九章 アラタアラマズ
北方僭主と言う名からわかる通りかつてそこは王国の土地であった。
と言うと、現在の北方連合はかつて全て王国の土地である様に聞こえるがそんなことはない。
現在の北側の最前線のミダイ平原の一部が王国領地であった事実はあるが、基本的に領地と言うのはあったと言う事実があれば自分のものだと判断するのが国だ。
故地を取り戻そうとするのは、国として当然の生存行動である。
だがそれはあくまでこちらの建前である。現在所有している国は当然反発を起こし、戦争となるのは歴史と言うよりは国と言う生物の本質だろう。
その戦争の最中に異物として現れたのがアラタアラマズだ。
首長の娘戦士の先を歩む者ラタと言う意味を持つ連合における最強であり、竜騎士達の天敵とすら語られる王国からすれば最強の怪物。
アバラ公爵家の騎士団が壊滅した理由の一つであり、王国が勝ちきれなかった理由の一つだ。
だが彼女はこの最後の決戦で腕を一つ奪われている。
彼女の負傷こそが戦争の敗北理由の一つであると言われるほど、その事実は強烈に連合に衝撃を与えたのだ。
最もそこからの彼女もいかれてはいたが、負傷した状態でそのまま戦場に舞い戻り。
そこから合計で七千人を切り伏せた。
その中でも一番の問題が総大将であり王国の王弟のセスジ大公が含まれていた事だろう。
これが王国が勝ちきれなかった理由である。
総大将を取られた事により総崩れになりかけたところをアバラの竜騎士が、ほぼ捨て身で連合を強襲しあちらの総大将及び主力を壊滅させたことにより、どうにかこうにか痛み分けに近いが勝利したと言える程度には巻き戻したのがかつての戦争だ。
もっとも彼女はそこからさらにやらかす。敵陣真っただ中、しかも総大将の首を取ったところで自陣が崩壊している事を知り援護に駆けだす際には、さらに二千の首を刈り取り陣を突破する。
だが彼女が戻る頃には完全に軍としての機能が失われ、八つ当たりに再度敵陣に突入しようとしたところで、帰還命令により退却するがあのまま再度襲われてたらどれほどの被害になったか。
今の時代にあっても最強の騎士と言えばと語られる際ですら、王国でもあっても彼女の名前が一番最初に語られるほどのトラウマを刻んだのである。
そんな彼女はかつての偉業を失敗だったと思っている。
「あれの所為で婚期を完全に逃しましたよね」
そうですねミスゴリラとは誰も言えない為、御年四十六歳とは思えない美貌を持っている最強は空を遠く見る事が多くなっていた。
仕事が忙しかったのも一つ、地位と名声の所為で相手が問題になる事、そう言った状況が続いた結果気付けば今の年だ。流石の流石に年を取り過ぎたと言う問題が、全てを棚上げした結果がいまだ。
しかしそれは仕方ない。
首長の娘にして国家の英雄と言う彼女の相手となれば、容易い相手は選べず、選べるような男はアバラの竜騎士が皆殺しにしたのだ。
そして彼女の上げた功績は国の軍における象徴として、上がいないから一番上に押し上げられることになる。
なにせ首長の娘で英雄だ。
十六の小娘が北方連合における武力の頂点、いやズタズタになった軍の立て直しを行う必要がある程度には、三十年前の戦争での痛手は大きかった。
彼女と言う存在がいなければ、連合は四散五裂になる程度には王国に与えられた被害は甚大だった。
アバラ公爵家がかつての戦争の英雄であった理由はこの辺りにある。
これまでとこれからの軍をしょって立つ人間が悉く死亡し、自然と彼女が頂点に選ばれるほど壊滅していたと言えば悲惨さが分かるだろう。
一応は痛み分けではあるが、平原は奪われたのだから目的を達した王国が勝利と言われるのである。
バラバラになりかけた連合を彼女と言う存在で楔を打ち自分が死ぬまでに立て直しをする。
それが彼女に与えられた首長の娘としての義務であり、英雄となった顛末であったが、元々は顔も合わせる事になる前だが決まっていた婚約者がいたがアバラの竜騎士に殺されている。
