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異世界召喚されたおっさん、無実の罪で地下牢へ。ハズレスキル【劣化交換】で魔物の死体を資源に変え、迷宮を生き抜き剣聖へと至る。  作者: 猫野 にくきゅう
地下牢の剣聖 蛇足編 ~剣聖の旅路~

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第59話 一振りの救済

 村人たちによるインチキ司祭の追放劇――

 前日の騒動を引きずったかのように、その日の朝はどんよりとした重い曇り空が広がっていた。


 陽光が遮られた村の空気はどこか冷え冷えとしており、肌を撫でる風も湿り気を帯びている。


「はぁっ! やぁっ!」


 そんな天候を気にする様子もなく、ラッドは宿屋の裏庭で元気よく木剣を振るっていた。

 誠一せいいちはその真っ直ぐな一撃を最低限の動きで躱し、少年の成長を確かめるように軽い打突を返す。


 だが、稽古が始まって一時間ほど経った頃――

 誠一の動きが、ふいに止まった。


「……師匠? どうしたんだよ」


 木剣を構えたまま首を傾げるラッド。

 誠一は少年の問いには答えず、ただ静かに視線をはるか遠方の空へと向けた。


 大気そのものを震わせるようにして、どす黒く不快な気配の波が押し寄せてくる。

 風に乗って漂う禍々しい魔力の残滓は、魔物の群れが急速にこの村へ近づいている兆候だった。


「何か、来るな……」


「え? 来るって、何が?」


「ここからではまだはっきりとは分からないが……とにかく、良くないものだ」


 誠一の目が、わずかに鋭さを増す。

 これまで培ってきた膨大な戦闘経験が、それが明確な意思を持ち、この村を“狙って”進んでいると告げていた。


 今すぐここを飛び出し、村の外で迎撃するのが最善だろう。


 だが、もしこれが敵の罠で、魔物の群れが囮だった場合――

 自分が留守にした隙に、別の伏兵が村を襲い、静やラッド、スコット、そして無抵抗の村人たちが犠牲になる危険性も否定できない。


(……確実性を取るべきだな。この村で迎え撃とう)


 誠一はあえて動かず、最悪の事態を想定してその場で待つことを選択した。


 * * *


 そして、昼前。

 事態は誠一の予知通りに動き出した。


「た、大変です! 皆さん、大変なことになりました!」


 宿屋の扉を乱暴に開け放ち、血相を変えて飛び込んできたのはスコットだった。

 村の商人と取引に出かけていたはずの彼は、衣服を乱し、額に大量の冷汗を浮かべて呼吸を荒げている。


「そんなに慌てて……、一体何があったのですか?」


 部屋で旅の荷物を整理していたしずかが、冷静な声でスコットを宥める。


「お、落ち着いてなんていられません! 村の入り口に、とてつもない数の魔物が押し寄せてきているんです! しかも……その先頭には、昨日村を追い出されたはずのあの司祭が立っているんですよ!」


「追い出されたという司祭も一緒に、ですか……」


 静は表情を崩さず、ゆっくりと立ち上がった。

 その様子を見て、スコットはあわあわと手を振る。


「な、なんでそんなに平然としているんですか!? 相手は化け物の群れですよ! 早く荷物をまとめて、反対側の出口から逃げないと……!」


「落ち着いてください、スコットさん。ひとまず、様子を見に行きましょう」


 奥から木剣を片手に現れた誠一が、至って穏やかなトーンでそう告げた。


「ええっ!? よ、様子を見に行くって……戦う気ですか!? 逃げるんじゃないんですか!?」


「今から荷馬車を動かしても、魔物の足には追いつかれますよ。それに、すでに村が包囲されている可能性もあります。下手に動かない方がいいでしょう。まずは司祭の出方を確認します。……行こう、神代さん、ラッド」


