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第30話 私より先に準備完了!?

 北門地下の扉が「内側から開けるためのもの」だと分かってから、王宮では警備体制が大きく変わった。


 当然だ。


 王都の中心部へ繋がる地下通路の先に、誰かが潜んでいる可能性がある。


 けれど、ヴィンセントは意外なほど冷静だった。


「警備を増やしただけでは意味がありません」


 執務室で地図を眺めながら、彼は言った。


「相手がこちらの動きを知っているなら、警備が増えたこともすぐに察知されます」


「では、どうするのです?」


「知られても困らない状況を作ります」


 彼はそう言って、数枚の書類を取り出した。


「昨日から、北門の警備を増やしたという情報をわざと流しています」


「わざと?」


「ええ。しかも、地下通路の入口を封鎖したという情報も」


「本当は?」


「封鎖していません」


 わたくしは目を丸くした。


「……あなた、いつの間にそんなことを?」


「あなたが昨日、地下通路で私の隣にいたときです」


「わたくし、何も聞いていませんわ」


「聞かれたら、あなたは反対したでしょう?」


「当然です」


「ですから言いませんでした」


「それはずるいですわ!」


 わたくしが睨むと、ヴィンセントは困ったように笑った。


「申し訳ありません。ただ、あなたを危険に巻き込みたくなかった」


「わたくしは、あなたの婚約者です。守られるだけの存在ではありませんわ」


「分かっています」


 彼の声が少し柔らかくなる。


「だからこそ、あなたに危険が及ばないよう、私が先にできることを全部しておきたいんです」


 その言葉に、怒る気持ちが少しだけ薄れた。


 まったく、この人はずるい。


 こちらが怒る余地まで、先回りして潰してしまうのだから。


「……では、作戦を教えてください」


「もちろん」


 ヴィンセントは地図を指した。


「北門の地下通路は、今夜あえて監視を薄くします」


「相手を誘い込むため?」


「はい。ですが、実際には地下通路の出口をすべて監視しています」


「なるほど」


「そして、王宮側には別の部隊を配置します」


 彼は淡々と説明していく。


 逃げ道。


 合流地点。


 物資の搬入口。


 そして、相手が最も警戒しない場所。


 すべてが細かく計算されていた。


「……本当に、こういうことになると頼りになりますわね」


「こういうこと以外でも頼ってください」


「例えば?」


「朝食のメニューを決めるとか」


「それは頼る必要があります?」


「あります。あなたは朝食より仕事を選びがちなので」


「結局そこに戻るのですね……」


 思わずため息が出る。


 その日の夜。


 作戦は始まった。


 わたくしは安全な場所で待機する予定だった。


 ところが。


「エヴァンジェリン様!」


 侍女が慌てて駆け込んできた。


「どうしました?」


「ヴィンセント様から、こちらを」


 渡されたのは一通の手紙だった。


『予定通り、ここで待っていてください。必ず迎えに行きます』


 ーー短い。


 けれど、最後に小さく書き足されている。


『勝手に来た場合は、明日から三日間、私が仕事を禁止します』


「…………」


「エヴァンジェリン様?」


「……本当に、あの人は」


 思わず笑ってしまう。


 そして、数時間後.......地下通路から複数の男たちが現れた瞬間、王宮の兵が一斉に動く。


「止まれ!」


 男たちは逃げようとした。


 しかし、出口にはすでに兵が待ち構えている。


「なぜ……!」


「こちらの動きは、全部把握しています」


 ヴィンセントが姿を現した。


「あなたたちが使う通路も、逃げる方向も、荷物の置き場所も」


 男たちは青ざめる。


「そんなはずはない! 情報は漏れていないはずだ!」


「ええ。漏れていません」


 ヴィンセントが微笑む。


「最初から、あなたたちが自分で動くように仕向けたのですから」


 その言葉に、男たちは言葉を失った。


 小さな“ざまぁ”だ。


 自分たちが仕掛けた罠に、逆に誘い込まれていたことを知ったのだから。


 さらに荷物を調べると、白百合の印が付いた書類と、北門を開くための鍵が見つかった。


「これで、かなり進みましたね」


 翌朝、報告を受けたわたくしが言うと、ヴィンセントは頷いた。


「ええ。ただし、まだ本命には届いていません」


「鍵まで見つけたのに?」


「これは実行役が持っていただけでしょう」


 彼は書類の一枚を差し出す。


「指示書には、実行日時だけが書かれていました。命令を出した人物の名前はない」


「つまり、まだ先がある」


「そういうことです」


 わたくしは書類を見つめた。


「でも、昨日の作戦は成功しました」


「あなたが勝手に来なかったので」


「……そこですか?」


「非常に重要です」


「では、褒めてください」


「偉いですね」


「子供扱いしないでくださいませ」


「では、ご褒美に今日の午後は完全休養ということで」


「それ、ただのあなたの都合でしょう!」


 二人で笑う。


 事件はまだ終わっていない。


 けれど、相手の手札を一枚奪った。


 それだけでも十分な前進だった。


 ヴィンセントは最後に、静かに言う。


「事件を解決することは、相手を打ち負かすことだけではありません。相手が誰かを傷つける前に、その手を止めることです」


 その言葉を聞いて、わたくしは頷いた。怒りだけでは、未来は変えられない。誰かを守りたいという意思があってこそ、未来を変える力になる。


 そして、その隣にはいつも彼がいる。


 それだけで、わたくしは次の一歩を踏み出せた。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


 もし少しでもスカッとしたり、ニヤッとしたりしていただけましたら、評価ポイントとブックマークをいただけると、次の話を書く一番の励みになります!

 

 まだまだ書きたいことがございますので、よろしければ作者フォローもしていただけると幸いです!


 それでは、また次のお話でお会いしましょう!

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