八章 婚約
夢と言う下らない我執の結末はあまりにも悲惨な結末を迎えた。
盗賊に襲われたと言うにはどう考えても残酷な始末であったが、結局は彼ら一族の仕事のからの逆恨みとして決着する事になる。
丁寧で丹念で執拗な殺戮は残念ながらまだ語られる事はない話だ。
だが王家にとってこれは千載一遇の機会でもあった。
歴史が深いと言うのはそれだけで一つの権威となる。
そしてここまで生き残っていたのなら、それなりの既得権益があるのだ。
法衣の貴族なんて言うのは、言い換えれば官僚に過ぎない。
そして彼の生家は司法の中で蠢いていた一族である。
つまりここに王族の権威をねじ込めるようになるのだ。アバラの手が掛かった色子はいるが、残念ながら孤児であった彼がそちらに関われるほどの能力がないのは、知らない人間がいない状況である。
何よりアバラは彼をそうは使わなかった。ここから公爵の政治力であれば孤児を使って司法に介入する事すら出来ただろう。
だが公爵はそうは動かなかった。
ただただ丹念に長年司法を裏から操ってきていた一族の一つを抹消するという方法を選んだ。
色子の来歴を掌握しこれを狙っていたと言うのなら、他の貴族も背筋を冷たくする公爵はしたたかだ。
実際にはそう言った方向での発想など存在せず、ただ孤児に家名以外の全てを王家に献上する事により王権の強化に寄与すると言う結果が発生する。
これで裁判における王家の介入が本格化するが、それは彼も公爵にも関係ない事だ。
だがこれで公爵や彼に恨みを抱いた司法の関係の貴族は多いが、ここまであからさまな事故が起きれば、次が彼らになる可能性だってある。
不干渉を重ねなければ根から切り落とされるのは、一つの貴族がなくなった事からも理解しているだろう。
理由の如何は知りもしないだろうが、アバラ公爵家による介入だと言うのがこの時代に生きた大抵の貴族の判断だ。
間違ってはいないのだが、酷い理由過ぎて理解出来る者はいないだろう。
そんな状況であるが周りの貴族からは伯爵家は公爵家の逆鱗に触れたからこそ、悲惨な事故にあったのだと判断した。
その逆鱗が公爵の色狂いなのかは理解できないが、その可能性が高いとは誰もが思っていた。
この辺りからだろうか、歴史上に復古派という貴族における第三派閥が出来たが、その中心である公爵は本当にその存在すら晩年になるまで気づきもしていなかった。
巨体と言うのは一歩動くだけで周りを震わせ影響を及ぼす。まさに公爵と言う立場がどう言う物か、色狂いなどと馬鹿にしていた貴族たちに対する強烈な牽制になるが、まさか本人は都合がいい以上の理屈がないのが恐ろしい。
だが巨体はただ歩いただけだ。気付けと言うのが可哀想な話ではある。
だがそんな歴史的には重要だが、彼等には関係はあるが興味もない時期の事だ。
普段は無表情のまま地獄みたいな事をしている男が、普段見た事もないほど喜色満面に花を歌っていたのだ。
ここ最近は必要ではあったが、下らない雑事が多かったがその成果がようやく成ったのだから当然の事ではあるが、周りの人間は珍しすぎる彼の姿にとうとう何か壊れたかと若干だが心配している。
しかしだ彼からすればようやくの騎竜との対面だ。
それを聞けば確かにあの気狂いだからこそ喜ぶなと納得はするだろう。
普段なら何も言わずに訓練と言うような状況だが、初めての騎竜との出会いの為に鏡を見ながら身だしなみを整えると言う人並みの機能を持っていた事実すらも長年の彼を知っている者からすれば異常事態だ。
