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異世界召喚されたおっさん、無実の罪で地下牢へ。ハズレスキル【劣化交換】で魔物の死体を資源に変え、迷宮を生き抜き剣聖へと至る。  作者: 猫野 にくきゅう
地下牢の剣聖 蛇足編 ~剣聖の旅路~

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第60話 境界線

 馬の蹄の音と、木製の車輪が土を噛むカラカラという音が、穏やかな街道に等間隔のリズムを刻んでいた。

 数千の魔物がひしめき合っていた昨日の光景が嘘のように、頭上には澄み切った青空が広がっている。


 頬を撫でる風も、今は心地よい涼しさを運んできていた。


「どうどう……よし、いい子だ」


 小山内誠一おさない せいいちは、手綱を軽く引きながら愛馬の葦毛の首筋を優しく撫でた。


 ルドニアの街で奇跡的に買い戻すことができたこの馬は、すっかり誠一に懐いており、主人のわずかな体重移動だけで思い通りに歩みを進めてくれる。

 

 その後ろを同じく馬に乗って続く神代静かみしろ しずかと、行商人スコットの操る荷馬車。誠一たち一行は、聖王ミリア=セレノスを祀る神殿の総本山――城塞都市『セレンヘイム』へ向けて、順調に歩を進めていた。


「それにしてもさ」


 荷馬車の御者台で、スコットの隣に座って足をぶらぶらさせていたラッドが、ふと思いついたように口を開いた。


「意外だったな。お人好しの師匠なら、あの司祭のこともなんだかんだで助けてやると思ってたのに」


 少年の屈託のない声が、長閑のどかな空気に波紋を落とす。

 彼が言っているのは、昨日村を襲撃してきたあの傲慢な司祭のことだ。


 誠一が放った闘気の一振りによって、司祭が引き連れてきた魔物たちは一瞬にして消滅した。

 残された司祭は恐怖のあまり完全に腰を抜かし、失神して意識を失い地面にへたり込んでいた。


 誠一は、その司祭に対して自ら剣を向けることはしなかった。

 ただ、命の危機から解放され、同時にすべての元凶が目の前の司祭であると理解して怒り狂う村人たちに、彼をそのまま引き渡したのだ。


 クワや斧を握り直し、血走った目でじりじりと距離を詰めてくる村人たち。

 泣き叫びながら命乞いをする司祭を背に、誠一たちは早々に旅支度を整え、村を後にした。


 そのため、あの男が最終的にどういう結末を迎えたのか、一行は誰も知らない。


 ただ、あの場にいた全員の目に宿っていた殺意を思い返せば、決して生ぬるい結末にはならなかっただろうことは容易に想像がついた。


「どうしてそう思ったんだ、ラッド?」


 誠一は振り返ることなく、馬上のまま穏やかな声で問い返した。


「だって、師匠はいつも優しいじゃん。俺のことも助けてくれたし、静のお姉ちゃんのことも助けたんだろ? だから、あんな悪い奴でも、殺されるのは可哀想だって言って止めるのかなって……」


「……村を丸ごと滅ぼそうとする人間を助けたりはしないよ」


 ぽつりとこぼれ落ちた誠一の言葉は、普段の温厚な彼からは想像もつかないほど、静かで、冷たく、確固たる響きを持っていた。


「俺は、決して聖人君子じゃない。自分にできる範囲で、手の届く命を拾いたいと思っているだけだ。……だから、自分の私怨や欲望のために、罪のない子供や老人まで平気で皆殺しにしようとした人間の命まで、拾う義理はないさ」


 最愛の家族を強盗に殺された絶望の中で、この世界に召喚された誠一。


 彼は命の重さを誰よりも知っているからこそ、命を不当に軽く扱う者に対しては、明確な『境界線』を引いていた。

 救うべき命と、見捨てるべき命。その判断に、一切の躊躇はない。


 誠一の隣を進む静も、小さく頷いてその言葉に同意した。


「小山内さんの言う通りです。あの人を中途半端に助けてあげても、どうせ改心などしません。権力を笠に着て、他の場所でまた同じように悪さをするだけですからね」


 静の声音は、冷徹なまでの理に満ちていた。


 彼女もまた、身勝手な復讐心で家族を殺され絶望を味わい、「世界の理不尽さ」を身をもって知っている。

 腐敗しきった人間を生かしておくことは、将来の被害者を増やすことに他ならないのだと。


「……そっか。うん、そうだよな! あいつ、村の人たちを魔物に食わせようとしてたんだもん。自業自得だぜ!」


 ラッドは師匠の言葉に深く納得したように、力強く頷いた。

 荷馬車の手綱を握るスコットも、黙って二人の会話を聞きながら、内心で誠一に対する畏敬の念を深めていた。


(この小山内という剣士は、ただ規格外に強いだけじゃない。精神そのものが、どこまでも研ぎ澄まされた本物の強者だ。……彼に護衛を頼めたのは、私の商人人生で最大の幸運だったかもしれないな)


 スコットは安堵の息を吐き、改めて前を向いた。


「おっ、見えてきましたよ。小山内さん、あれがセレンヘイムです」


 スコットが片手を上げて指差した先。

 街道の先、地平線の彼方に、巨大な建造物の群れが姿を現し始めていた。


「あれが……」


 誠一は目を細めた。


 遠目からでもはっきりと分かる、天を突くような白亜の尖塔の数々。

 そして、その神聖なる領域を外界から隔絶するようにぐるりと取り囲む、途方もなく高く、分厚い城壁。


 まさに『城塞都市』の名にふさわしい、圧倒的な威容だった。


 壁の白さは純潔を象徴しているかのようだが、その奥で渦巻いているのは、各地から集められた莫大な富と、人を人とも思わぬ腐敗した権力者たちの欲望だ。


「聖王を祀る、光の拠点……ですか。外見だけは立派なものですね」


「ああ。だが、中身がどうなっているかは、これから俺たちの目で確かめてみないと何とも言えないな」


 「神代さん」と誠一が名を呼ぶと、静は力強く頷いた。


 いよいよ敵の本拠地へと足を踏み入れる。

 そこで何が待ち受けていようとも、自分には誠一がついている。その事実だけで、静の心からはあらゆる不安が消え去っていた。


 太陽の光を反射して白く輝く巨大な壁を見据えながら、一行は歩みを早めた。


 諸悪の根源、城塞都市セレンヘイム。

 剣聖の刃がその腐敗を切り裂く時は、すぐ目前まで迫っていた。

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― 新着の感想 ―
てっきり情報を引き出す為にゴーモンするんだと思ってた、まあこんな小物が大層な情報持っとるわけないか
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