そんな色々はあったが、彼女が軍の立て直しを終わらせる頃にはそこそこの年になっており、このころにはさらに彼女の重要度が上がり結婚相手が見つからない時代に拍車がかっかた。
大量の王国の兵士を殺した彼女だが、間違いなくアバラ公爵家に婚期を殺された女が彼女である。
と、長々と彼女の事を語ったわけだが、一から立て直した結果であるが自分の影響力が強すぎて彼女の派閥になりかけていた軍からは引退し、現在は父と兄から与えられた国内の巡業と外交関係を任されて、国内や国外での有効などの使者としての仕事を行っている。
反乱をするつもりなどもないが、ある程度国政から放して置かなければ、痛くない腹を探られる程度には彼女の名前は重すぎた。
この結果もありさらに婚期が遠のいたのだが、これで彼女に結婚願望が無ければ救われたが、あった為に彼女は遠い目をよくすることになったのだ。
現在そんな彼女は王国に大使として逗留している。
これはもう国内においておけば本当に彼女が担ぎ上げられかねない状況に陥り、面倒な事になってはかなわないと逃げるようにして大使が引退したのもあり手を上げて王国にいる。
丁度オーゼンが騎竜と初めて出会ったぐらいの時期であり、王国としてもかつての仇敵がこちらに大使としてくるのは、ほとんど脅しと言うか挑発と言うか。
だが本気を出せばこのまま王国の上層部を腕力だけでどうにか出来そうな怪物がこられれば、当然怖くなるのも仕方のない話ではある。
しかしながら核としては最上位である英雄にして連合の盟主の娘であると考えれば、連合は確かに王国に最上位の敬意をしめしてはいる。
相手に土下座しながら中指を立てているような気がしないでもないが、この英雄は仕事には忠実であり基本的に不真面目という事はない。相手に迷惑をかける事もなく大使館の椅子に根を張りながら仕事をこなしている。
だが別に連合から逃げる為に行ったわけでもなく、王国の情報収集及びこの大陸で彼女の様な怪物以外で最大の脅威である竜騎士の育成法などの技術に関する資料の収集である。
「剽窃と言うのだが、代行も私の目を信頼しすぎだ」
彼女の全身全霊は戦争と言うよりは闘争に特化しているが、その闘争の中で唯一手が出せないのが竜だ。
屈服させようとあらゆる苦痛を与えても無駄で、背中に乗せたと思えば空中から振り落とされる事数回、さらには躊躇いなく彼女に向かって火を放ち、それを乗り越えれて操ろうとしたら高高度からの地面への自殺。
あそこまで拒絶されれば彼女だって心が折れる。
一応今は二十名ほどの竜騎士を育成できたが、質で王国に叶うはずがない。長年の効率化と竜自体の品種改良、さらに竜を扱うための戦略や戦術、馬鹿でもあげられる事は王国だってしている。
さらにそこからの家伝、かつての仇敵であり自分を独身に追い込んだアバラの家伝は広まっているが、とは言え、とは言えだ。
それはそこで止まるだけであり、技術の波及は竜騎士の名門で止まる。
さらに言えば敵国の人間が視察に来て見せてもらえると喜んでしまえる様な存在がいるなら、知性と言う物を自分か誰かに奪われた哀れな人ですらない何かだ。
足掛かりすらない状態に頭を抱える彼女だが、そもそも彼女を国に戻さない為の建前であるので、不可能に近い命令を与えてはいる。
だがそう言った建前を彼女は理解はしているが、根が糞真面目であるからか与えられた仕事をこなそうとは努力はしているのだ。
だが彼女はこの国は悪鬼羅刹の類だが、言い換えれば王族であるし、身を震わせるほどの武力を持った英雄である。何せこの国には彼女を止める事が出来る戦力はなく、その気になればここから王族を殺しに行くことは可能だ。
しかしそうなった際の報復で、間違いなく北方連合は竜騎士達の反撃で灰燼と化す。
武力で怪物であっても、戦力としては所詮一人だ。それをもう彼女は三十年前に理解させられている。
王国とはこの大陸において覇権国家と言って良い。
