学校の七不思議
真夜中の学校。弱々しくとも、月の光が廊下の窓から射し込み、辺りを青白く照らす。
「はぁっ・・・はぁっ・・・っ・・・はぁっ・・・」
一人の少女は誰もいない校舎を走る。ただ、ひたすらに。セミロングの茶色い髪を振り乱しながら。
「はぁっ・・・な、んで・・・あん、な・・・はぁっ・・・」
──どうしよう、自分はただ、忘れ物を取りに来ただけなのに、それなのに
彼女以外、この校舎には誰もいない。・・・はずだった。
──ヒタ、ヒタ
遠くから、確実に少女を追って『何か』が歩いてくる。少女は後ろを振り返ることもせずに、ただひたすらに走る。だが、体力的に逃げ続けるのが困難になっている。どこかに隠れてやり過ごせないだろうか。幸いな事に、今現在、追っ手の姿は見えない。一旦、物音を立てないように近くの教室に入って、教卓の下に隠れる。だが、このままでは確実に見付かって殺されてしまうだろう。
「はぁっ・・・どうし、て・・・?はぁっ・・・」
──モウ、イイカイ?
まるで、かくれんぼをしているように『何か』の声がする。少女はただ恐怖に怯え、整わない息と声を押し殺す。
──ガラッ
教室のドアが開く音。それは徐々に、確実に少女の隠れる教室に近づいている。まるで少女がいるのを確認するように。
──ココモ、チガウ
隣の教室のドアが開いたところで、少女は覚悟を決めて教室を飛び出す。
──ミィツケタ
刃物を持った、ウサギのようなぬいぐるみ。だが、その大きさから、まるで着ぐるみのようにも見える。その無表情なぬいぐるみが少女の方を向く。
「っ・・・絶対に、捕まるもんか」
廊下を再び全力疾走する。階段を駆け降り、校舎の昇降口へ向かってひたすらに走る。
「な・・・あ、開かない・・・?!そんな・・・なんで?」
昇降口は鍵がかかっているのか、開かない。校舎に入る時に鍵もドアも開けたままにしていたはずなのに。
──ヒタ、ヒタ
今まで聞こえていたぬいぐるみの足音が止まる。恐る恐る振り返ると、ぬいぐるみは少女のすぐそばに『いた』。少女は恐怖のあまりに腰を抜かして、その場にズルズルと座り込む。ぬいぐるみが、少女に向かって無慈悲にも刃物を振り下ろした。
「ひぃっ・・・嫌・・・イヤァーーーーーーッ」
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《窓口》の家の応接室のソファーには、護と、珍しい事に黒奈がいた。二人と向かい合うように《窓口》とネロは、ソファーに座る。
「護くんはともかく、珍しいですね?黒奈さんがここに来るなんて」
「確かにね、今回はどうしても、しぃちゃん達に協力してほしくてさ」
ここは『相談所』なのにゴメンネ、と黒奈は話を続けた。
「さっそく本題なんだけど、しぃちゃんは今日のニュースは観たかな?」
「観ましたよ、何でも真夜中の全寮制の女子校での殺人事件ですってね?」
昨夜未明に起きた女子高生の殺人事件。一人の少女が真夜中の校舎の昇降口で無惨にも殺害されていた。その少女が死んでいるのを見つけたのは、学校に住み込みで働く寮母で、忘れ物をしたとその被害者が学校の鍵を借りに来たままで、いつまで経っても帰ってこないことを不審に思い、校舎まで見に行ったらしい。
「ちょうど被害者は、昇降口にもたれかかって、血塗れで見付かったんだ」
「司法解剖の結果、死因は複数の場所を刺された事による失血死、凶器は包丁のような刃物らしい」
「それで、わたし達に何をしてほしいんです?」
《窓口》の言葉に黒奈は苦笑しながら答える。正直、こんな事でいいのかと、そういうのを感じさせる。
「その学校に行ってね、今回の事件の調査、及び解決をしてほしいんだ」
「あの・・・黒奈さん?わたしの同居人に、高校生はいないですよ?」
《窓口》の言葉は最もなのだが、黒奈は笑ってそれを一蹴する。
「それでも、きっとしぃちゃん達なら大丈夫でしょう?」
「そういう事ならば、黒奈さんや文さん達でもいいではありませんか」
「いやぁ・・・私達はもう30近いおばさんなんだよ?そんな高校の制服なんか、さすがに恥ずかしくて着てられないよ」
ないない、と手をヒラヒラさせて黒奈は笑って言う。恥ずかしいという理由だけで断れるのなら、それは《窓口》達も同じ事が言えるはずなのだが。
「うーん・・・高校生でも違和感がなさそうなのは、亜夢ちゃんか鏡花くらいしか、この家にはいませんけどね?さすがにネロくんに女の子になってもらうのは・・・」
「僕は別に構わないんですが、それでは主達の仕事が・・・」
「そういや、ネロは自分の姿とかを自由に変えられたんだったな・・・」
「しぃちゃん、しぃちゃんでもいいじゃないの」
黒奈は悪戯っ子のような笑顔を《窓口》に向ける。その言葉に《窓口》は何を言っているんだとも、どうしてそうなるといった表情だ。結構、衝撃的だったようで。開いた口が塞がらない。
「・・・黒奈さん?わたしが高校を出てから、一体、何年経ってると思っているんです?」
「何年経ってるって・・・そもそも、しぃちゃんは飛び級してるでしょう?」
「あと、わたしはそこにいる護くんと同い年なのですが?さすがに高校生は演じるのは無理ですよ?」
《窓口》は護に視線を向ける。その護は何を今更、といった感じで口を開く。
