第33話 ついに事件の証拠が.....?
翌朝。
私は執務室の机に向かい、昨日発見された資料を整理していた。
古い王室輸送記録。
白百合の印。
そして、王都の外へ伸びる謎の輸送経路。
どう考えても事件と関係している。
なのに――。
「エヴァンジェリン」
「何ですの?」
「それを置いてください」
「嫌です」
「即答ですか」
ヴィンセントが呆れたように眉を下げた。
「昨日、今日は休むと約束しましたよね」
「調査をするなとは言われていません」
「そこまで抜け道を用意しておくあたり、あなたらしいですね」
彼は私の前から帳簿を取り上げると、その代わりにティーカップを置いた。
「今日は私の好きな紅茶を用意しました」
「……それは誘惑ですか?」
「ええ。あなたが仕事を忘れる程度には」
私はカップを手に取った。
香りが広がる。
少し甘く、花のような香り。
「……美味しい」
「でしょう?」
ヴィンセントは満足そうに微笑んだ。
「私、実は紅茶にはかなりこだわりがありまして」
「存じています。茶葉を変えると機嫌が悪くなるでしょう?」
「それは偏見です」
「先日、使用人が茶葉を間違えたとき、三十分も説明していましたわ」
「説明です。説教ではありません」
「同じです」
私が笑うと、彼も苦笑した。
その瞬間だった。
机の端に置かれていた菓子箱が目に入る。
「……これ、どこのお店ですの?」
「昨日、あなたが気に入っていた店です」
「なぜ?」
「あなたが三日前に二度見していたからです」
「…………」
この人は本当に、どうしてそこまで見ているのだろう。
「私のことを観察しすぎではありません?」
「婚約者ですから」
「便利な言葉ですわね」
「では、やめましょうか?」
「……やめなくていいです」
「分かりました」
あまりにも素直に返されて、今度は私が困った。私は誤魔化すように菓子を一つ口に入れる。
甘い。
そして、少しだけ安心する。
そのとき、私は菓子箱の底に敷かれた紙へ目を留めた。
「……待ってください」
「どうしました?」
紙の端に、小さな白百合の印が押されていた。
昨日見たものと同じだ。
ただし、そこには小さな数字が刻まれている。
『七―二―四』
「これ……」
ヴィンセントの表情から笑みが消えた。
「店の包装紙ですか」
「ええ。でも、この数字には見覚えがあります」
私は昨日の帳簿を取り出した。そこに書かれていた倉庫番号と照らし合わせる。
七番。
二番。
四番。
すべて王都外縁部の旧倉庫だった。
「つまり、この菓子店が事件に関係している?」
「まだ決めつけてはいけません」
ヴィンセントは冷静だった。
「白百合の印が同じだからといって、同じ組織だとは限りません。あなたも知っているでしょう?」
「ええ。疑うことと、決めつけることは違う――ですわね」
「よく覚えていますね」
「あなたが何度も言うからです」
彼は少し嬉しそうに笑った。
「では、店へ行ってみますか」
「調査ですの?」
「いいえ」
「では?」
「デートです」
「……その言葉、便利すぎません?」
「便利ですよ。あなたと出かける理由になりますから」
私は思わず笑ってしまった。
事件の手がかりを追っているというのに、胸の中は妙に穏やかだった。
午後、私たちは例の菓子店を訪れる。
店主は私たちを見るなり、顔を強張らせた。
「……王室関係の方、ですか?」
「そうですが、何か?」
店主は慌てて頭を下げた。
「実は先月から、ある商人に大量注文を受けていまして。菓子そのものではなく、包装紙を大量に欲しいと言われたんです」
「包装紙を?」
「ええ。しかも、代金を通常の三倍払うから黙っていてくれと」
私は眉を寄せた。
「その商人は?」
店主が震える手で示した名前は――。
先日、穀物買い占めで処分を受けた商人の配下だったのだ。
事件の糸が、一本につながった。
「つまり、彼らは包装紙に倉庫番号を書いていた……」
「そして、それを普通の商品に紛れ込ませていたのでしょう」
ヴィンセントが静かに答える。
私は胸の奥で小さく拳を握った。少しずつだ.......ようやく事件の輪郭が見えてきた。けれどヴィンセントは、私の喜びを見て、ふっと笑う。
「嬉しそうですね」
「当然です。手がかりですもの」
「そうですか」
「何です?」
「いえ。事件が解決するより、あなたが嬉しそうにしていることのほうが、私は嬉しいなと思いまして」
「……本当に、そういうところですわ」
「何がです?」
「私を甘やかすところです」
「では、もっと甘やかしましょうか?」
「結構です!」
店主の前でそんな会話をしてしまい、私は顔を赤くした。
けれど――。
この穏やかな時間も、私にとっては大切だった。事件を解決するために生きるのではない。大切な人と生きながら、その途中で事件を解決していく。
それが今の私が選びたい未来だった。
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