北方連合、南方の諸王国家群、西方の共和国、本来と言うよりも彼女がいなければ、この全ての国家群と同時に戦っても勝利できるだけの国力がある。
その事を重々理解している彼女は、自滅する様な愚かな事はしない。
何せ王国は彼女一人に怯えるが、彼女以外に怯える必要はなない。
本来諸王国家群の一国であったが、竜を手にする事によって周辺諸国を併合していき覇権国家の地位を手にする事になったが、たった一人の怪物によってその牙を今は収めている。
だからこそ他の国家は竜を求めるが、その生息地は王国によって囲われており繁殖方法などの技術も独占となっている。
これは国王ですら気付いていない事だが、公爵が作り上げた彼女に対するカウンターともいえる怪物が目覚めつつある。
彼女の寿命が尽きる頃には、大陸に響き渡るであろう竜騎士はまだ名も知られない公爵の色子扱いだ。
周辺諸国の状況はどうあれ、王国は彼女がいる間は大人しいのは間違いない。
それだけの影響力が彼女にあるのは間違いないほど、三十年前彼女が刻み付けた暴力は王国に拭い去れない恐怖を与えた。
そっと窓に視線を動かす。
また呆れる様に溜息を吐き、いまだ拭えない恐怖から目を逸らさず監視を続ける健気な人々を見るが、同時に彼女にとっては祖国の破滅の引き金でもある。
彼らに心労はかけるだろうが迷惑をかけるつもりもない。
だが彼女はそうでも、意外と周りはそうでもなかったりする。
例えばこの国で最も空気を読まないまま我が道を進み、気づけば復古派と言う本人すら晩年まで気づかなかった派閥の長であるアバラ公爵などはその典型とも言うべき人物だろう。
日々を迷惑をかけない様にと大使館に引き籠り仕事をこなしている時だ。
公爵から彼女に竜騎士を鍛えて欲しいと言う手紙が来たのだ。
「アバラの家は私の予想を上回って迷惑をかける為に生まれてきてるのかい」
まさか手紙の内容以上の意味がないなどと、気付ける訳もなく能力以外は常識人である彼女の思考の三段跳びぐらいする狂人の行動は当然だが困惑を手紙に詰め込ん届けられた。
一瞬破り捨ててやろうと思うが、仮にも、仮にも公爵の誘いを簡単に断れるなら彼女は既に王国に単身で攻め込んで王を斬り殺している。
しかし冷静になればいい機会ではある。
彼女からしても怨敵ではあるが、あのアバラと対面できるとなれば、竜について何か手にする事が出来る可能性を考えてしまう。
言い方は悪いが彼女の真面目さは責任感で過労死する類の人種である。
本来なら忙しいと断ればよかった。何せ相手は怨敵と言ってもさほど変わりはないアバラ公爵家であり、彼女の立場を考えれば暗殺だって考えられる状況だ。
人の殺し方は多種多様であり、人類はそれに特化した生物であるのもまた事実と言って差し支えないだろう。
一応だが人の範疇に入っている彼女からすればそう言った可能性も考えられるが、あのアバラの竜騎士を鍛えると言う挑発行為に逃げるのも性に合わない。
公爵が過去の因縁とか一切忘れていて必要だろうと思って行ったものだと知ったら、それはそれで彼女は怒り狂っただろうが、狂人の理屈を真面目な彼女が読み取れるわけもなく常識の範疇での判断を下す。
だが何度も言うが相手は狂人だ。身体能力は狂っているが常識をもって生きている彼女とこれから合う相手の思考の差は底なしの崖と言って差し支えない。
他者と自分なら間違いなく自分を選ぶエゴイストの巣窟である。
まさか自分を勝利させなかった竜の名門にいるのが、彼女の常識の埒外にいる者だとは気づけなかった。
この時の手紙を見て公爵家に向かった事を彼女は生涯の失敗であったと断言している。
見るべきを誤り、見据えるべきを違え、慢心と言う言葉を刻み付けられ、己と言う人間の矮小さを知らされ、彼女は生み出してはならないものを生み出したと言う後悔が綴られた手紙はあの当時起きた出来事として今もなお残されている。