「一番弟子随分とご機嫌ではないか」
お嬢様が最近お気に入りの呼び方で彼に話しかける。
実際に彼が彼女の一番弟子であるのは間違いないのだが、この辺りは彼女の承認欲求の高さなどが問題なので一種のマウント行為ではある。
しかし彼女の事に一切合切興味がないオーゼンは、何を言われても特反応もしないためこんな風な呼ばれ方が定着していた。
だが普段ならそうですねと言うぐらいしか反応しないが、今日に限っては破顔した笑顔で笑って答える。
「はい、ようやく騎竜が私のもとに来るんですから」
これから先だが、彼がここまで喜ぶ姿を彼女は見る事はない。
いや正確にはあるのだが、初めて見たこの衝撃以上の感覚を覚える事は無いだろう。
彼は真っ当な喜びを自慢げに彼女に言ったのだ。
何せこの時の感情は、お前まともに人間の感性持ててたのかと言う。
あんまりと言えばあんまりな感想なのだから、彼女の衝撃は相当の物であったのだけは理解できるだろう。
だが自尊心だけは大きな彼女はそれを表情に出すまいと目を逸らしながら話題を変えようとした。
「もうそのような時期か、一番弟子の実家も残念な事になったばかりだと言うのに、父上も性格の悪い事をするものだ」
「都合よく名前だけ貰って本当に感謝しかないですよね。生んでくれて、必要な物だけ残してくれるんですから、捨てた割には愛されていたのかもしれません」
彼女は彼の事を理解出来ない。
先程の笑顔のままに言っている事はブラックジョークでもまだましな事を言う。
何せ彼女は愛される側の人間だ。愛されない側の人間の中でも自己愛だけで生きているような男の価値観は飲み込み切れるものではないだろう。
あと彼は現在脳が馬鹿になる程度には浮かれ切っているから出てしまった本音だ。
そしてその言葉を聞いて察する事が出来ないほど彼女は愚かではない。
「ああ、口が滑ってしまいましたがそういう事ですよ。名前以外困った事に必要が無かったので」
お嬢様の表情を見て失敗したと同時に気付かれない様に剣に手をかける。
ばらされるなら、邪魔をするなら同じようになってもらう事に彼は躊躇いは無い。
しかし普段から彼の地雷の上でタップダンスをしていた女であるお嬢様は、怯えた表情と言うよりは呆れた顔をする。
「別に誰にも言うつもりもないけど、よくそれが簡単に出来ると驚きよ。一番弟子は本当にそれしかない生き方をしてると、下手に止めたら私まで同じ様にするでしょう貴方」
「必要があれば」
「仮にも協力者の一人に対して必要があったらしないで欲しいけどね。恩義を感じなさい恩義を」
なぜお嬢様がこんな対応が出来たか、彼の結果がどこまでか分からないが、どこまでもである事は理解できる。
彼と何度も会話をする事でどういう人間か理解できても、ないがしろにするものが多すぎて彼女もびっくりするしかない。ここまでだろうと言う予想を一足飛びに飛び越して、そこまでやるかと言うわせるのが彼女の知るオーゼンの異質さである。
「正の面でも負の面でも一番弟子は理解しがたい」
実はあと一歩で殺されていたなんて、気付いていないのに本当に余裕がある。
だが同時に殺したくはない人である為、ほっと息をつく姿は一応選んではいるのだろうという事が分かるが、彼の剣は軽すぎるのは間違いない。
