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第35話 せっかく事件の証拠を見つけましたのに.....?

 翌朝。


 私は日の出よりも早く目を覚ました。


 昨日の夜、北門地下で見つかったという古い文書のことが頭から離れなかったからだ。


 王室輸送記録。


 白百合の印。


 そして、十年以上前から続いていた謎の物資経路。


 そこに何が書かれているのか。


 考えれば考えるほど気になってしまい、私は寝台を抜け出して身支度を整えると、まだ誰もいない執務室へ向かった。


 ところが。


「おはようございます、エヴァンジェリン」


「…………」


 扉を開けた瞬間、私は固まった。


 窓際の席に、すでにヴィンセントが座っていた。しかも彼は書類ではなく、優雅に紅茶を飲んでいる。


「なぜ、あなたがここに?」


「それはこちらの台詞です。なぜあなたが、朝食も食べずに執務室へ来ているんです?」


「それは……文書が気になって」


「なるほど」


 ヴィンセントは納得したように頷き、それから私の前に一皿の焼き菓子を置いた。


「では、文書を読む前にこれを食べてください」


「……朝からですか?」


「朝だからです」


「意味が分かりませんわ」


「頭を使うには糖分が必要でしょう?」


 あまりにも真顔で言うので、私は思わず笑ってしまった。


「あなた、本当に甘いものがお好きですのね」


「ええ。人生には甘いものが必要です」


「それを仕事の途中で食べる言い訳にしていません?」


「もちろんしています」


「堂々と認めないでくださいませ!」


 ヴィンセントが楽しそうに笑う。


 この人はこういうところがある。


 仕事では驚くほど冷静で、相手の嘘を見抜く目も鋭いのに、私の前では妙に子どもっぽいところを見せる。


 私は仕方なく焼き菓子を一つ手に取った。


「……美味しい」


「でしょう?」


「でも、一つ食べたら文書を読ませてくださいね」


「二つです」


「なぜ増えましたの?」


「あなたは一つでは足りない顔をしています」


「顔で食事量を判断しないでください」


 そんなくだらないやり取りをしているうちに、私は少しずつ肩の力が抜けていくのを感じていた。事件が起きてから、ずっと頭のどこかに緊張が残っていたのだろう。


 こうして笑っているだけで、不思議と呼吸がしやすくなる。


「……ヴィンセント」


「はい」


「ありがとうございます」


「何がです?」


「こうして、普通にしてくださることです」


 彼は一瞬だけ目を細めた。


「あなたは事件が起きると、事件以外のことを全部後回しにしますからね」


「否定できませんわ」


「だから、私が覚えておくんです。あなたが食事をしたか、眠ったか、笑ったか。それくらいは私に任せてください」


 胸の奥が、じんわりと温かくなった。


 ――この人は、私が強くあることだけを望んでいるわけではない。


 弱ったときに支えることも、彼にとっては守ることなのだ。


「では、そろそろ文書を」


「三枚目の焼き菓子をどうぞ」


「……増えていますわよ?」


「私の愛情分です」


「食べ物で愛情を表現するのは、どうかと思います」


「では、別の方法にしますか?」


 ヴィンセントが意味ありげに微笑む。


「……やっぱり焼き菓子で結構です」


「賢明ですね」


 私は小さくため息をついて、ようやく資料へ目を落とした。


 北門地下から見つかった文書は、想像以上に古かった。


 ーー十年前の王室物資輸送に関する命令書。


 その中に、奇妙な一文がある。


『白百合経路については、王都北門の管理者のみが最終指示を受けること』


「北門の管理者……?」


「当時の記録を調べました」


 ヴィンセントが別の書類を差し出す。


「十年前、北門の管理責任者だった人物は三人。そのうち一人はすでに亡くなり、一人は地方へ移住しています」


「では、残る一人は?」


「商人になっています」


 私は顔を上げた。


「商人?」


「ええ。しかも現在、王都で大きな穀物取引を行っている人物です」


 点と点が、少しずつ繋がっていく。しかしヴィンセントは、すぐには結論を出さなかった。


「ただし、これだけでは彼を黒幕とは断定できません」


「分かっていますわ」


「それに、面白いことが一つあります」


 彼は命令書の端を指差した。


「この署名、当時の王室書記官のものではありません」


「……偽造?」


「その可能性があります」


 私は息を呑んだ。


 つまり、十年前から誰かが王室の名前を利用していた可能性がある。その人物は、王室の内部事情を知っていた。そして今、その仕組みを再び利用している。


「行きましょう」


「どちらへ?」


「その商人のところへ」


 私は立ち上がった。


 するとヴィンセントも立ち上がり、私の肩に外套をかけた。


「では、参りましょう」


「随分とあっさりしていますわね」


「あなたが一人で行くと言い出すと思っていましたから」


「……信用されていませんの?」


「逆です」


 彼は優しく笑った。


「あなたを一人で行かせるほど、私はあなたを信用していないんですよ」


「それ、意味が逆では?」


「いいえ。私がどれだけあなたを大切にしているか、という意味では正しいです」


 そう言って彼は私の手を取った。私は少しだけ照れながら、その手を握り返す。


 事件の真相は、まだ遠い。


 けれど――。


 私はもう、知らない未来へ一人で向かう必要はなかった。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


 もし少しでもスカッとしたり、ニヤッとしたりしていただけましたら、評価ポイントとブックマークをいただけると、次の話を書く一番の励みになります!

 

 まだまだ書きたいことがございますので、よろしければ作者フォローもしていただけると幸いです!


 それでは、また次のお話でお会いしましょう!

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