第21話 彼は私専属の探偵なのでしょうか......?
翌朝、執務室へ入ると、机の上に一通の報告書が置かれていた。
昨日見つかった木箱についての追加報告だ。
わたくしが封を開けようとした、そのとき。
「それは私が確認します」
後ろから伸びてきた手が、ひょいと報告書を取り上げた。
「ヴィンセント」
「おはようございます」
「おはようございます、ではありませんわ。それはわたくしが読むつもりだったのですが」
「知っています」
「なら、なぜ?」
「あなたが朝食を半分しか食べていないからです」
思わず固まった。
「……そんなところまで見ていましたの?」
「見ていますよ」
ヴィンセントは何でもないことのように答えた。
「紅茶を二杯飲んで、パンを半分残した。果物には手をつけていない。つまり、何か気になることがあって食事に集中できていない」
「探偵ですの?」
「あなた限定なら、かなり優秀な探偵だと思っています」
呆れながらも、口元が緩んでしまう。
結局、わたくしたちは一緒に報告書を読むことになった。
西区の古い倉庫。
所有者は数年前に商会へ変わっている。
その商会自体は規模が小さい。
けれど、その商会へ資金を流している人物を辿っていくと、王都でも有数の大商会へ行き着いた。
「つまり、小さな商会は隠れ蓑ということですか?」
「おそらく。ただ、ここで重要なのは資金の流れだけではありません」
ヴィンセントが別の書類を広げる。
そこには、倉庫へ運び込まれた品目が並んでいた。
小麦。
乾燥肉。
保存野菜。
薬草。
そして、水を入れるための空の樽。
「……食料だけではありませんわね」
「ええ」
ヴィンセントの表情から、いつもの柔らかな笑みが消えた。
「食料不足そのものを起こすことが目的なら、ここまで準備する必要はありません」
「では、何を?」
「王都の流通を一時的に止めること。そのうえで、何か別の行動を起こすつもりなのかもしれません」
胸の奥がざわついた。
これは、わたくしが知っている『白百合の誓い』には存在しなかった事件。ゲームの中で描かれていた王都は、もっと単純だった。
恋と婚約と、貴族たちの思惑。
けれど現実には、その舞台裏で人々が暮らし、商人が動き、政治が行われている。わたくしは今になって、ようやくそれを理解し始めていた。
「……ゲームに描かれていなかったからといって、存在しないわけではなかったのですね」
「ゲーム?」
「あっ……」
しまった。
ヴィンセントが怪訝そうにこちらを見る。
「いえ、なんでもありませんわ」
「そうですか」
彼はそれ以上追及しなかった。
けれど、何かを察したような目をしていた。
「エヴァンジェリン」
「はい」
「あなたが私に話したくないことがあるなら、今すぐ聞き出そうとは思いません」
「……」
「ですが、あなたが一人で抱える必要もありません。いつか話したくなったときに、そのときは私に話してください」
責めるでもなく、問い詰めるでもなく。
ただ、待つと言ってくれた。
それが、ありがたかった。
「ヴィンセントは、本当にずるい人ですわね」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「褒めていません」
「では、もっと努力します」
「何をですの?」
「あなたが私に何でも話したくなるくらい、信頼される男になる努力を」
思わず笑ってしまった。
「もう十分すぎるほど信頼していますわ」
「……それは嬉しいですね」
一瞬だけ、彼の表情が柔らかくなる。その横顔を見ていると、胸の奥が温かくなった。
そのとき、扉がノックされた。
「失礼いたします!」
入ってきた部下が、一枚の地図を広げる。
「西区の倉庫を調べていたところ、地下へ続く古い搬入口が見つかりました」
「地下?」
「はい。現在は使われていませんが、以前は王都の食料備蓄庫へ繋がっていたようです」
ヴィンセントが地図を覗き込む。
そして、ある一点で指を止めた。
「……ここだ」
「何か分かりましたの?」
「先日の帳簿に書かれていた数字と一致します」
わたくしも地図を覗き込む。
そこには、古い王家の紋章が刻まれていた。
「王家の備蓄庫……?」
「ええ。ただし、十年以上前に閉鎖された場所です」
「なぜそんな場所を?」
「そこに何を運び込んでいるのか。それが分かれば、今回の件の目的も見えてくるかもしれません」
ヴィンセントは立ち上がった。
わたくしも続こうとした、その瞬間。
「あなたはここにいてください」
「嫌です」
「即答ですね」
「当然でしょう。ここまで来て、一人だけ安全な場所にいるつもりはありません」
ヴィンセントは困ったように笑った。
「……分かりました。ただし、私のそばを離れないこと」
「それは命令ですの?」
「お願いです」
そう言って、彼はわたくしの手を取った。指を絡めるわけでもなく、ただ逃がさないように包み込む。
「あなたを守るために、何も知らせないという方法は取りたくありません。危険があるなら、危険があると伝えます。そのうえで、一緒に考えたい」
その言葉を聞いて、胸が熱くなった。
「……あなたは、本当に変な人ですわ」
「よく言われます」
「褒めていませんわ」
「それも、もう慣れました」
わたくしは笑った。
そして、その手を握り返す。
事件の核心は、まだ見えない。
けれど一つだけ、はっきりしていることがある。
未来を知っているから強いのではない。
知らない未来を、一緒に見てくれる人がいるから、前へ進めるのだ。
ただ、ふとそう思えた。
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