やれやれと言う仕草をするお嬢様だが、彼女とて彼が行ったであろう事が悲劇的であり破滅的な事は分かってはいるが、これはこう言うものだと納得している。
なにより人の死と言う当たり前の事にどういう付加価値がついた死であろうと、時間の長短はあれど必ず起きる物だ。
呼吸するように当たり前の結論の為に動揺できる自尊心で彼女は生きていない。
「私ほど理解しやすい人間もいないと思います」
「一番弟子は理解しやすいが、最も理解しがたいたぐいだよ。人は目的のために手段を選ぶが選ばないだろう」
「卵が先か鶏が先かみたいな奴ですか」
こいつと話しているといつも調子を狂わせると思うが、諦観なのかこういうものだと思えばあきらめもある程度つく。
物騒かつ限りなく直線にしか見えない平行線の中で会話をしている二人だが、ある程度知っているとは言え彼女としても、この気狂いが乗る事になる騎竜を野次馬根性で見ようと公爵邸の竜舎に向けて歩いていた。
「迂回できない人間だと言っているんだよ」
「そりゃあ真っ直ぐ歩けるなら、わざわざ迂回する人の方が珍しいと思いますが」
「目の前に障害物があっても砕いていくタイプだと言っているんだ」
本当ならまだ穏当な方法はいくつもあった。
わざわざ一族郎党を根切りにする必要などなかったはずだが、出来る能力と時間を考えた際に最も労力を使わない方法だから行ったに過ぎない。
目の前のお嬢様との婚約や養子などやりようはいくらでもあったのにだ。
だがそれには時間が掛かる。少なくとも数年の時間が、それを彼は認めなかった。
目の前にぶら下げられた人参と一緒だ。彼は自分の騎竜が決まったなら、もうその欲求を抑える事など出来る訳がなかった。
だからこそ意図された惨劇が起きたのだ。
夢とは執着に対して使われる綺麗事であり、一つ皮を剥いだら人の感情のヘドロにしかなりはしない。だがその部分こそが貪欲な人の情動と言う中でも、最も人が人である証明行為になりえる代物が見えるのだろう。
彼はそれが他の人よりも分りやすいだけに過ぎない。
人が語る欺瞞をつまびらかにするような行為は、醜悪に映るかもしれないがそれが夢の一側面であるのは間違いない。
「一番弟子は人生が一本道だと勘違いしてるんだろう」
「生きて死ぬまでの選択肢の全てを踏んでいったらそりゃ一本道にしかなりませんよ」
言いたい事と理解が彼岸にあるが、彼の発言に言い方が悪かったと反省する辺りに彼女の育ちの良さを感じる。
育ちの悪い男は諧謔の一つも理解せずに不思議そうな顔をする。
「一番弟子の人生には遊びがないのです。それを信奉し崇拝することを本来は欠損と言うんです」
「一理どころか万里あると言ってもいい至言ですが、その欠損すら埋め尽くしてしまえるのなら完璧と言うんです」
「自分の人生に自信を持ちすぎだよ君」
ああ言えばこう言うの体現者だが、罪悪感も何もなく生きていける類の人間の中でも圧倒的な自己肯定感である。
だがこれは当然の話でもある。
彼は言いかえれば奉竜祭で飛ぶと言うそれだけの為に生きているが、だからこそそれに邁進している限り人生は全て充足しているともいえるのだ。
彼は生きているだけで夢に近づいていると思っている。
だったら彼がここまで行ってきた行動の全てが必須であり、自分は何も間違ってはいないと言い切れてしまうのだ。
素晴らしく簡潔で無駄の無い人生とはまさに彼の人生を言うのだろう。
周りから見れば安易で子供じみた代物とでも揶揄されるのだろうか?
