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第49話 【完結】

 旧王室管理区画は、王都の北東にひっそりと残されていた。


 かつては物資の管理を行う重要な施設だったらしいが、現在では使われておらず、石造りの建物には長い年月によって生まれたひびが走っている。


 その地下に、私たちはいた。


「……ここですね」


 ヴィンセントが古い扉を見つめる。


 ーーー白百合の紋章。


 また、この印だ。


 けれど以前とは違った。


 私はもう、この紋章を見ても恐怖を覚えなかった。何が待っているか分からない。それでも、隣にはヴィンセントがいる。


「開けます」


「待ってください」


「どうしました?」


「私も一緒に開けます」


 ヴィンセントが少し驚いた顔をした。


 それから、嬉しそうに笑う。


「ええ。では、一緒に」


 二人で扉へ手をかける。


 重い音を立てて扉が開いた。


 中には、古い机と書類の山。


 そして――数冊の本。


 昨日、図書館から消えた本だった。


「見つけました!」


 私は思わず駆け寄った。


「……本当に本が好きですね」


「だって、ちゃんと戻してあげないと可哀想でしょう?」


「本を心配する人は初めて見ました」


「ヴィンセントだって、私がいなくなったら心配するでしょう?」


「本と同列にされるのは複雑ですね」


「ふふ、冗談です」


「では、私も冗談を一つ」


「何でしょう?」


「本を全部返したら、その代わりにあなたを一冊だけ借りたいのですが」


「……意味が分かりません」


「私の隣にずっといていただきたい、という意味です」


「それは借りるものではありませんよ」


「では、予約は?」


「もっと違います」


 二人で笑う。


 こんな状況なのに、少しだけ肩の力が抜けた。しかし、机の上の書類を確認した瞬間、空気が変わる。


「……これは」


 王都への人員移動記録。


 旧街道を使って、複数の人物が王都へ入り込んでいた。


 けれど、目的は侵入ではない。


 情報収集。


 王室の外交記録。


 周辺国との交渉。


 そして――白百合事件の後に生じる政治的混乱の観察。


「つまり、この人たちは白百合事件の後に何かをするつもりだった」


「ええ」


 ヴィンセントが一枚の書類をめくる。


「ですが、計画は途中で止まっています」


「なぜ?」


「ローデリックたちが捕まったからでしょう」


 私は息を吐いた。


「事件は、ここで終わるのですね」


「おそらく」


 そのとき、背後から声がした。


「ええ。終わりですよ」


 振り返る。


 そこには、アドルフ教授が立っていた。


 騎士たちもいる。


 彼は抵抗することなく両手を上げた。


「もう逃げる意味がありませんからね」


「最初から、ここへ誘導したのですか?」


 私が尋ねる。


「半分はそうです。だが、あなた方がここまで辿り着くとは思っていませんでした」


 教授は苦笑した。


「特に、あなたが図書館の本の違和感に気づくとは」


「私は本が好きですから」


「それが最大の誤算でした」


 私は少しだけ胸を張った。


「好きなものを馬鹿にしてはいけませんよ」


 ヴィンセントが隣で笑う。


「ええ。私も同感です」


 教授は連行されていった。


 今回の事件も、ようやく決着したのだ。


 白百合の一件から続いていた情報収集。


 旧街道。


 王室資料。


 そして、王都への人員移動。


 すべてが一本の線に繋がった。


 けれど、私は不思議と達成感よりも穏やかな気持ちになっていた。


 事件が終わったからではない。


 自分一人で未来を変えようとしなくなったからだ。


「エヴァンジェリン」


「はい?」


「少し歩きませんか?」


 事件の処理を騎士たちへ任せ、私たちは地上へ戻った。


 夕方の王都は、金色の光に包まれていた。


 人々が笑いながら通りを行き交っている。


 いつもの光景だ。


 けれど、以前よりも美しく見えた。


「これで、本当に終わりましたね」


「ええ」


「……少し寂しい気もします」


「事件がなくなると寂しい?」


「違います」


 私は笑う。


「あなたと一緒に何かを追いかける時間が、楽しかったのだと思います」


 ヴィンセントが立ち止まった。


「それなら、事件以外のことを一緒にしましょう」


「例えば?」


「旅行」


「あ」


「約束しましたよね」


 私は頷いた。


「古い街道を巡って、歴史のある町を見て、図書館があれば立ち寄る」


「その間、あなたは本を買う」


「はい」


「私は荷物を持つ」


「お願いします」


「そして、夜になったら一緒に食事をする」


「それも約束ですか?」


「もちろん」


 ヴィンセントは私の手を取った。


「事件を解決するためだけに、一緒にいるのではありませんから」


 その言葉に、胸が熱くなる。


「……そうですね」


「これから先は、事件のない日も大切にしましょう」


「はい」


「あなたが本を読んで、私が紅茶を淹れて、くだらない話をして笑うような日を」


「それは、とても幸せそうです」


「私は、そういう未来が欲しいんです」


 ヴィンセントは真っ直ぐ私を見つめた。


「未来というのは、何か大きな出来事が起きた先にあるものではありません。今日をどう過ごすか、その小さな選択を積み重ねた先にあるものです」


 私はその言葉を、心の中で何度も繰り返した。


 以前の私は、未来を知っていることに縋っていた。


 ゲームの筋書きを知っていれば、失敗しないと思っていた。


 けれど、違った。


 未来を知っていても、人の心までは分からない。


 何が起こるか分からないからこそ、人は誰かと手を取り合える。


「ヴィンセント」


「はい」


「私、未来を知っていることよりも――」


 私は彼の手を握り返す。


「あなたと一緒に、知らない未来を見つけていくほうが好きです」


 ヴィンセントは一瞬だけ目を見開いた。


 それから、いつもの穏やかな笑顔になる。


「……それは、かなり嬉しい告白ですね」


「告白?」


「ええ。私にはそう聞こえました」


「そんなつもりでは――」


「もう遅いですよ」


「何がです?」


「私は今、とても幸せなので」


 そう言って、彼は私の手を少しだけ強く握った。


 夕暮れの街を、二人で歩く。


 白百合の事件は終わった。


 過去の筋書きも、私たちを縛るものではなくなった。


 これから先、何が起きるのかは分からない。


 それでもいい。


 だって、未来は最初から決まっているものではない。今日を生きる私たちが、一日ずつ選び取っていくものなのだから。


 そしてその未来を、私はこの人と一緒に歩いていきたい。


 ――たとえ、その先にどんな物語が待っていたとしても。


<完>

 最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


 もし少しでもスカッとしたり、ニヤッとしたりしていただけましたら、評価ポイントとブックマークをいただけると、次の物語を書く一番の励みになります!

 

 次に書きたい物語の構成も練りながら執筆でしたので、いつになるかはわかりませんが、次回作も何卒よろしくお願いいたします!よろしければ作者フォローもしていただけると幸いです!

 

 今回の作品は、個人的に成長することができた点と、いまだに課題として残っているところが顕著に出た作品だったように感じました。今回見つかった課題を次回は徹底的に潰して、より良い作品になるように精進していこうと考えています!ですので、これからも何卒応援の程をよろしくお願いいたします!


 また、私の書いてるもの中には短編が多くあると思うのですが、その中でお気に入りのものがあったり、連載として書いて欲しいものがあると言う方は、その短編の所になんでもいいのでコメントしていただけると幸いです。


 私なりに、読んでいただいている皆さんと一緒に“しろ”としての作品を作り上げていただきたいと妄想する日々ですので、協力していただける方がいましたら、よろしくお願いします!


 それでは、また次の物語でお会いしましょう!

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