円錐に到る時代に最も影響を残す最後の一人はある意味では冷徹な策略と、どうでもいいほどの彼等の失敗の結果から成り立つ時代だ。
アラタアラマズが慢心した理由も、その時代に多大な影響を及ぼした理由も、結局はオーゼンと言う一人の存在を見誤ったことが発端である。
しかしそれを誰も否定など出来ない。
彼の目を見誤った。彼の擬態を見誤った。公爵の彼への確信を見誤った。
だが当然ではある。
当然だが手紙は策略だった。
だが呼ばれた場所で出会った竜騎士は、右腕は引き千切れ、左手は三本の指を残し欠損、左足は折れ曲がり治療を受けても完全な再生は不可能であり、肉を削ぎ落されて骨が所々見えている全身は何を起こせばこうなるのか理解しがたい状況である。
一週間ほど意識不明状態が続き少し前に意識を取りもどしたが、いまだに心肺停止を何度も行うような死体。
それが彼女が出会ったオーゼンとの初対面の出会いであったのだ。
「ちょっと竜から落ちましてね。体ごと大損壊ですが、ようやく意識をまともに取り戻したんですよ」
背筋が凍るとはこの事だ。
こんなものを見せられてどうしろと言うと悪趣味すぎると公爵の趣向に、自然と彼女が怒りを覚えたのも当然だろう。
「公爵」
酷く小さな声だと言うのになんと苛烈な声だろう。まるで地を震わせるように響いたのは、流石は英雄でありアバラの怨敵たる存在であるが、だがそんな怒りなど公爵は意にも介さない。
いまさら英雄如きの威圧で怯えられるほど、アバラの家にいた竜騎士はまともではなかった。
「我が家の最高の竜騎士であると言うのに、ただが死にかけてるだけだと言うのに、あなたを貶めるつもりも何もないですよ」
「最高であろうが最強であろうが、これを鍛えるなどと世迷言を言うのがあなたに道義が一つでもあると」
三十年前の最後の戦争から本格的な戦いはなかったはずだと言うのに、かつてを見た事のあるものならその再現とでもいう威圧をそよ風の様に受け入れる。
怯える事もなく頬を歪ませて笑いながら、彼女の無くなった腕を指差す。
「あなたと言う例外がいるのだからお願いするのは当然では」
「私とは違う。これは死んでると言うのだ。戦士の残骸を残飯に変えろと私を愚弄しているのだぞ」
「そうですともこれは竜騎士であって、生憎と戦士ではないが英雄でも出来ない事があるとは思いもしなかった」
色々と失ったものは彼女にはあるのだが、公爵は彼女の意志を本質的には介在させない。
公爵は笑っている。心の底から英雄が自分の予想通りの人物であったことに、まさかここまで掌の上で踊ってくれるとは思いもしなかったから。
分かりやすいまでの真っ直ぐな英雄、流石は我が怨敵であった怪物。
だが同時に少しだけ残念にも思う。英雄の眼であったとしてもその程度の認識しか出来ないのかと、公爵は理不尽な思いを抱いてしまう。
オーゼンは竜を掌握したその日に大怪我を負った。
彼が目指した竜騎士としての在り方は、良くも悪くも現実を一足飛びにしたものであり、人の体が生身で耐えられる範疇を超えていた。
彼が竜を駆ると言う目的を達してから十五秒後がこの末路だ。
当然の様に竜も相応のダメージを負い重傷であるが、彼ほどの怪我をしていない理由はその十五秒と言う時間で自身を庇わずに竜を庇った事が原因である。
それが彼を生死の境と言うよりは死に向かわせたのだが、道半ばの男はただ執念だけで死を超克する様に、死にながら言葉を吐き散らかしていた。
一瞬だが自分の夢をあきらめた公爵であっても、相棒と言って良い男の生き汚さに流石と笑ってしまうった。ここでこいつが死ぬはずがないと、この程度の損害など意味などないと夢の続きを確信させた。
アラタアラマズは確かにこの後に後悔することになるが、ここからオーゼンが再起するなどと考えられるほどの信頼は残念ながら彼女は持ち合わせていない。
いや彼女のこそが彼が再起を図る最も重要な内容だ。
この世界で彼女を英雄たらしめている内容を簒奪するために。
と言うと聞こえはいいが、実際のところこんなのは賭けでしかない。