最も子供の夢を叶えようとする人間を笑うのはそれはそれで安易で子供じみているのはあるが、それは両論併記の弊害だ。
いつだってどちらでもあってどちらでもないのが人生である。
だが本質的には人生は主観の収束でしかない。
それを経験し続ける一人の演者の終端までの物語だ。であるのならば、彼の人生はどこまでの充足し、ひとかけらたりとも欠損の無い完璧な人生であるのかもしれない。
なにせ彼は二回目の人生の絶頂に向かっているのだ。
奉竜祭、そして騎竜と言う名の夢の成就、これを絶頂と言わずして彼の人生に何の意味があるだろう。
「持ちもしますよ。あれを見て下さい、夢が目の前にあるんですよ」
「いや、あれ、聞いてたけどあれで言いの一番弟子」
「あれしか私には付き合えないようなので仕方ないのではないでしょうか」
目的地に辿り着く、彼にっとって八合目程度の人生でありながら山頂から下をのぞくような感覚だろう。
遠目からも見えていた竜としても大きなその体、木偶と言われても仕方ない様な地を這うトカゲが彼にとって最良の竜だ。翼を広げるだけでまだ離れている彼らの体を押す程の風を起こし、火竜としても地竜としても規格外と言うしかない大きさの竜。
王冠と呼ばれるに足るだけの巨躯の竜であり、空を駆けるにはあまりにも大きすぎる存在。
竜の知識があれば飛べるのかすら疑わしいと言われるだろう。
後に円錐の竜と呼ばれる彼の相棒は、酷く機嫌が悪く今まで育てていた調教師がいない事に不安なのか、大きな身を捩りながら口元から自然を炎を溢している。
「来たか、中々の聞かん坊だが元気がいいだろう」
「交配する為だけで騎乗を前提としてない竜だぞ。公爵は少しばかり酔狂が過ぎる」
「見てろ見てろ、私が選んだ最強の竜騎士だ。お前の常識など蹴飛ばしてくれるだろうよ」
その二人に気付いた公爵が竜を指差しながら自慢げだが、隣にいたカビタ伯爵は頭を抱えている。
雑種の中でもかなり稀有な竜だ。その体躯から空を飛ぶ地竜とすら揶揄されるだろう大きさは、さらなる交配を重ねる事で、さらに特殊な交雑種を作る予定であった。
それを公爵にほぼ力づくで奪われた挙句に、分かっていたとはいえ目の前に見える傍から見れば少し線が細い若者に渡す訳だ。
不満と言うよりは、不安の方が強い伯爵は、現状でもあまりいい顔が出来る訳ではなかった。
そもそもだが竜騎士と竜の関係は、幼い頃から一緒に育つことを前提としている。
十代頃から寝食を共にしながら、関係を深めていかなければ本来は男であっても乗る事を拒絶されるほど竜種と言うのプライドが高い存在だ。
そもそも竜騎士になるには二つの方法がある。
それが共存と屈服だ。
本来正当なのが共存であり、屈服とは文字通り竜の支配である。屈服とは力と精神で竜を凌駕し騎竜として認めさせる。
大抵の騎士は共存を前提とした騎士ばかりであり、本当に特殊であり邪道であり外道とまで言われる方法が屈服であり、前者の騎士からは本当に嫌われる方法である。
これは十代から一緒に暮らしているペットを虐待する様なものと言えば、嫌悪感が少しは分かるかもしれない。
だが彼は前者を選べる産まれではなかった。
竜騎士になるには男爵以上と言うのは、力と総数の問題のほかに当然だがこういった飼育にかかるコストなどの原因から地位が高くなければ、そもそも扱えないと言う当然の理屈もあるのだ。
だがその地位が決まっている以上は、彼に最初から気流を与えるのは流石に反発が大きすぎるが故に彼には与える事が出来なかった。
そして彼の完成度次第で騎竜を公爵が選ぶために、意図的に与えなかったと言うのも当然理由にはなる。
なにせ途中で死なれたら竜が無駄になるからだ。
完成した竜騎士に竜を与えて屈服させた方が公爵が望む側の存在が出来るのと、適性を見極めて竜が与えられる利点があるのだ。
最も竜を屈服させるのは、かなりの難易度を要求し下手をすると男であっても竜は自殺する。
