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ヴェステラへの帰路(後編)

 西の空に陽が傾きはじめる頃、荷馬車が自由都市ヴェステラの南門をくぐった。


 その揺れに揺られて帰ってきたのは、加賀谷とジル。長い道のりを経て、共栄連合構想の“第一弾”──投資ファンドによる資本流通を打ち立てた彼らは、次なる段階へと進む準備を整えていた。


「……着いたな。やっぱこの町は、どこか落ち着く」


 そう言って加賀谷が馬車から降りると、門の傍で待っていた黒衣の男が、静かに一礼した。


「お帰りなさいませ、大公殿下」


「……ヴァルド。迎えに来たのか?」


「当然です。先生の次の一手には、我々も万全の備えを整えねばなりませんから」


 礼儀正しく、それでいてどこか仄かな情の混じる声音だった。


「それにしても……お顔の色を拝見する限り、ご無事で何よりです。道中、大きな障害などは?」


「ないよ。ただ、ジルがずっと寝てただけで」


「……え、俺ですか?」


 馬車から顔を出したジルが抗議の声を上げるが、加賀谷は軽く笑って流した。


「じゃあ、例の会場は押さえてあるんだな」


「はい。明朝、都市代表五十名が再び集います。……“制度の発表”にふさわしい場を」


「よし。じゃあ今夜は詰めの確認だな」


 そう応じながら、加賀谷は改めて見上げる。自由都市ヴェステラの街並みは、夕暮れの光を浴びて金色に輝いていた。まるで、これから始まる新たな経済の夜明けを先取りするかのように。


「先生。……次は、いよいよ“株式制度”ですか?」


 隣を歩くジルが問う。その声は、かすかに緊張を帯びていた。


「そう。昨日言ったように前回の“ファンド”が“運用の入り口”だとすれば、今回は“所有のルール”を作る番だ。……誰が何に出資し、どんな権利と責任を持つか。これを決めなきゃ、資本はいつか腐る」


「……それが、あの時言ってた“世襲じゃない、商人が回す世界”ってやつですか?」


「お、ちゃんと覚えてるじゃん。そう、“資産をため込む貴族”から、“投資して動かす商人”の時代に切り替える。そのための仕組みが、公開株式制度だ」


「ふぅん……なんか難しそうですけど」


「明日には嫌でも理解させられるさ。俺が説明するから」


 加賀谷はふっと口元を緩めた。


──政庁舎へと至る道すがら、加賀谷はすでにヴァルド・レヴァンティスと共にいた。


 ヴァルドは無言で歩調を合わせていたが、政庁の正門が見えたあたりで口を開いた。


「……本当にご無事で何よりです。セレスティア殿下は、予想以上に“踏み込んだ方”だったようで」


「そうだな。踏み込み過ぎて、足首までじゃ済まなかった」


 加賀谷が乾いた笑みを浮かべると、ヴァルドは目を伏せるように一礼し、政庁舎の扉を先に開けた。


 執務室に入ると、リィナ・ミティアがすでに待っていた。窓際で何か書類に目を通していたが、加賀谷の姿を認めるなり、ふっと視線を向けて口を開いた。


「やっと戻ったの? 遅かったですね、カガヤ」


「悪かったな。おかげで、ちょっとした“政略劇”のヒロイン役にされかけてた」


「……ふーん? それってまさか、帝国の皇女様のお話?」


 リィナの声が妙に明るく、目元はにこやかだが、口角だけがピクリと引きつっている。


「どうやら知ってるようだな」


「港路の監視塔から報告があったの。帝国の艦、それも皇族旗の掲揚あり──って。まさかとは思ったけど……カガヤ、まさか本当に姫様と“お見合い”でもしてたの?」


「そんな穏やかな話なら、まだ良かったんだが」


 加賀谷は苦笑しながら椅子に腰を下ろし、手にした文書束を机の端に置いた。


「セレスティア・ラインハルト皇女。帝国継承権第三位。――彼女から、婚姻の申し出を受けた」


「……は?」


 リィナの手が止まる。ぴくりと眉が跳ね、しかしすぐにそれを飲み込んだように、彼女は肩をすくめて微笑んだ。


「へええ~~? ふーん、"公女"より"皇女"がいいんだ。どんなだった? 可愛かった?」


「愛嬌はあったな。ただしその下に仕込まれた刃が、少々鋭すぎる」


「ふーん、“鋭い刃”ねえ? あっそ、そういうのが好みなのね、"カガヤさん"」


 リィナはわざとらしくそっぽを向きながら書類をばさりと重ねる。その指先は、ほんのわずかに強張っていた。


「嫉妬か?」


「するわけないでしょ。ただ、公国の大公様がどっかの皇女に“つがい”にされるのは、ちょっと癪ってだけ。ほら、こっちにも“しがらみ”があるから」


 そのとき、ヴァルドが咳払いして口を開いた。


「……一つだけ、確認を。殿下──セレスティア殿下の申し出に対して、加賀谷様はどう応じるおつもりでしょうか?」


「保留にした。俺としても、いくつか見定めたいことがある。……ああ、もちろん、誰かさんの機嫌も含めてな」


 加賀谷がちらりとリィナを見ると、彼女は少しだけ視線をそらし、頬を膨らませた。





_______________

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★あとがき

帝国を“見返す”という想いから始まった加賀谷の歩みは、やがて公国や自由都市ヴェステラという「未来の種」を育てる形へと変わってきました。



継承権を巡る王族同士の権力争い。召喚された異邦の“戦術家”。国外に逃れた末弟の存在。そして、加賀谷に「婚姻」という形で接近する第三皇女・セレスティア。


それぞれが自らの理想と野心を胸に、表と裏の盤面を動かしている最中です。

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