第55話 商都連合
幾つもの国を結ぶ巨大な街道が交差する、大陸有数の交易拠点――
商都連合『ルドニア』。
特定の王を持たず、商人ギルドの合議制で治められるこの街の中心地は、周辺国から集まった行商人や傭兵、そして多種多様な物資で溢れ返り、むせ返るような熱気と活気に満ちていた。
「すげぇ……! こんなでっかい街、初めて見た!」
石畳のメインストリートを歩きながら、少年ラッドが目を輝かせて歓声を上げる。
誠一と静の傍らには、本来なら村にいるはずのラッドが、すっかり旅の同行者として馴染んでいた。
数日前、通行止めになった街道を迂回し山道を進んでいた誠一と静のもとへ、水と食料を届けに来てくれたラッドに対し、誠一は当初、危険だからと村へ帰そうとした。
しかしラッドは首を横に振り、強い意志で旅への同行を主張したのだ。
『村に帰れば、俺が勝手に抜け出したことが司祭様にバレて、異端の罰を受ける。それに俺、おっさん……いや、師匠の戦い方を見て、強くなりたいって思ったんだ。頼む、連れて行ってくれ!』
深々と頭を下げる少年に、誠一は小さく息を吐いた。
誠一には《劣化交換》という特殊なスキルがある。
自分で討伐した魔物の死体を糧に水や食料へ変換できるため、本来なら物資の差し入れがなくても山道を越えることは容易だった。
だが誠一の心を動かしたのは、物理的な「食料」ではない。
司祭の恐怖支配に逆らい、身の危険を顧みず恩人へ物資を届けようとした少年の「心」だった。
その真っ直ぐな厚意を無下にして見捨てるような真似は、誠一の善性が許さなかった。
「――というわけで、彼を連れてきちゃいましたけど……よかったんでしょうか」
「まあ、乗りかかった船だ。それに、無許可で村を出てしまったラッドを、あの司祭のもとに帰すのは危険だからね」
* * *
ルドニア中心部にそびえる巨大な冒険者ギルド。
その一角にある併設の酒場で、三人は遅めの昼食を取っていた。
テーブルには、味付けこそ大雑把だがボリューム満点の肉料理や豆のスープが並ぶ。
ラッドは両手に串焼きを持ち、夢中で頬張っていた。
誠一はその様子を温かい目で見守りながら、向かいの静に小声で話しかける。
「さて、神代さん。これからのことだが……あの村の司祭がどこから派遣されてきたのか、まずはそこを探るべきだろう」
「そうですね。邪教団は、どこかの国を裏から乗っ取っている感じでしたし……」
静の表情が少しだけ硬くなる。
約一カ月前――迷宮の終着点で「願い」を叶えた際、彼女の脳裏に流れ込んだ不吉なビジョン。
そこには、同じくこの世界に召喚された元クラスメイト・日置が凄惨な拷問を受ける姿があった。
その拷問を行っていた集団は、国の権力者と強固なコネクションを持ち、魔王復活の計画を密かに進めていた。
しかし、リュゼスト王国の姫騎士マリーヌに確認したところ、表立って魔王信仰を掲げる国は存在しない。
ならば、強力な魔族が暗躍し、どこかの国の宗教団体や中枢人物を裏から操っていると考えるのが自然だ。
その「根源」を見つけ出すための有力な手がかりが、あの村の司祭だった。
「回復スキルを持たない“ただの詐欺師”が、神殿から正規の使いとして派遣され、住民から多額の金品を搾取していた。――まず、あの男が司祭に任命されたこと自体がおかしいし、村人から金品を搾取しているのを放置するはずがない。……普通なら、教会の上層部がすぐに気づいて処分するはずだ」
「妖しいですよね。それを見て見ぬふりをしているか、あるいは……教会そのものが搾取を目的としているか」
「ああ。この街には情報収集に来たが、その手間は大幅に省けた」
誠一たちはリュゼスト王国から北西へ進み、このルドニアへやってきた。
ここからさらに東へ向かうと、強固な城壁に囲まれた『城塞都市セレンヘイム』がある。
そこには、光の回復魔法を人々に与えるとされる『聖王ミリア=セレノス』を祀る大規模な神殿が存在する。
あのヴァルザック司祭も、そこから派遣された可能性が高いだろう。
情報屋で裏取りをしてから、セレンヘイムに向かう――それが今後の方針だ。
「上層部が腐敗しているなら、魔王復活を企む連中が入り込んでいる可能性は高い。一応、他の村や町でも同じような被害が出ていないか調べておこう。ギルドの情報屋で情報を買ってくるよ」
誠一は皿を端に寄せ、ゆっくりと席を立った。
「ラッド、あまり急いで食べて喉を詰まらせるなよ。神代さん、少しここで待っていてくれ」
「はい。お気をつけて、小山内さん」
静が軽く会釈を返すのを見て、誠一は喧騒の奥へと姿を消した。
そして――
誠一という絶対的な「強者」の気配がテーブルから失われて、わずか五分後のことだった。
「ごちそうさまでした! あー、食った食った!」
「ふふ、ラッド君はよく食べますね。お茶のお代わり、いりますか?」
もぐもぐと肉を飲み込むラッドに静が微笑みかけた、その時。
二人のテーブルに、不自然で重苦しい三つの影が落ちた。
「……おいおい。こんな上玉が、ガキと二人きりで何してんだ?」
下卑た笑い声と共に現れたのは、酒臭い息を吐く三人の男たち。
傷だらけの革鎧、粗悪な剣や斧。
一目で柄の悪さが分かる、ゴロツキまがいの冒険者たちだ。
彼らの濁った瞳は、静の整った顔立ちと華奢な身体をねっとりと舐め回していた。
「見ねぇ顔だな、お嬢ちゃん。……この街の“冒険者のルール”ってやつ、俺たちが教えてやろうか?」
男の一人が、馴れ馴れしく静の隣――先ほどまで誠一が座っていた椅子にドカッと腰を下ろす。
静は表情を変えず、ただ冷ややかな目で男たちを見つめ返した。