だが公爵が望むのはそれを当然の様に乗り越える竜騎士であり、出来ると確信したからこそ竜に出会わせたのだ。
しかしそういう意味では公爵は失敗だっただろう。
自然界において最大の理屈がある。
大きいは強いのだ。
動物は自分を大きく見せるために立ち上がり、相手を上から見るようにする。
敵対者に自分を大きく見せると言うのは、自然界では当たり前の話であり竜にもそれは該当する。
そして人と竜大きいのは当然だが竜であり、目の前にいる竜は竜の中でも規格外の大きさを誇るのだ。そして知能も高い存在がオーゼンを見た所で屈服すると思うだろうか。
公爵はすると思う。お嬢様もすると思う。伯爵は無理だと判断する。
オーゼンはどう足掻こうとも屈服させると決めている。
「やあ、言葉は理解できるだろう。私はお前の主になるオーゼンと言う」
だが自然の法則を竜は当たり前に振るう。
お前如きが主になれるかと彼に向けて爪を振り下ろした。
言わんこっちゃないと表情を歪める伯爵をよそに、腕を彼は斬り飛ばして飛び上がると頭を地面に叩きつける。
ぎゃんと言う犬のような悲鳴が響く。
「やあ、理解できるだろう。私はお前の主になるオーゼンと言う」
物理法則を見れば当然の異常事態だが、伯爵以外はあまり不思議そうでもない。
オーゼンは人形の様な眼球で竜を見ながら、まさに屈服と言うに相応しい状態を彼は容易く作り上げた。
片手で竜の頭をさえつけると、腕力のまま頭を潰そうとせんばかりに竜の頭を地面に押し込み続ける。痛みに弱弱しい悲鳴を上げる竜だが、こう易々と敗北する事にプライドが耐えられない。
火を吐きながら彼を燃やそうとするが、彼はお嬢様の一番弟子である。
その炎が彼を焼き尽くす事などなく悲鳴のような鳴き声を上げる。
「理解できるだろう。私はお前の主になるオーゼンと言う」
だが竜はその程度で屈服するほど低いプライドはない。
圧倒的な力で押さえつけられた如きで、尻尾を振る事が出来るならお嬢様とて竜騎士になれる。
もっと言うのなら騎士の傑作アラタアラマズが竜騎士の傑作になっていたはずだ。
身を捩りながら体を痛めつけ始めた。
さらに舌を噛み千切るような仕草を見せ始め、流石に伯爵も顔を青くさせてオーゼンを止めようとするが、公爵とお嬢様が必死に止める。
「やめろ、あの馬鹿に殺されるぞ」
「一番弟子に殺される事になるからと待ってください伯爵」
「ちょっと待って欲しいなんで私の命が一番に心配されるんだい」
今彼に介入すれば間違いなく伯爵は斬り殺されていただろう。
横目で介入しようとしていた伯爵の姿を収めながら、本当に軽くなった剣から手を離す。
本当に殺されかけていた事を知ると、別の意味で今度は顔を真っ白にさせた。
「死のうとしているところ悪いけれど、生憎ともう伝道師の術は使いこなせる様になっている」
彼の言葉を聞いて一番の常識を持っている伯爵の顔色は青白赤の順に変化させる。
「あの公爵、あなたは一体何を作り出したんですか」
「だから竜騎士でしかないものだと言ったではないか」
それは現実を認めたくない救済を求めた声だが、残念ながら説明しただろうと暢気に笑っている。
だがここで自己顕示欲のお嬢様は嬉しそうに自分を指差して主張している。
「言っておきますが伯爵、彼のアレは私の功績ですからね」
「それは今聞きたくなかったかなあ」
確かにそうなのだが、今の状況で言う事でもない。
しかしそれは彼女の気質によるものだから、誰が止めても言う事であろう。
何より言っている言葉だけではない。
現実として彼何かを呟くと切り落とされた腕や痛めつけていた体の傷は癒えはじめている。
ここで初めて竜は怯えた声を出すが、屈服するまで彼は一年かかろうがずっと同じことをし続けるだろう。
主になる存在の狂気をずっと視線で晒され続ける竜は、必死に逃げようとするが押さえつけられた頭が動かずもだえ苦しみ続ける。
死なないのならいいと心をへし折ろとするその姿は虐待と言われても何ら不思議ではない。
