第57話 奇縁
ルドニアの街に夜の帳が下りる頃。
誠一たちが拠点として借りた宿屋の一室では、ランプの淡い灯りの下、テーブルに広げられた周辺地図を囲んで会議が開かれていた。
「冒険者ギルドで買った情報によると、この二年余りの間、近隣の村や町で奇妙な事案が多発しているらしい」
誠一は地図の一点を指し示しながら、静とラッドに向けて語り出した。
「あのヴァルザック司祭のように、回復スキルを持たない(と思われる)者が神殿から各地に派遣され、法外な寄付金を徴収しているそうだ。そして、その派遣元を辿ると――すべて一つの場所に集約される」
「……ここから東に向かった先にある、城塞都市『セレンヘイム』ですね」
静が地図上の大きな印を見つめながら呟く。
光の回復魔法のスキルを与える聖王ミリア=セレノスを祀る、大規模な神殿が存在する宗教都市。
そこが、一連の腐敗の温床である可能性は極めて高い。
「なあ、師匠。次はそこに行くんだろ? だったらさ、護衛の仕事もついでに受けていこーぜ!」
身を乗り出したラッドが、目を輝かせて提案した。
「昼間、あの偉そうな剣士のおっさんが言ってただろ? 最近、商隊が襲われることが多くて人手不足だって。師匠がいれば、盗賊なんてイチコロだしさ」
「なるほど。確かにそれは効率がいいな」
誠一は顎に手を当て、納得したように頷いた。
護衛の依頼を受ければ、正当な対価を貰いながら旅の資金を潤沢にできる。
それに何より、誠一の引っかかっていたのは「最近になって商隊の襲撃が増えた」という点だった。
もし、一連の襲撃が単なる野盗の仕業ではなく、邪教団やセレンヘイムの闇と繋がっている組織的なものだとしたら? こちらから探し回るよりも、標的になりやすい商隊と共に旅をした方が、向こうから尻尾を出してくれる可能性が高い。
「困っている人の助けにもなりますし、一石二鳥ですね、小山内さん」
「ああ。明日、冒険者ギルドに行って、俺たちでも受けられる依頼があるか見てみよう」
* * *
翌日、朝の活気に満ちた冒険者ギルド。
誠一と静は受付カウンターに赴き、無事に冒険者としての登録を済ませた。
自己申告した職業は、誠一が剣士で、静は魔法使い。
二人は駆け出しのFランク冒険者として登録された。
「――というわけで、セレンヘイム方面へ向かう商隊の護衛依頼を受けたいんですが」
「申し訳ありません」
受付嬢は困ったような笑みを浮かべ、そっと首を横に振った。
「商隊の護衛は、依頼主の命や財産を預かる重要な任務です。登録したばかりのFランクの方には、規定によりご紹介することができないんです。まずは街中の雑用や、近郊での薬草採取など、簡単な依頼で実績を積んでいただいてから……」
(……それもそうか。実力の分からない者に任せられる仕事ではないな)
誠一は内心で納得し、軽く息を吐いた。
組織のルールとしては極めて真っ当だ。
誠一があっさりと納得して引き下がろうとした、その時だった。
「おいおい、そんな堅いこと言うなよ。こいつの実力は、この俺が保証する」
背後から響いた野太い声に、受付嬢がハッと顔を上げた。
そこに立っていたのは、昨日、静に絡もうとして誠一の圧倒的なプレッシャーを浴びたAランク冒険者――ブレインだった。
彼は周囲の冒険者たちに威厳を示すよう胸を張っていたが、誠一と視線が合った瞬間、ビクッと肩を震わせ、微かに引きつった愛想笑いを浮かべた。
「あ、えっと……。は、はい! ブレインさんがそうおっしゃるのなら……いえ、待ってください。申し訳ありません。規定は規定ですので……」
「Cランク、いや、それ以上の実力は間違いなくある! 俺のAランクの特権で推薦状を出す。……どうだ?」
ブレインは必死だった。
昨日、あの底知れぬ化け物(誠一)に目をつけられたかもしれないという恐怖で、夜もろくに眠れなかったのだ。
