第48話 全てがつながる.....?
翌日。
王立図書館の資料室には、古い紙と乾いたインクの匂いが漂っていた。
私は机いっぱいに広げた資料を眺めながら、腕を組んで考え込んでいた。
「……おかしい」
「何がです?」
向かいに座るヴィンセントが紅茶を飲みながら尋ねる。
「消えた本が全部、旧街道に関するものなのは分かっています。でも、なぜその中に外交史まで混ざっているのでしょう」
「街道と外交に共通するものがある?」
「ええ。人の移動です」
私は地図を並べた。
王都から北へ伸びる街道。
古い倉庫。
かつての王室領。
そして、隣国へ続く交易路。
「この本を選んだ人間は、街道そのものではなく、人がどこを通って王都へ入るのかを調べているのではないでしょうか」
「なるほど」
ヴィンセントが地図を見つめる。
「つまり、目的は物資ではなく、人間の移動経路」
「そう考えると、白百合事件との繋がりも見えてきます」
私は一冊の記録を開いた。
「ローデリックたちは、食料を利用して王都を混乱させようとした。でも、それとは別に、誰かが王都へ人を出入りさせる経路を調べていたとしたら?」
「別の計画が並行していた可能性がありますね」
ヴィンセントは静かに頷いた。
「ただ、焦ってはいけません」
「分かっています」
「本当ですか?」
「……少しだけ焦っています」
「正直でよろしい」
彼は笑いながら、机の端に小さな皿を置いた。
蜂蜜をかけた焼き菓子だ。
「どうして今、お菓子なのです?」
「あなたが眉間に皺を寄せているからです」
「そんな理由で?」
「そんな理由が大切なんです」
私は一つ手に取った。
「……美味しい」
「でしょう?」
「ヴィンセントは、事件よりお菓子のほうが詳しいのでは?」
「あなたの好みに関してだけなら、事件より詳しい自信があります」
「それは少し悔しいですね」
「では問題です」
「何でしょう?」
「あなたが今、一番好きな本は?」
「……難しい質問ですね」
「では、三冊」
「それなら答えられます」
私は少し考えて答える。
ヴィンセントは全部覚えていたのだ。題名だけではない........私がどこを気に入っているのかまで。
「どうしてそんなことまで覚えているのです?」
「あなたが楽しそうに話していたからですよ」
あまりにも自然な答えだった。
胸の奥が、じんわり温かくなる。
ーー好きなものを覚えてもらえる。
それがこんなにも嬉しいことだとは、以前の私は知らなかった。
「……では、私からも質問します」
「どうぞ」
「ヴィンセントが好きなものは?」
「紅茶です」
「それは知っています」
「甘いものも好きです」
「それも知っています」
「では、あなたは?」
「……私?」
「ええ。私が一番好きなものです」
思わず黙る。
彼は微笑んだまま、こちらを見ている。
「それは……」
「はい」
「……言わなくても分かるでしょう」
「分かりますが、あなたの口から聞きたいんです」
「……ずるいです」
「よく言われます」
私は観念して、小さな声で答えた。
「……本と、紅茶と」
「それから?」
「……あなたです」
言った瞬間、顔が熱くなった。
ヴィンセントは数秒、固まった。
「……」
「ヴィンセント?」
「少々、お待ちください」
「何ですか?」
「今のは反則です。私も動揺するくらいは許していただけませんか」
珍しく彼が耳まで赤くしている。
思わず笑ってしまった。
「ふふ……いつも余裕そうにしているので、たまにはいいでしょう?」
「そうですね。これは、かなり効きました」
そんなやり取りの最中だった。
資料室の扉が開く。
司書が一枚の書類を持って入ってきた。
「見つかりました!」
書類には、消えた本の閲覧記録が記されていた。
名前は――王立学院の教授、アドルフ・レイモンド。
「この人物……」
私は息を呑む。
白百合事件の調査記録にも名前があった。
しかし、証拠が足りず、事件そのものへの関与は認定されなかった人物だ。
「繋がりましたね」
ヴィンセントが静かに言う。
「ただし、まだ決めつけません」
「ええ」
「証拠を揃えましょう」
私たちは学院へ向かった。
教授の研究室には、旧街道の地図が何枚も貼られていた。
「随分と熱心な研究ですね」
ヴィンセントが言う。
教授は眼鏡を押し上げた。
「歴史研究ですよ。何か問題でも?」
「ええ。あなたが図書館から無断で持ち出した十一冊の本について、少しお話を伺いたいのですが」
「証拠は?」
「あります」
ヴィンセントが書類を置く。
「閲覧記録。紙の筆跡。あなたの研究室に残された本の管理番号。そして、図書館員への指示書」
教授の顔が強張る。
私は最後の一枚を見る。
そこには、こう書かれていた。
『旧街道を調べ、北方から王都へ入る人間の経路を確認せよ』
その下には、白百合の印。
「教授」
私は静かに尋ねた。
「あなたは、一体誰に命じられたのですか?」
教授は答えなかった。
けれど、その沈黙だけで十分だった。
ヴィンセントが立ち上がる。
「明日、旧王室管理区画を調べます」
「何かあると思いますか?」
「ええ」
彼は私を見た。
「あなたが見つけた本が、ここまで私たちを導いてくれたのですから」
私は机の上の古書へ目を落とした。
本は、ただ知識を詰め込んだ紙の束ではない。
誰かが残し、誰かが読み、そして時には――未来へ手掛かりを渡してくれる。
私はそっと表紙を撫でた。
「好きなものが役に立つことって、本当にあるのですね」
「ええ」
ヴィンセントは微笑んだ。
「だから私は、あなたの好きなものを否定したくありません」
「……どうして?」
「あなたを作っているものの一つだからです」
その言葉が、静かに胸へ落ちた。
事件を追う中で、私はまた一つ知った。
愛するということは、その人を守るだけではない。その人が大切にしているものまで、大切にすることなのだと。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
もし少しでもスカッとしたり、ニヤッとしたりしていただけましたら、評価ポイントとブックマークをいただけると、次の話を書く一番の励みになります!
まだまだ書きたいことがございますので、よろしければ作者フォローもしていただけると幸いです!
それでは、また次のお話でお会いしましょう!




