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第34話 婚約者は私との約束を優先する!?

 その日の夕方、王都には冷たい風が吹いていた。


 街路樹の葉がざわめき、夕暮れの空が赤から紫へゆっくりと変わっていく。


 私たちは馬車の中で、今日手に入れた資料を確認していた。


「七番、二番、四番」


 私は指で数字をなぞる。


「すべて旧王室倉庫。そして、この三つを結ぶと――」


「北門へ戻ります」


 ヴィンセントが地図を広げた。


 そこには一本の古い道が描かれていた。王都の外周を大きく回り、北門地下へ続いている。


「つまり、白百合は組織名ではなく、輸送経路そのものを示している?」


「おそらく」


「では、黒幕はこの経路を使って……」


「食料を動かし、王都に混乱を起こそうとした」


 ヴィンセントはそこで言葉を止めた。


「ですが、まだ目的までは分かりません」


「武器まで用意されていたことを考えると、単なる商売ではありませんわね」


「ええ」


 馬車が止まった。


 窓の外には、以前訪れた小さな庭園がある。


 私は目を瞬いた。


「ここは?」


「覚えていませんか?」


「……以前、私が行きたいと言った場所?」


「正解です」


 ヴィンセントが微笑んだ。


「今日はここで休む約束でした」


「ですが、事件の調査が――」


「後です」


「でも」


「エヴァンジェリン」


 いつも穏やかな彼の声が、ほんの少しだけ低くなった。


「約束を守ることも、事件を解決することと同じくらい大切です」


 私は黙った。


 確かに、最近の私は事件のことばかり考えていた。少しでも手がかりが見つかれば追いかけ、次の資料を探し、気づけば夜になっている。


 以前の私なら、それが正しいことだと思っていた。


 けれど今は――。


 彼が隣にいる。


「……分かりましたわ」


 庭園に降りると、噴水の音が静かに響いていた。


 ベンチには小さな籠が置かれている。


「まさか」


「ええ」


 中には、あの菓子店の焼き菓子と紅茶が入っていた。


「いつ用意したのです?」


「あなたが事件について考えている間に」


「仕事が早すぎません?」


「あなたのためなら、多少は」


「多少の範囲を超えていますわ」


 思わず笑ってしまう。


 ヴィンセントはそんな私を見て、満足そうに目を細めた。


「やはり、こちらのほうが好きです」


「何がです?」


「事件のことを考えて眉間に皺を寄せているあなたより、笑っているあなたのほうが」


 胸が、少しだけ熱くなる。


「……そんなことを言われると、反論できませんわ」


「反論する必要はありませんよ」


 彼は紅茶を私のカップへ注いだ。


「人は、守りたいものがあるから戦える。でも、戦うことだけを続けていると、何のために守っているのか分からなくなる」


 静かな声だった。


「だから私は、あなたに戦う理由だけではなく、帰りたい場所も持っていてほしいんです」


 私はしばらく何も言えなかった。


 やがて、小さく笑う。


「……あなたといる場所が、帰りたい場所になってしまったら?」


 ヴィンセントの手が止まった。


 いつも余裕のある彼が、珍しく言葉を探している。


「それは……困りましたね」


「なぜです?」


「私も同じことを考えていましたから」


 胸が大きく跳ねた。


 私は誤魔化すように焼き菓子を口へ運ぶ。


「……美味しいですわ」


「話を逸らしましたね」


「あなたこそです」


「では、いつか続きを聞かせてください」


「……考えておきます」


 そんな穏やかな時間を過ごしていた、そのときだった。


 遠くから馬の蹄の音が聞こえた。


 ーー王城からの伝令だ。


「エヴァンジェリン様、ヴィンセント様!」


 伝令が息を切らして駆け寄ってくる。


「北門地下で、新たな部屋が発見されました。中から古い王室印の文書が大量に見つかっています」


 ヴィンセントが立ち上がる。


 私も続こうとした。


 だが、彼は私の肩に手を置いた。


「今日は行きません」


「え?」


「明日の朝、調査します」


「ですが、文書が――」


「逃げませんよ」


 彼は穏やかに笑った。


「事件は明日でも追えます。でも、今日あなたと過ごす約束は、今日しか守れません」


 その言葉に、私は思わず笑ってしまった。


「……本当に、あなたには敵いませんわね」


「知っています」


「そこは謙遜してくださいませ」


「あなたに褒められたときだけは、素直に受け取る主義です」


 私は呆れながらも、彼の隣に座り直した。北門の地下には、まだ何かが眠っている。黒幕へ続く道も、きっとそこにあるのだろう。


 けれど――焦る必要はない。


 未来は、逃げない。


 そして私には、未来を一緒に選んでくれる人がいる。


 ーーー事件の真相へ続く扉が開いた夜。


 私はその扉よりも大切なものを、もう知っていた。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


 もし少しでもスカッとしたり、ニヤッとしたりしていただけましたら、評価ポイントとブックマークをいただけると、次の話を書く一番の励みになります!

 

 まだまだ書きたいことがございますので、よろしければ作者フォローもしていただけると幸いです!


 それでは、また次のお話でお会いしましょう!

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