「はい、小山内さん」

「おう! 俺も行くぜ、師匠!」


 迷うことなく歩き出す三人の背中を見送りながら、スコットは絶望に頭を抱えた。

 しかし、一人で逃げ出す勇気もなく、何よりこの旅の生命線である護衛の誠一から離れるわけにはいかない。


 彼は胃の痛みに耐えながら、渋々その後に付いていくしかなかった。


 * * *


 村の入り口へと続く広場には、すでに怯えきった村人たちが集まっていた。

 彼らの視線の先――村の境界線である即席の木柵の向こう側は、文字通り「死の世界」と化していた。


 押し寄せていたのは、城塞都市セレンヘイムの神殿長マルセル・フォン・ガルニエが差し向けた魔物の大群。


 腐敗した肉体を揺らすゾンビ、生者の温もりを求めて彷徨うスケルトン、そして実体を持たない青白い死霊ゴーストたちが、大地を埋め尽くし、空を黒く染め上げていた。


 その数は数百、いや数千。

 小さな村一つを灰にするには、あまりにも過剰な戦力だった。


 その最前線で、馬車の上にふんぞり返り、下卑た笑みを浮かべているのが昨日の司祭だった。


「ひはははは! 神を信じぬ愚か者どもめ! これぞ神の教えに背き、私を侮辱した罰だ! 大いなる神罰を受け、絶望の中で死に絶えるがいい!」


「お、お許しください、司祭様……っ!」


 村の長老が、地面に額を擦り付けるようにして平身低頭で懇願していた。

 その後ろには村人たちが鍬や鎌を持って集まっているが、戦意はすでにない。


「要求通りの寄付はいたします! 村の財産をすべて差し出しますから、どうか、どうか魔物を引かせてください……!」


「はいぃぃ? 許すわけなかろうが!」


 司祭は狂気に満ちた叫び声を上げ、長老を見下ろした。


「今更命乞いなど遅いわ! 男も女も、子供も年寄りも、一人たりとも神罰から逃れられると思うな! お前たちの肉を貪らせ、魂を貪らせ、この村ごと地図から完全に消し去ってくれるわ!」


「そ、そんな……っ!」


 村人たちの間に、絶望の悲鳴が伝播していく。

 誰もが武器を落とし、ただ死を待つだけのカカシのようになっていた。


 その絶望の真ん中を、一人の男が静かに歩み出た。


「ちょっと、いいですか?」


 緊迫した戦場に、あまりにも不釣り合いなのんびりとした声が響いた。

 司祭が不快げに眉をひそめ、声の主を睨みつける。そこには、平服に身を包んだ、一見どこにでもいる冴えない「おっさん」が立っていた。


「なんだ貴様は? 命乞いなら、すでに受け付けぬと言ったはずだぞ。この村の人間は神託により、一人残らず殺すことが決定しているのだ」


「いえ、俺はただの旅の者です。この村の人間ではありませんよ。でも、なんていうか――見て見ぬふりをするのもどうかと思いまして」


 誠一はそう言うと、腰の鞘にそっと手をかけた。


 彼が愛用する刀――

 漆黒の木肌のような美しい鞘に収められた『黒牛角こくぎゅうかく』。


 その柄へと指が触れた瞬間、誠一の周囲の空気が、ピキリと凍りついたように静まり返った。


 スキル――《精神統一》。


 一瞬の静寂の後、誠一の全身から、肉眼で見えるほどの濃密な「闘気」が爆発的に噴出した。それは暴風となって周囲の土煙を吹き飛ばし、どんよりとした曇り空さえも押し上げるかのような、圧倒的なエネルギーの奔流だった。


「な、なんだ、この光は……っ!?」


 司祭が恐怖に顔を引きつらせる。

 魔物たちが本能的な恐怖から一斉に後退しようとしたが、それよりも、誠一の動きの方が遥かに速かった。


 ――シィン。


 刀が抜かれ、一振りされる。

 ただそれだけの、無駄のない洗練された動作。


 次の瞬間、世界は真っ白な光の斬撃によって埋め尽くされた。


 それは剣聖の放つ、純粋なる闘気の刃。

 大地を裂き、天空を両断するほどの眩い光が、村の前に広がっていた魔物の大群を瞬時に飲み込んでいく。


 物理攻撃の通用しないはずの霊体の死霊も、腐った肉体を持つゾンビも、関係なかった。誠一の放った闘気の奔流は、あらゆる不浄を浄化する光の波となって、魔物の群れを分子レベルで消滅させていく。


 光の残光が消え去り、元の曇り空が戻ってきた時。

 村の前に広がっていた数千の魔物の軍勢は、文字通り「一匹残らず」消滅していた。

 荒らされたはずの大地にはチリ一つ残っておらず、ただ静かな風が吹き抜けるだけ。


 残されたのは、馬車の上で“信じられないものを見た”という顔のまま固まっている司祭、ただ一人だった。


「……は? ……えっ? あっ……あ、あ、あっ……」


 司祭の喉から、情けなく引きつった声が漏れる。


 誠一は『黒牛角』を音もなく鞘へと収めると、何事もなかったかのように歩を進め、司祭の足元まで近づいて見上げた。


 その表情は、相変わらず優しく、穏やかなままだ。


「あまり、無理を言うものではありませんよ」


 ぽつりと、諭すようにかけられたその言葉。

 それが決定打だった。


 司祭は白目を剥き、そのまま腰を抜かしてへたり込んだ。

 恐怖のあまり気絶した司祭は、馬車から転げ落ち、どさりと地面に横たわった。

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