるところから始めよう。幸い、俺たちの顔はまだ神殿の上層部には割れていないはずだからね」
「そうですね。まずは街の地理や、宗教関連の施設がどこに配置されているか、視察がてら見て回りましょう」
静の提案に異論はなく、三人は早速、情報収集を兼ねて街の散策へと繰り出すことにした。
* * *
数時間後。
誠一たちは街の広大な敷地を歩き回り、いくつかの収穫を得ていた。
都市の中心にそびえ立つ『セレンヘイム大聖堂』は、文字通り城塞のような堅牢さを誇り、周囲は純白の甲冑に身を包んだ聖堂騎士たちが厳重に警備している。
信徒の参拝は受け付けているものの、不審な動きをすれば即座に連行されかねない張り詰めた空気が漂っていた。
他にも孤児院や神学校、医療を司る療養院など、宗教関連の施設を見て回ったが、どこも外部からの単純な潜入や調査を拒むような、排他的な気配がある。
「思った以上に警戒が厳重ですね」
大聖堂から少し離れた通りで、静が小さくため息をついた。
「正面から潜入するのは難しそうだな。俺一人なら夜間に忍び込めそうだが、相手を糾弾するための材料を探し出すことはできないだろうしな」
組織の内情に詳しい人物でなければ、誰に問題があって何が不正の証拠になりえるか判別できるものではない。
「なあ師匠、どうするんだ? このままじゃ中に入れないぜ」
ラッドが不安そうに誠一を見上げる。
誠一は少し考えを巡らせた後、ふと街の喧騒の向こうにある建物を目に入れた。
「……アプローチの仕方を変えてみよう。冒険者ギルドに戻るんだ」
「ギルドに、ですか?」
怪訝そうな静に、誠一は頷いて説明する。
「これだけ大きな組織なら、神殿関係の仕事が冒険者ギルドに依頼として出ている可能性がある。例えば、神殿の物資の運搬警護や、施設の雑用、あるいは神官たちの個人的な護衛。そういった『合法的な仕事』を通じて内部に入り込めば、怪しまれずに探りを入れる『とっかかり』ができるかもしれない」
「なるほど、それは盲点でした。確かにギルドを通した依頼であれば、神殿側も警戒を緩める可能性がありますね」
方針が決まり、三人は再び先ほどの冒険者ギルドへと足を向けた。
ギルドのロビーに入り、壁に張り出された大量の依頼書が並ぶ掲示板の前へと進む。誠一と静が目を皿のようにして「神殿」や「司祭」の文字が入った依頼を探していると――。
「――あ! よかった、また会えましたね!」
背後から、聞き覚えのある弾んだ声が響いた。
振り返ると、そこには息を切らせて走ってくるスコットの姿があった。先ほど別れたばかりのはずだが、その表情は驚きと、どこか必死な色を帯びている。
「スコットさん? どうしたんですか、そんなに慌てて」
誠一が問いかけると、スコットは膝に手を突いて呼吸を整え、それから真剣な眼差しで誠一を真っ直ぐに見つめた。
「誠一さん……実は、あなたにどうしても直接、依頼をしたいという方がいるんです!」
「俺に、ですか?」
誠一は瞬きをした。
自分はまだ登録したばかりの、名もない新人冒険者に過ぎない。昨日の魔物退治も公にはしていないはずだ。
「はい。私が今回の無事な帰還を報告した際、その方に道中の話……あなたの、その、信じられないほどの実力について、つい興奮してお話ししてしまいまして。そうしたら、その方が『ぜひその人物を私に紹介してほしい、重要な仕事を頼みたい』と仰ったんです」
スコットは周囲を気にするように声を潜め、さらに言葉を続けた。
「とても高名な方で、信頼できる、そして絶対に悪い方ではありません。……誠一さん、どうか私に免じて、一度その方とお会いしていただけないでしょうか?」
誠一は隣の静と視線を交わした。
神殿へのアプローチに悩んでいたこのタイミングで、舞い込んできた予期せぬ「高貴な人物」からの指名依頼。これが単なる偶然か、あるいは運命の導きか。
ともかくその依頼は、現状を打破するための手がかりになるかもしれない。
「分かりました、スコットさん。そこまで仰るなら、その依頼主とお会いしましょう」
誠一が優しく微笑みながら答えると、スコットは「ありがとうございます!」と、弾んだ声で深く頭を下げるのだった。