ここで少しでも恩を売り、機嫌を取っておかなければ、いつ自分の首が飛ぶか分からない――本気でそう思っていた。
「そ、そこまでおっしゃるなら……。ただ、依頼主様に事情を説明し、了承を得る必要はありますが……」
ブレインの異様な剣幕に押され、受付嬢は慌てて書類の手続きを始めた。
誠一はそんなブレインの様子に気づきながらも、あえて深くは追求せず、「助かったよ」とだけ短く礼を述べた。ブレインは「と、とんでもねえです」と小声で返し、逃げるようにギルドの奥へと消えていった。
* * *
さらに翌日。
ギルドの面会室。
誠一たちの前に座っていたのは、依頼主である行商人のスコットという男だった。
年齢は三十代半ばほど。少し痩せ型で頼りなさそうな外見だが、身なりは清潔で、真っ直ぐな眼差しからは誠実な人柄が窺えた。
「初めまして。依頼主のスコットと申します。今回は、セレンヘイムまでの荷馬車の護衛をお願いしたく……」
「小山内誠一です。こっちは神代静と、弟子のラッド。……俺たちは昨日登録したばかりの新人ですが、本当に良かったんですか?」
誠一の問いに、スコットは少しだけ気恥ずかしそうに頬を掻いた。
「ええ。実は、最近の相次ぐ襲撃事件のせいで、護衛の相場が跳ね上がっていまして。私のような個人商人の資金では、まともな護衛を雇うことができなかったんです。そんな時、ギルドから『Aランクのブレインさんが一目置いている凄腕だが、新人ゆえに格安で引き受けてくれる者がいる』と紹介されまして」
スコットは深く頭を下げる。
「どうか、お願いできませんでしょうか。今回の商いが成功しなければ、店を畳むことになってしまうんです」
「……分かりました。その依頼、お受けします」
誠一は快諾した。
護衛の相場が払えない商人を見捨てる理由はないし、セレンヘイムへ向かうという目的も一致している。両者の契約は、和やかな雰囲気の中で無事に結ばれた。
* * *
スコットの商隊が出発するのは明日の早朝だ。
その前に数日間の野営に備え、誠一たちは旅の支度を整えるため、ルドニアの広大な市場へと足を運んでいた。
様々な香辛料の匂いや、鍛冶屋の鎚音が交差する雑踏の中。家畜を取引する区画を通りかかった時、誠一はふと足を止めた。
「どうしました、小山内さん?」
「……あれを」
誠一が指差した先。
馬を繋いでおく柵の前に、二頭の立派な葦毛の馬が大人しく並んでいた。
そのうちの一頭は、誠一の姿を認めるなり、嬉しそうに「ブルル」と鼻を鳴らして前足を掻いた。
「あっ! あの馬……俺の村で、司祭様に取り上げられた馬じゃないか!」
ラッドが驚いた声を上げる。
間違いない。それは、誠一と静がリュゼスト王国を出発する際、姫騎士マリーヌから譲り受けた馬だった。
家畜商人に話を聞くと、数日前に田舎の村から来たという貧相な身なりの男(行商人)から、相場よりはるかに安い二束三文で買い取ったのだという。
あのヴァルザック司祭は、教会の名目で馬を没収したくせに、それを管理する手間すら惜しみ、たまたま通りかかった行商人に小遣い稼ぎ感覚で売り払っていたらしい。
そして、それが巡り巡って、この商都に流れ着いたのだ。
「とてもいい馬なんだけどね。どうにも気性が荒くて買い手がつかないんだ。お前さんたちには懐いているようだし、安くしておくから――どうだい?」
「……これも、何かの縁だな」
誠一は苦笑しながら、馬の鼻面を優しく撫でた。
馬も安心したように、誠一の手のひらへ顔をすり寄せてくる。
「そうですね。護衛の報酬も入るし、値段も手頃ですし」
静も嬉しそうに目を細め、もう一頭の馬の首筋を撫でた。
かくして、彼らはわずかな出費で愛馬たちを買い戻すことに成功した。
信頼できる足と、共に旅をする商隊。
城塞都市セレンヘイムへ向けて、三人の旅の準備は万全に整ったのであった。




