表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
68/76

ヴェステラへの帰路(前編)

 夜風が、潮の香りを運んでくる。


 港路を戻りながら、加賀谷はさっきの会談を頭の中で反芻していた。


 ――“婚姻”という単語を皮切りに始まった、あの帝国皇女・セレスティアの提案。


 建前は婚姻。だが実態は、帝国内部の覇権争いへの「外圧」と「切り札」として、

 自分と、そして自由都市ヴェステラを組み込みたいという、極めて現実的な政治取引。


 (……王の器じゃない、か)


 そう言われて、腹は立たなかった。むしろ痛快だった。


 自分を見誤る者の多いこの世界で、的確に評価し、利用価値を見いだした上で声をかけてくる。

 彼女が恐ろしいのは、知略や肩書きではなく、その“直感と即断”の鋭さだ。


 (でも──あれは、毒にも薬にもなる)


 表面的には軽口を交えた駆け引きだが、内包する力はまぎれもなく「帝国の地殻変動」だ。


 ……共栄連合の発足から、まだ数か月。

 ヴェステラを起点とした新しい経済圏は、ようやく形を成しはじめたばかり。


 帝国を取り巻く周辺諸国は、未だに力で領土を奪い合い、古い覇権をなぞるばかりだ。

 そのなかで、「交易で富を、信用で秩序を築く」という理念が、果たしてどこまで通じるのか。


 (……でも、始まっている)


 投資議会は、すでに半数以上の議席を埋めていた。

 レーナ連邦、砂漠のキャラバン国家、沿岸の港湾都市、古いギルド連合――


 (確か、五十の都市と国家が参入を表明していたな)


 昨日の別れ際、かねてより依頼していた件についてレオンから"報告"があった。


 「それはそうと、合意を得た都市が五十を超えた。お前の描いた“共栄連合”構想、ちゃんと現実になってきてるぞ。あんたのとこの宰相殿にも報告済みだ。例の議場、そろそろ本格的に回す準備に入る。」


 「あと、“金の話”をしに来たギルドもぼちぼち増えてる。なかには、帝国と微妙な距離感の奴らもいてな……そういう意味でも、次の一手は慎重にな。」


 ……いまやレオンは本業の傍ら“投資の伝道者”として各地を飛び回っている。


「五十か……上出来すぎるな」


 あの男に任せて正解だった。何より、“まだ半分”とも受け取れる口ぶりが、加賀谷にとっては何より頼もしかった。


 帝国の皇女に政略結婚を持ちかけられたばかりの頭には、さすがにまだモヤが残っていた。だがこの思索で、再び地に足がついた感覚を取り戻す。


「……戻るか、ヴェステラ」


 そう呟いきながら宿に戻ると寝台のジルが寝返りを打ったが、まだ意識は遠いようだった。


 加賀谷は静かに立ち上がり、窓を開ける。

 港の夜風が、遠く自由都市から吹いてくるように感じた。


 (ま、あいつのいる場は退屈しないってだけでも……助かってる)


 加賀谷はベッドのそばを静かに通り抜け、部屋の隅の机に向かう。


 月は高く、街は寝静まっている。

 けれど、加賀谷の頭のなかでは、さっき交わされた言葉がまだ冷めていなかった。


 帝国皇女・セレスティアの“提案”。

 そして、彼女の背後にある、裂け始めた巨大国家の継承戦。




_______________________

_______________________

★あとがき

帝国を見返すことから始まった物語。

けれどその帝国も、実のところ一枚岩ではない。


覇権を争う兄たち、軍略で王をも翻弄する異邦の勇者。

そして表舞台を避ける末弟に、静かに爪を研ぐ“姫”。


それぞれが、それぞれの“帝国”を見ている。

もはやこの大国は、誰かひとりの手に収まる器ではないのかもしれない。


──ならば、どう生き残るか。どう仕掛けるか。

生き残るのは“正義”ではなく、“冷静な現実主義”なのだから。


次節、加賀谷は再び選択を迫られる。

その手紙が、すべての引き金になる。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