第43話 ーー大切な約束
三日後。
王都中央市場は、いつも以上に人で賑わっていた。
商人たちの声。
荷車の音。
焼き菓子を売る店から漂う甘い香り。
そして、人々の笑い声。
事件が起きているとは思えないほど、穏やかな日常だった。
けれど、私たちは知っている。
この街のどこかで、白百合の印を使う誰かが次の指示を出そうとしている。
「……緊張しますわね」
私が呟くと、隣のヴィンセントが小さく笑った。
「意外ですね。あなたでも緊張するんですか?」
「しますわよ。私を何だと思っていますの?」
「事件を見ると突っ込んでいく人」
「否定できませんわね」
「では、今日は私から離れないでください」
「命令ですの?」
「お願いです」
その言葉には、いつもの冗談めいた軽さがなかった。
私は頷いた。
「分かりました」
市場を歩きながら、私たちは周囲を観察する。しばらくして、白百合の印が入った封筒を持つ男を見つけた。
男は人混みを抜け、路地へ入る。
「追います」
「ええ」
しかし、その先には誰もいなかった。代わりに、壁際に一つの箱が置かれている。
箱を開けると、中には一枚の紙。
『第二十二時、王城西塔』
「……王城ですわ」
「ええ」
ヴィンセントの表情が険しくなる。だが、紙の裏にはさらに小さな文字があった。
『白百合を知る者は、白百合を捨てられない』
「どういう意味でしょう」
「過去の秘密を握られている?」
「あるいは、脅されている」
ヴィンセントが紙を折りたたむ。
「王城内部にいる人間が黒幕なのか、それとも黒幕に利用されているだけなのか、まだ分かりません」
「慎重ですのね」
「当然です」
彼は私を見る。
「疑うことは必要です。しかし、疑った瞬間にその人を犯人だと決めつけてしまえば、真実を見失います」
その言葉には、これまで何度も聞いてきた彼の信念が込められていた。
「真実は、私たちが都合よく作るものではありません。事実を一つずつ積み重ねて、最後にたどり着くものです」
私は頷いた。
そのとき、市場の向こうから甘い香りが漂ってきた。
「……ヴィンセント」
「はい」
「あちらに焼き菓子があります」
「事件の最中ですよ」
「でも、美味しそうです」
「……あなたは本当に」
彼は呆れたように笑った。
「少しだけですよ」
「やった!」
「ただし、一つです」
「二つ......!」
「一つだ」
「婚約者でしょう?」
「その言葉を交渉材料に使うのは卑怯ですよ」
「あなたが便利だと教えたのでしょう?」
ヴィンセントはしばらく黙り、それから苦笑した。
「……二つ買いましょう」
「勝ちましたわ」
「はいはい」
そんなやり取りをしていると、さっきの封筒を持っていた男が市場の反対側に現れた。
私たちはすぐに追った。
男が向かった先は、王城へ続く裏門だった。
だが、門番に止められた男は、懐から古い王室証を取り出した。
門番が敬礼する。
男は、そのまま中へ入っていった。
「……王城への通行証」
私は呟いた。
「ええ」
ヴィンセントが目を細める。
「これで、少なくとも白百合の経路が王城内部まで繋がっていることは確認できました」
「黒幕が王城の中にいる?」
「可能性はあります」
彼はそこで私の手を握った。
「ですが、ここから先は危険です」
「私も行きます」
「……そう言うと思いました」
「止めませんの?」
「止めません」
意外な答えだった。
「ただし、約束してください」
「何を?」
「私の隣から離れないこと」
私は彼の手を握り返した。
「約束します」
「それから――」
「まだありますの?」
「事件が終わったら、二人で旅行へ行きましょう」
「……旅行?」
「ええ。事件も書類もない場所へ」
私は笑った。
「いいですわ。どこへ?」
「あなたが決めてください」
「それなら、海が見える場所がいいです」
「分かりました」
「本当に?」
「約束します」
未来を知らない。
黒幕が誰なのかも分からない。
それでも、未来の予定を一つずつ作っていく。
それは、以前の私にはなかった感覚だった。
私はヴィンセントの手を握りながら、静かに笑った。
「……事件を解決したら、旅行ですわね」
「ええ」
「絶対に忘れないでください」
「忘れません」
その夜。
王城西塔へ続く道の先で、白百合の印が描かれた扉が見つかった。
その扉の向こうに、十年前から続く事件の核心がある。
そして私は、ヴィンセントと共にその扉の前に立った。
もう、未来を知っていることに頼る必要はない。
知らない未来だからこそ、二人で選んでいけばいい。そう思えるようになったことこそが、私にとって何より大きな変化だった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
もし少しでもスカッとしたり、ニヤッとしたりしていただけましたら、評価ポイントとブックマークをいただけると、次の話を書く一番の励みになります!
まだまだ書きたいことがございますので、よろしければ作者フォローもしていただけると幸いです!
それでは、また次のお話でお会いしましょう!




