第39話 なぜ嫉妬を.....?
事件の調査が続く中、私は珍しく丸一日予定のない休日を迎えていた。
正確には、ヴィンセントが予定を空けた。
私の予定表から勝手に仕事を減らしたのだから、休日というより強制的な休養に近い。
「それで、今日はどこへ行きますの?」
「あなたが行きたいところへ」
「珍しいですわね。いつもなら、あなたが全部決めるでしょう?」
「今日はあなたの希望を優先します」
「では、書店へ」
即答すると、ヴィンセントが笑った。
「やはり」
「何です?」
「あなたならそう言うと思っていました」
私たちは王都の大きな書店へ向かった。
私は昔から本が好きだった。
特に歴史書や古い記録を読むのが好きで、知らない時代の出来事を知るたびに、まるで遠い国を旅しているような気分になる。
ヴィンセントはそんな私を知っているから、書店に入ると何も言わずに私を好きなだけ見させてくれた。
私は歴史書を手に取り、次に地理書を手に取る。
さらに王都周辺の古い地図まで見つけてしまい、夢中になってページをめくった。
「……エヴァンジェリン」
「何でしょう?」
「そろそろ一時間です」
「まだ一時間ですわ」
「あなたにとっては、でしょうね」
ヴィンセントは苦笑しながら私の手元を覗き込んだ。
「その本、面白いですか?」
「ええ。十年前の王都の物流について書かれていますの」
「……事件の本ではありませんか」
「偶然です」
「本当に?」
「……半分くらいは」
彼が呆れたように笑う。
「あなたは休日まで事件を追うんですね」
「好きなことをしているだけですもの」
「では、私も好きなことをします」
「何を?」
「あなたを連れ出します」
そう言って、ヴィンセントは私の手から本を抜き取った。
「ちょっと!」
「買いますから」
「そこではありません!」
「では、何が問題です?」
「勝手に持っていかないでくださいませ!」
「では、手を繋いで一緒に行きましょう」
「話が繋がっていませんわ!」
結局、私は彼に手を引かれて店内を歩くことになった。
その途中、若い店員が私たちへ近づいてきた。
「お嬢様、その本がお好きでしたら、こちらの資料もおすすめですよ」
店員が別の本を差し出す。
「まあ、ありがとうございます」
私が受け取ろうとした瞬間。
横からヴィンセントの手が伸びた。
「私が持ちます」
「あら?」
私は彼を見る。
「どうしましたの?」
「何でもありません」
「……嫉妬しています?」
「少し」
「認めるのが早すぎません?」
「隠す理由がありませんから」
私は思わず笑った。
「あなた、本当に独占欲が強くなりましたわね」
「あなたが他の男性から本を受け取っているのを見て、何も思わないほど私はできた人間ではありませんよ」
「スパダリとは何だったのでしょう」
「私も人間ですから」
その答えが妙に嬉しかった。
ーー完璧な人ではない。
嫉妬もするし、私に甘えたいときもある。それでも必要なときには誰よりも冷静に私を守ってくれる。
私はそんな彼が好きなのだと思う。
書店を出たところで、先ほどの店員が追いかけてきた。
「申し訳ありません、ヴィンセント様。実は先ほどの本について、少し気になることが……」
彼が差し出した本の間から、一枚の古い紙が落ちた。そこには王都周辺の古い物流路が描かれていたのだ。
私は息を呑んだ。
「この道……」
「白百合の経路です」
ヴィンセントが低く呟く。
地図の端には、小さな注記があった。
『旧王室輸送路。現在は廃止』
だが、その道は現在の事件で使われている倉庫をすべて通っていた。
「廃止されたはずの道を、誰かが使っている……」
「そして、古い地図なら記録を残さず利用できます」
ヴィンセントは紙を折りたたんだ。
「明日、ここを調べましょう」
「はい」
「ただし、今日はこれ以上調べません」
「……なぜ?」
「あなたとの休日だからです」
私は笑った。
事件の手がかりは見つかった。
けれど今は、それよりも隣にいる彼の手の温かさを大切にしたかった。
未来を変えるために、今日を失う必要なんてない。
そう思えるようになったのは、きっとこの人のおかげだった。
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