第31話 私の婚約者がプロポーズを始めました....!?
北門地下で捕らえた男たちの尋問によって、事件は大きく動き始めた。
彼らは、ある貴族から金を受け取っていた。
しかし、その貴族もまた、別の人物から指示を受けていた。さらにその人物を辿ろうとすると、今度は古い商会へ行き着く。まるで最初から、誰かが何重にも人を挟んでいるようだった。
「ここまで隠すということは、それだけ知られたくない理由があるのでしょうね」
執務室で資料を眺めながら、わたくしは呟いた。
「ええ」
ヴィンセントは答えながら、わたくしの前に菓子を置いた。
「……またですか?」
「何がです?」
「どうして事件の資料と一緒にお菓子を置くのです」
「頭を使うと糖分が必要なので」
「それなら、あなたが食べればいいでしょう」
「私はあなたが食べている姿を見るほうが好きです」
「……それ、答えになっていませんわ」
「私の中では完璧な答えです」
最近、この人の惚気は隠す気がなくなってきた。しかも本人は、それを恥ずかしいと思っていないらしい。
「ところで」
ヴィンセントが資料の一枚を指差した。
「この人物名に見覚えはありませんか?」
そこにあった名前を見て、わたくしは首を傾げた。
「……ありませんわ」
「私も、最初はそう思っていました」
彼は別の資料を並べる。
「ですが、この人物は十年前に王都の物流政策へ関わっていた人物です」
「十年前……」
「旧備蓄路が使われていた時期と一致します」
わたくしは息を呑んだ。
「つまり、この人は最初から流通網を知っていた」
「おそらく」
「では、今回の事件は十年前から準備されていた?」
「そこまでは断定できません。ただ、少なくとも地下通路の構造を知っている人間が、現在の計画に関わっている可能性は高いでしょう」
ヴィンセントは一枚の書類を取り上げる。
「そして、ここが重要です」
そこには、十年前の王宮記録があった。
「この人物は、当時の備蓄制度を改革したあと、王都を離れています」
「どこへ?」
「隣国です」
空気が変わった。
小麦。
武器。
地下通路。
北門。
隣国。
すべてが繋がっていく。
「……では、隣国が関係している?」
「可能性はあります。ただし、ここで決めつけるのは危険です」
ヴィンセントは慎重だった。
その姿勢が、わたくしには頼もしかったのだ。
「証拠が揃うまでは、誰も疑わない」
「ええ。疑うことと、決めつけることは違いますから」
彼はそう言って、資料を閉じた。
「事実を積み重ねれば、真実は必ず姿を現します」
その言葉に、わたくしは小さく笑った。
「あなたらしいですわね」
「そうですか?」
「ええ。わたくしが以前なら、きっとゲームの知識から結論を出そうとしていたでしょう。でも今は違います。知らないことを怖がるより、自分で確かめることのほうが大切だと思えるようになりました」
「それは、私が役に立っていますか?」
「もちろんです」
「では、ご褒美をください」
「……何をお望みで?」
ヴィンセントは少し考えたあと、真顔で言った。
「事件が終わったら、私と結婚してください」
「…………」
わたくしは固まった。
「それは……」
「はい」
「今、この流れで言います?」
「最適なタイミングだと思いました」
「どこがですの!」
思わず声が大きくなる。
ヴィンセントは笑いながら、わたくしの手を取った。
「冗談ではありません」
その声だけは、驚くほど真剣だった。
「婚約したときにも言いましたが、私はあなたと未来を作りたい。事件が終われば結婚する、という意味ではなく、事件が終わっても、その先もずっとあなたの隣にいたいんです」
胸の奥が熱くなる。
「……ずるいですわ」
「何がです?」
「そんなことを言われたら、断れないではありませんか」
「では、断らないということで?」
「まだ返事をしていません」
「ですが、顔には出ています」
「見ないでくださいませ!」
ヴィンセントが楽しそうに笑った。
けれど、その手は離さない。
「あなたとなら、どんな未来でも構いません」
彼は静かに言った。
「平穏な日々でも、忙しい日々でも、予想外の事件に巻き込まれる日々でも、あなたと一緒なら、それを私たちの人生にしていけると思っています」
その言葉に、胸がいっぱいになる。
わたくしは、そっと彼の手を握り返した。
「……では、事件が終わったら、もう一度聞いてください」
「もう一度?」
「今度は、事件の資料もお菓子もない場所で」
「分かりました」
彼は嬉しそうに笑った。
「そのときは、逃げられないくらい真剣にお願いします」
「今でも十分真剣ですけれど」
「今は雰囲気が台無しです」
「……それは申し訳ありません」
二人で笑う。
その瞬間、執務室の扉が勢いよく開いた。
「ヴィンセント様! 北門から緊急報告です!」
空気が一変し、わたくしも立ち上がった。
「何が起きましたの?」
「北門地下のさらに奥で、古い文書庫が発見されました。そして、その中から――」
騎士が息を整える。
「事件の指示書と思われる原本が見つかりました」
ヴィンセントと目が合った。今度こそ、黒幕へ繋がる手がかりになるかもしれない。彼はわたくしの手を握ったまま、静かに頷いた。
「行きましょう」
「ええ」
立ち上がる。
事件は、まだ終わらないけれど、不思議と怖くなかった。
未来を知っているからではない。
知らない未来を、一緒に進む人がいるからだ。
そして今度こそ、その未来を自分たちの手で選び取る。そのために、わたくしは彼と共に歩き出した。
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