第40話 約束を守る方が大切なのです!
翌朝。
昨日の地図をもとに、私たちは王都の外れにある旧輸送路へ向かった。かつて王室専用だったというその道は、今ではほとんど使われていない。
草に覆われた石畳の隙間から雑草が伸び、ところどころ崩れた石壁には蔦が絡みついている。
それでも、馬車が通れる程度には道が残っていた。
「ここですわね」
「ええ」
ヴィンセントが周囲を見回す。
しばらく進むと、古い倉庫が見えてきた。
扉には鍵がかかっている。
だが、その前に新しい馬車の轍が残っていた。
「使われていますわ」
「そのようですね」
ヴィンセントはしゃがみ込み、地面を確認した。
「昨日の雨で、轍がかなり新しく残っています。おそらく今朝方まで誰かが出入りしていた」
「なら、中に――」
「待ってください」
彼が私の手を掴んだ。
「私が先に確認します」
「私も行きます」
「危険です」
「でも、私だけ外で待っているのは嫌ですわ」
「……本当に頑固ですね」
「あなたに言われたくありません」
ヴィンセントは困ったように笑った。
「分かりました。ただし、私から離れないでください」
「最初からそのつもりです」
倉庫の中には、空になった木箱がいくつも積まれていた。
その一つに、白百合の印がある。さらに奥には、古い王室紋のついた木箱まで残されていた。
「これを使っていた……」
私は箱を調べた。
ーー中には何もない。
だが、底板に小さな隙間がある。ヴィンセントが外すと、そこから一枚の紙が出てきた。
『第三段階、完了。王都側の協力者へ報告せよ』
私は息を呑んだ。
「第三段階……」
「つまり、今回の事件は最初から段階を踏んで進められていた」
「食料の買い占め、倉庫への移送、武器の確保……」
「そして次が何なのかは、まだ分かりません」
ヴィンセントは紙を見つる。
そのとき、倉庫の外から足音が聞こえた。
複数........私は身構える。ヴィンセントが私の前へ立った。
「下がってください」
「分かりました」
扉が開いた。
入ってきたのは、商業ギルドの監査官たちだった。
「ヴィンセント様! やはりここでしたか!」
「どうしました?」
「ハロルドの関係者が、こちらへ向かったという情報が入っています」
その直後、外から男の声が響いた。
「逃げろ!」
複数の人影が倉庫の裏手から走り出す。
「追います!」
私は反射的に走り出そうとした。
だが――。
「エヴァンジェリン!」
ヴィンセントに腕を掴まれた。
「放してください!」
「駄目です」
「でも、逃げてしまいますわ!」
「大丈夫です」
彼は落ち着いていた。
すると倉庫の外から別の声が上がった。
「確保しました!」
私は目を丸くする。
倉庫の裏には、すでに騎士たちが配置されていた。
「……最初から?」
「ええ」
ヴィンセントが微笑んだ。
「彼らがここへ来る可能性は予測していました。だから、逃げ道を先に塞いでおいたんです」
「……本当に、あなたという人は」
「何でしょう?」
「私が走り出すところまで予測していたでしょう?」
「もちろん」
「なら、最初から腕を掴んでおく必要があったのでは?」
「それでは、あなたが私に頼ってくれないでしょう?」
私は言葉を失った。
彼は笑っている。
けれど、その目には本気の心配があった。
「私はあなたを守りたい。でも、閉じ込めたいわけではありません」
静かな声だった。
「あなたが自分の意思で私の隣に立ってくれることが、一番嬉しいんです」
胸が熱くなる。
私はそっと彼の手を握った。
「では、これからも隣にいます」
「……約束ですよ」
「ええ」
その日のうちに、捕らえられた男たちから複数の証言が得られた。彼らは白百合の印を使う組織の末端であり、命令を出している人物の名前までは知らない。
ただ一つだけ、共通して口にした言葉があった。
『王都の中に、昔から指示を出している人間がいる』
黒幕は、まだ姿を見せない。
けれど、確実に近づいている。
そしてその夜。
屋敷へ戻った私は、机の上に置かれた一枚の紙を見つけた。そこには、見覚えのない文字で一言だけ書かれていた。
『白百合を追う者は、白百合に追われる』
背筋に冷たいものが走った。
ヴィンセントが私の隣に立つ。
「……どうやら」
彼は紙を見つめながら、静かに微笑んだ。
「向こうも、私たちの存在に気づいたようですね」
事件は、ここからが本番だった。
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