だが彼も必死であった。ここでこの竜を手に入れなければ、彼は竜を殺しながら乗り続ける事になる可能性が高い。
そしてそれはオーゼンであっても認められないものだ。
自分の竜を駆ると言うのは、彼にとっては夢の中でも最低限の納得含まれる。
そこを妥協するのは流石に納得がいくものではない。
「あれと同じ事が出来るなら私も竜騎士になれる気がしてくる」
「止めなさい。あれはあれにしか出来ん、お前はあれになりたい訳ではないだろう」
「進路相談は良いのだが、いつまでああしてるのだ」
異常事態を見せられ続けて少しやさぐれてしまった伯爵だが、もがき続ける竜とただ竜を見続けるオーゼンを指差す。
「あちらの竜が諦めるまでだろう。あれはそう言う男だぞ」
「諦めを知らないからあんな風になってるわけですし、これから一番弟子と生きる竜なら早めに諦めた方が得ではありますから」
「私はあそこまで痛めつけられるあの子を見たくはないんだが、一応忘れて貰っては困るが近年最高の配合竜なんだ」
彼は竜からすれば親に該当し調教師以外で直接竜に干渉できる人物であるが、同時に育ててきた竜に対して深い愛情がある。
公爵たちからはかなり身勝手な事を言われ怒りを覚えるのも仕方はないのだが、止めようとしたら殺されそうになる。どちらにしろ何もできないのであるが、この親子と言いオーゼンと言い本当に自分都合で生きている人間が多すぎる。
「あれは諦める事が諦められない分類だ。結果が出るまで何も変わりはしない」
「本当に面倒な奴過ぎて最低だよ公爵、なんて厄介な奴をこの世に見出したんだ」
伯爵に対する対応は下の下であるのは間違いないだろう。
やめてくれと言っても誰も聞き取らず、竜の心が折れて彼を認めるまで続いた。
ある意味では画期的な共存、屈服に次ぐと言うよりは屈服の正当な派生である支配に分類される事になる彼の結果だけは後世役に立つことはなかった。
だが世の中は美化される。いや功績は下劣を運命に変えてしまう。
後世では婚約と名付けられる竜との邂逅。一目見ただけで通じ合ったとされる竜と騎士の出会いは、色々な物語で装飾を華美を通り越して下品に見えるほどつけられるが、逆らう竜を心を折るまで頭を押さえながら痛めつけただけだ。
その間念仏の様に「お前の主になるオーゼンだ」と言い続けた薄気味悪さもまたお嬢様の手記から判明する事になるが、こちらは後世の人からひどく驚かれる事になる。
「立場が理解できるまで延々と話し合おう。対話は大切だから両者が納得する場所に向けて仲良くしよう」
どこのどいつが言っているのか詳しく教えて欲しいが、オーゼンからすれば最大限の譲歩を口にしているなどと、後世だろうが今であろうが一人を除いて誰も気づかないだろう。
もし気付いてもらえていたら彼にはまだ人に対しての配慮が出来た人生であった筈である。
実は公爵だけは理解していたりするが、竜にすら気付かれる事なくこれから十時間後竜の心が折れるまで彼の目線では人生で最も有用だった対話の時間は続いて行く事になる。
これを婚約と呼んだ人々はここまで意見の平行線だったとは気づく事は終ぞないだろう。
この日を人生最良の日と言い切った男は、複雑骨折した精神性のまま確かに夢と言う一歩を進んだ。
だがどこまでエゴの塊である彼は、その末期まで竜を道具と思い使い潰して行く事になる。
バーガンデリウ(バーカン通りの羽)と名付けられた竜。
色々あるがなんやかんやで最後まで彼に付き合った円錐の竜。
それはけったいでどうしようもない出会いではあった。
だがこんな関係であったとしても、確かに彼らは唯一の相棒でありそれなりに最後まで仲良くやっていくのだ。
彼が見上げた空、彼が見上げた場所、その場所から飛び立つ名前を与えられた竜は、その名の通りに彼を空に連れていく。
その出会いとは不釣り合いなほど苛烈で鮮烈に、空の全てを彼らに塗り替えてながら飛んで墜ちて行ったのだ。




