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異世界召喚されたおっさん、無実の罪で地下牢へ。ハズレスキル【劣化交換】で魔物の死体を資源に変え、迷宮を生き抜き剣聖へと至る。  作者: 猫野 にくきゅう
地下牢の剣聖 蛇足編 ~剣聖の旅路~

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第54話 善意の足跡

 深い森の中――

 木々の隙間から差し込んでいた赤みを帯びた陽光が、ゆっくりと力を失っていく。


 光が薄れるにつれ、森はひっそりと息を潜めたように静まり返り、風さえも音を立てるのをためらっているかのようだった。


 村を追放された小山内誠一おさない せいいち神代静かみしろ しずかは、落ち葉が分厚く積もった道なき山道を、一定のペースで歩き続けていた。


「……小山内さんなら、あんなインチキな人、あっさり倒せましたよね」


 静かな森に、静の抑えきれない不満が響く。

 疲労こそ見えないが、その横顔には納得のいかない怒りが滲んでいた。


 無理もない。

 病に苦しむ母親を無償で救ったというのに、誠一は感謝されるどころかヴァルザック司祭から「異端」の烙印を押され、罪人のように村を追い出された。


 さらに、次の町へ続く街道は「異端者を通すわけにはいかない」と封鎖され、二人の馬まで没収されるという理不尽な仕打ちを受けたのだ。


 だが、当の誠一は腹を立てる様子もなく、前を向いたまま穏やかに口を開いた。


「まあ、あそこであの男を殴り飛ばすのは簡単だった。でも、そうすれば司祭の恨みや苛立ちは、あの村の人たちに向くかもしれなかったからね」


 誠一の脳裏には、怯えきったバルトや村人たちの顔が浮かんでいた。


「俺たちが力で司祭をねじ伏せて立ち去れば、残された村人たちが『異端者を匿った』と難癖をつけられる。最悪、村全体が討伐隊に焼き払われるかもしれない。……一時的にスカッとするためだけに、あの家族や村を危険に晒すわけにはいかないさ」