彼女からすれば屍である存在の目は、煌々と輝いているように見えた。
だが気付かない。
彼女の性格が正確の歪んだ公爵の嫌がらせに真っ当な人間としての怒りを向けているから、哀れな屍に同情して本来なら見通せた本質を見逃したから、なによりここまで損壊した人間を結局は見下して何もできないと判断したからだ。
「公爵、いやアバラの惣領、竜騎士の審美眼においてあなた以上いないのかもしれないが、出来る事と出来ない事は分けられている。あなたの言う最強の竜騎士は既に闘争から分かたれた存在だ」
酷い判断だがこと闘争においては冷徹な判断ともいえる。
だがいつだって例外はいるのだ。
オーゼンは彼女を見ている。
その名前を再現する様に、彼の本質ともいえる女神の瞳は英雄であろうとも解体する。
英雄が無意識に行う呼吸に行動、感情の揺れ動き、感じきれない心臓の鼓動、天然の怪物を作り出した行動の全てを目の多くに刻んでいく。
「なら、この末路に英雄を見せてもらいましょうか。本来ならあなたの仇敵になれた失敗作に」
詐欺師の手法だが、明確に彼女の戦いを彼に見せようとしてた。
そして戦士の鎮魂と言われて断る術を持たない英雄は、目の前の公爵が何かを企んでいる事は理解できても、何をなどと考えも及ばなかった。
なにせ彼女が屍と判断した男に全てを賭け続けている。そんな大穴狙いどころか墓穴堀りの様な事をしていると理解しろと言うには彼女は常識人過ぎた。
「では、私が帰るときに空を見て下さい。それで理解してもらえるとは思います」
断る事も出来ずに何かの策を講じられ、そのまま掌で動いている事だけは理解できたが、彼女の矜持を利用して何かを公爵は成し遂げた。
戦士の先を行く者の字を与えられた彼女は、朽ち果てていく戦士に対する鎮魂と言われて断れるわけがないのだ。
途方もない敗北感を感じながら、戦士としての生涯を全うした者への責務と考えて、彼女は自分でさえ策に絡めとられていると理解しながらも屋敷から出て一万人近くを殺した英雄の力を空に放つ。
かつて竜騎士殺しと言われた投擲法であり、彼女以外はだれ一人できなかった意趣返しに近いものを空に向けてはなった。
それだけで雲に穴が開く。
彼女は何も言わずに公爵家から去るが、彼女が死ぬまで延々と後悔する事になるのは当然だがこの結果である。
どこかで忘れていたのだ戦う者のの本質を、北方連合の戦士の意味を戦争にいたからこそ忘れてしまったのだろう。
人は所詮人であると、根本的な納得を彼女はしてしまっていた。
彼女はただ純粋に戦士を侮ると言う最大の失敗を犯したのだ。
足が千切れても這いつく場って歩むのが戦士だ。
腕が千切れても口で噛みつくのが戦士だ。
死んでもなお最後まで戦うのが戦士であった筈なのだ。
戦いとは死ぬまで続くと言うのに、そんな当たり前の事実を侮りによって見逃し自分の手の内をさらけ出した。
「見たな。あれが英雄であり、我々王国の怨敵だ竜騎士」
まだ彼は声すら出せない。
意識すら実は断絶を繰り返していた筈だ。
「なら次は失敗するな。死ななければ、お前はあれを乗りこなせるんだろう」
英雄は戦い続けている者の目を侮った。
怨敵であった筈の存在に、英雄を喰いつくす怪物に、竜騎士にしかなれない男に、いや敵である筈の存在に手の内を見せたのだ。
熱病に浮かされる様に彼の頭はもやがかかっていた。視界にも影が入ったように断絶を繰り返し、公爵の声も正直耳にも入っていない。
ただ死んでいないだけと言うのは間違いない状態であり、目を見開いていてもそこで何が起きているか判断できるほどの思考が現在出来る訳でもない。どれほど貪欲な性質を持ちながらも、生と死のスイッチを連打しているような状況の身体が何を得られるのかは分からない。
だが確かに、確実に、間違いなく、その目は生気を帯びており、まるで本能とでも言うように、その目は英雄の一挙手一投足を瞳に捕らえ続けていた。




