第41話 脅迫状.....!?
屋敷に戻ってからというもの、私は机の上に置かれた一枚の紙を睨み続けていた。
『白百合を追う者は、白百合に追われる』
ーーたった一行。
それだけなのに、妙に嫌な感じがする。
脅迫状としては簡素すぎるし、かといって単なる悪戯にしては、私たちが旧輸送路を調べた直後に届いたことが気にかかる。
「……どう思います?」
向かいに座るヴィンセントへ尋ねる。彼は紙を眺めたあと、なぜか紅茶を一口飲んだ。
「美味しいですね」
「そちらではありませんわ!」
「分かっています」
涼しい顔で答えられ、私は思わず眉を寄せた。
「では、なぜ紅茶を?」
「あなたが眉間に皺を寄せているからです」
「関係あります?」
「ありますよ。あなたは考えすぎると紅茶を飲むのを忘れますから」
そう言われて、自分の前に置かれたカップを見る。
確かに一口も飲んでいない。
「……よく見ていますわね」
「婚約者ですから」
「またその言葉ですの?」
「便利でしょう?」
「便利すぎて腹が立ちますわ」
私が渋々カップを手に取ると、ヴィンセントは満足そうに笑った。
こういうところが、この人らしい。
危険な状況でも必要以上に騒がず、私が忘れていることを先回りして補ってくれる。それは頼もしい反面、ときどき腹立たしいほど完璧だった。
「それで、脅迫状の件ですが」
ヴィンセントがようやく本題へ戻る。
「まず、この紙を誰が持ち込んだのか調べます」
「屋敷の者ではない?」
「可能性は低いでしょう。紙質を調べましたが、王都で一般的に流通しているものではありません」
「では、外部から?」
「ええ。ただし、面白いことがあります」
彼は紙の端を指で示した。
「この紙、香りがついています」
「香り?」
「ごく薄いですが、乾燥した白茶の香りです」
私は目を瞬いた。
「……紅茶ですの?」
「正確には茶葉を保管する箱に使われる香木の香りです」
ヴィンセントは楽しそうに目を細めた。
「私は紅茶が好きなので、こういうところには敏感なんです」
「こんなところで紅茶好きが役に立つとは思いませんでしたわ」
「好きなものは、時々思わぬところで役に立つものですよ」
彼はそう言って紙を封筒へ戻した。
「明日、茶葉を扱っている商人を調べます」
「私も行きます」
「駄目です」
「なぜです?」
「あなたは絶対に店員へ質問を始めるでしょう」
「当然ですわ」
「そして三十分後には、事件とは関係のない古い茶器について店主と盛り上がっているでしょう」
「……それは否定できません」
ヴィンセントが笑った。
「ですから、今回は私に任せてください」
「でも――」
「心配しないでください」
彼は私の手を取った。
「私はあなたを危険から遠ざけたいのではありません。あなたが安心して隣にいられる場所を作りたいんです」
その言葉に、私は黙った。
守るというのは、何も知らない場所に閉じ込めることではない。隣に立ち、危険を一緒に見ながら、それでも一人にはしないこと。
いつの間にか、私たちの間ではそんな関係が当たり前になっていた。
翌日、ヴィンセントの調査によって、茶葉商人の一人が浮かび上がった。
その男は、旧輸送路の近くに倉庫を持っていた。
しかも――。
「昨日まで、『そんな道は知らない』と言っていたそうです」
「それが?」
「今朝になって、旧輸送路の地図を持っているところを見つかりました」
私は思わず笑った。
「……随分と分かりやすい方ですわね」
「ええ。嘘をつくなら、せめて昨日と今日で話を変えない程度の努力はしてほしいものです」
軽い調査だったはずが、また一つ事件の糸が繋がった。
そして私は思った。
脅迫状が届いたからといって、怯えているだけでは何も変わらない。
怖いからこそ、冷静に一つずつ確かめる。
それが、今の私にできることだった。
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