 誠一にとって弱者を守るとは、ただ目の前の敵を斬り伏せることではない。

 強大すぎる力を持つからこそ、その力がもたらす「結果」まで見据えなければならない。

 二十六年間、迷宮で理不尽と死線を積み重ねてきた誠一の、それは揺るぎない信念だった。


「ただ……神代さんまでこんな目に巻き込んだのは、本当に悪かったと思ってる。馬も奪われて、こんな険しい山道を歩かせることになってしまった」


 誠一が少しすまなそうに振り返ると、静は急に表情を和らげ、ふるふると首を振った。


「私は良いんですよ。小山内さんのそういう優しいところ、尊敬しています。それに……歩くのは全然苦じゃありませんし」


 静がくすりと笑うと、誠一も苦笑を返した。


 一般の旅人なら、馬を奪われ危険な山道を歩かされるのは致命的だ。

 ――だが、誠一と静には当てはまらない。


 二人は迷宮での過酷な環境に適応するために、《踏破》というスキルを獲得している。足場の悪い斜面でも、鬱蒼とした茂みでも、平地と変わらぬ速度で歩き続けられる。

 この程度の山歩きは、彼らにとって散歩に等しかった。


 日が沈み、世界が暗く沈んでいく中でも、《暗視強化》によって視界を確保できる二人は、慌てる様子を見せない。


「日が沈んだか……。そろそろ野宿の準備をしよう」

「はい。じゃあ、薪を集めますね」


 二人は森の少し開けた場所を見つけ、手慣れた様子で野営の準備を始めた。

 周囲を警戒しながら枯れ枝を集め、誠一が「煉獄の腕輪」に魔力をわずかに込めて小さな火種を作る。


 パチパチと薪が爆ぜる音が、静寂の森に心地よく響いた。


 ――ガサッ。


 不意に、二人が歩いてきた後方の茂みから足音が聞こえた。

 誠一は即座に気配を消し、腰の《白兎牙》に手を添える。野生の獣か、司祭の追手か。


 だが、茂みを掻き分けて現れた小さな影を見て、誠一は刀から手を離した。


「はぁ、はぁっ……。おーい、おっさんたち!」


 息を切らし、額に汗を浮かべながら走ってきたのは、村の少年・ラッドだった。

 その背中には、彼の体格には不釣り合いなほど大きな麻袋が背負われている。


「ラッド? どうしたんだ、こんな森の奥まで――」


 誠一が駆け寄ると、ラッドは膝に手をつき、背負っていた麻袋をドサリと下ろした。


「これ……水と、干し肉とかの食料。持って来てやったぜ……!」

「食料……?」


 袋の口を開くと、水筒、硬いパン、塩漬けの肉がぎっしり詰まっていた。

 二人分の数日間の食料としては十分すぎる量だ。


「街道を通行止めにされたら、この先の山道を越えないといけないだろ? 次の町までは、どんなに足が速くても五日はかかるんだ」


 ラッドの言葉に、誠一は静と顔を見合わせた。


 ヴァルザック司祭は、誠一たちを追放する際、村人に「異端者に水や食料を売ることは固く禁ずる」と命じていた。

 つまり、最初から誠一たちを殺すつもりだったのだ。


 街道を封鎖し、馬を奪い、物資を持たせず魔物の出る山道へ追いやる――

 自分は手を汚さず、「異端者が森で死んだ」という結果だけを得るために。


「……こんな量、お前の家だけで用意できるものじゃないだろう。司祭に見つかったら、ただじゃ済まないぞ」


 誠一が真剣に問うと、ラッドは少し誇らしげに鼻を擦った。


「父ちゃんや兄ちゃんだけじゃない。隣のおばさんや、裏の家のじいちゃんたちも、少しずつ持ち寄ってくれたんだ。司祭様には内緒でな」


 誠一はわずかに目を見開いた。


「おっさんが母ちゃんを助けてくれたこと、父ちゃんがみんなにこっそり話したんだ。そしたらみんな、『恩人を飲まず食わずで死なせるわけにはいかない』って。……俺、足が速いから、代表して追いかけてきたんだよ!」


 ラッドの笑顔は、夕闇の中でもはっきりと輝いて見えた。


 恐怖で支配されていたはずの村。

 掟を破れば殺されると怯えていた村人たち。


 だが、彼らの心は死んでいなかった。


 誠一がもたらした「本物の奇跡」と、見返りを求めず泥を被ったその背中が、村人たちに小さな勇気と善意の火を灯したのだ。


「……そうか。皆に、ありがとうと伝えてくれ」


 誠一はラッドの頭に手を置き、優しく撫でた。


 この世界に転移する前と、転移した直後――

 人間の悪意に絶望しかけたこともあった。


 だが、こうして村人たちの確かな善意に触れられる。

 自分が選んだ「敗北」の道は、決して無駄ではなかった。


「神代さん。ありがたく頂いておこう」


 誠一は傍らの麻袋を見下ろした。


 理不尽な追放劇の果てに得たものは、ただの食料ではない。

 それは、閉ざされた村に確かに残してきた――小さな希望の足跡だった。


 誠一は『煉獄の腕輪』が嵌まった腕を軽くさすり、焚き火の温もりに身を委ねる。

 胸の奥に、ほんの少しだけ明るい灯がともっていた。


「――今日はもう日も暮れたし、魔物が出るかもしれないから、ラッドはここで一泊させて、明日になってから村の側まで送り届けよう」


「はい。ラッド君、村の皆さんにもよろしくお伝えくださいね。明日になったら、気をつけて帰るんですよ」


 静も温かい微笑みを浮かべ、ラッドを見送ろうとする。

 しかし、ラッドは大きく首を振り、勢いよく叫んだ。


「俺は村には帰らないよ! おっさんについていくって決めたんだ!」


 その言葉に、誠一と静は思わず顔を見合わせた。

 焚き火の赤い光が、ラッドの瞳に宿る強い決意を照らし出している。

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