第42話 婚約者の静かなる怒り.....?
翌日、私たちは茶葉商人の倉庫を訪れた。
倉庫の中には、大量の茶葉が積まれている。
香りだけなら心地よい。
けれど、その奥には茶葉とは関係のない木箱がいくつも並べられていた。
「随分と大きな倉庫ですわね」
「商売が繁盛しているものでして」
商人は笑った。
しかし、その笑顔はどこか引きつっている。
「では、こちらの箱は?」
私が尋ねると、商人は一瞬だけ目を逸らした。
「茶器です」
「開けても?」
「それは……」
ヴィンセントが静かに前へ出た。
「開けてください」
声は穏やかだった。
けれど、有無を言わせない迫力があった。
ーー商人が渋々箱を開ける。
中に入っていたのは、茶器ではなかった。
古い地図。
王室輸送路の記録。
そして、白百合の印が押された封筒。
「……なるほど」
ヴィンセントの声が低くなる。
「これでも『茶器』と言い張りますか?」
「これは……誰かに預かっただけです!」
商人が慌てて弁解する。
「私は何も知らない。頼まれただけだ!」
「誰に?」
「それは……」
口を閉ざした。
私はその様子を見て、静かに尋ねた。
「あなた、昨日私たちへ脅迫状を送りましたね?」
「なっ……!」
顔色が変わる。
「何のことか分かりません」
「では、こちらは?」
ヴィンセントが香木の分析結果を見せる。
「あなたの倉庫で使われている箱と、脅迫状に使われた香木の成分が一致しました」
商人の顔が青ざめた。
「……そんな」
「証拠は一つではありません」
ヴィンセントは淡々と続けた。
「帳簿、地図、封筒、香木。どれも単独なら偶然で済ませられるでしょう。しかし、すべてが同じ場所から出てくれば、話は変わります」
商人は黙り込んだ。
私はその姿を見つめながら、ふと気づいた。
怖かった。
脅迫状を受け取ったときは、確かに怖かった。けれど、今は不思議と落ち着いている。
ーー隣にヴィンセントがいるからだ。
「あなたは、誰から指示を受けていたのですか?」
私が尋ねる。
「……知らない」
「本当に?」
「本当に何も知らない!」
「では、なぜ私たちを脅したのです?」
「それは……!」
商人が口を閉ざした。
私は一歩だけ近づく。
「あなたは自分の利益のために、王都の人々を不安に陥れ、さらに私たちへ脅迫までしました。それでも『何も知らない』と言うのなら、せめてその言葉が誰のためのものなのかくらいは教えていただきたいですわ」
商人は震えた。
「……命令されたんだ」
「誰に?」
「名前は知らない。ただ……王城の中にいる人間だと」
空気が変わった。
ヴィンセントの目が鋭くなる。
「王城の中?」
「そうだ。十年前から、同じ印を使っている男がいる。俺たちは顔すら直接見せてもらえない」
「では、どうやって連絡を?」
「手紙だ。白百合の印が押された封筒で……」
そこで商人が顔を上げた。
「次の指示が、三日後に来る」
「場所は?」
「……王都中央市場」
そこまで聞いた瞬間、ヴィンセントが立ち上がった。
「ありがとうございます」
商人が呆然とする。
「……それだけ?」
「ええ」
「私をどうするつもりだ!」
「当然、法に則って処分します」
ヴィンセントは微笑んだ。
「ですが、あなたが今後も商売を続けたいのであれば、正直に話したほうがいいでしょう。信用を失った商人に、商売を続ける未来はありませんから」
商人は何も言い返せなかった。
その日の夕方、商業ギルドは彼の取引資格を一時停止した。
ーー軽いざまぁではある。
けれど、本人にとっては金銭以上に痛い。商人としての信用を失うこと。それが彼にとって最大の罰だった。帰りの馬車で、私はヴィンセントの横顔を見た。
「……怒っていました?」
「ええ」
「珍しいですわね」
「あなたを脅した人間には、あまり寛大になれません」
静かな声だった。
「あなたが傷つく未来だけは、私は許したくないんです」
胸が熱くなる。
彼は完璧な人間ではない。
怒るし、嫉妬もする。
それでも私を大切にすることだけは、一度も迷わない。そのことが、私はたまらなく嬉しかった。
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