「普段から学生みたいな格好してるんだから、大丈夫だろ」
「あのね?護くん、キミも何を言ってるんですかね?」
「異端審問官が女子高生に化けるのは、到底無理だぜ?結構ゴツい野郎とかしかいないんだから」
「護くんだって頑張れば女装くらいはできるでしょ」
「体型を考えろよ?」
《窓口》はもう何も言わない。だが、まだ何かを考えているようだ。
「・・・麻白」
「え?」
「麻白だって、普段から女装してるじゃないの」
「あー、しぃちゃん・・・その、麻白なんだけど」
黒奈は困ったように口を挟む。
「実はね、麻白にも行ってもらうつもりなんだ」
「・・・それで?」
「麻白は快諾してくれたんだよねー・・・麻白が男だってバレたら、どうなるかなー?」
「事件解決どころではないですね・・・?」
「でしょう?で、しぃちゃんなら麻白と一緒でも何とかできるよね?」
その言葉に《窓口》は再び黙り込む。どうやら、もう彼女に逃げ道はないようだ。
「ちなみに・・・その学校って、魔法とか魔術を使っても平気なんですか?」
「それがね、無力な人間しかいない学校なんだよね」
「それ、本当にわたし達で大丈夫なんですか?」
ため息をついて《窓口》が護と黒奈を見る。黒奈は自信満々に頷いてみせる。
「大丈夫、ちゃんとそこの理事長には話をしてあるからね、二人には教師や生徒達の前で以外なら、存分に魔法を使ってもらって平気だよ、まあ、緊急時にはそれを考慮しなくてもいいけど」
「やってくれるか?」
「少々というか、かなりわたしは不本意ですが、今、下手に断って、望さんに出てこられても困りますからね」
「あはは、良かったよ、ノンちゃんの所に行かなくて済んで」
満足そうに笑う黒奈に《窓口》は何も言わない。ただ、不満を言いつつも《窓口》の表情はどこか楽しそうだった。
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校門の前に立つ二人の少女。正確に言えば、片方は女装をしているのだが。《窓口》は隣にいる麻白に会うやいなや、ため息を小さくつく。
「麻白とはついこの間、会ったばかりなのに」
「誰だって新年の挨拶に行ってから、すぐにこうなるとは思わないし」
「それにしても、麻白もよく引き受けましたね?」
「ふふっ、護達じゃ荷が重いでしょう?それがわかってるからね」
《窓口》と麻白は敷地に入る。一歩、踏み込んだだけでも何処か普通ではない、隔離された異様な雰囲気があった。
「魔力とは違うけど、なんだか嫌な気配がしますね・・・人ではない、もっと別の『何か』の」
「やっぱり、しぃもわかる?この学校、不穏な『色』が所々に視える」
まだ調べてもいないので、この不穏な空気の原因はわからないものの、人ではない『何か』が、この学校内に存在するのは確かなようだ。
「今日はあの髪飾りじゃないんだね」
「あのいつもの髪飾りでは、絶対に校則に引っ掛かるだろうって、護くんがね」
「それで、ヘアピンなんだね」
「これなら大丈夫だって、くれました」
いくら校則に引っ掛かるとはいえ、力を抑える必要はあるだろうと、護は《窓口》に四つ葉の飾りがついたヘアピンを用意し(護が自腹を切って)、彼女に渡したようだ。
「このヘアピンの飾りも、あの髪飾りに下がってる石と同じものらしいです」
「じゃあ、しぃはいつも通りなんだね」
「そうですね」
職員室に向かう二人を、廊下ですれ違う生徒達は、好奇な目で見ていた。
「ねぇ、やっぱり変なのかな?」
「その白い髪が珍しいんじゃないですか?」
「こればかりは生まれつきだしなぁ・・・」
周りに誰もいないのを確認して、麻白は《窓口》の肩をつついて話す。困ったようにしている麻白に《窓口》は「行きますよ」と、職員室のドアをノックした。
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ただでさえ、学生は短い冬休みが終わって憂鬱だというのに、殺人事件があっては、さらに憂鬱だろう。教室の窓際にある、自分の席に着いている結愛は、頬杖をついてぼんやりと外を眺めていた。
「ねぇねぇ、結愛、聞いて?この学校に転校生だってさ」
友人の一人が、結愛の机の所まで嬉しそうに駆けてくる。彼女は友香。結愛とは中学生からの友人。
「転校生?なんで今頃?」
「先生達の話だと、親の都合らしいよ?」
「ふーん・・・」
「あれ?もしかして結愛、転校生に全くの興味なし?」
興味もなにも、ここは女子校である。カッコいい男子が転校生とかを考えるだけ無駄なのである。
「廊下ですれ違った子によると一人は結構、美少女らしいよ」
「ふーん・・・美少女ねぇ・・・」
正直、結愛には女の子同士でイチャイチャとか、そんな気はない。先輩の中には女子にモテる人がいたりはするが。
「っていうか、一人“は”ってことは、もう一人転校生がいるの?友香」
「なんでも、転校生は二人いるらしいよ」
友香はいつも使っているメモ帳を捲っている。友香は学校内の噂や生徒の個人情報などを、よくそのメモ帳に書いている。先生達でさえも、顔が真っ青になるような、えげつないモノも書いてあると専らの噂。
「皆さん、おはようございます」
ガラッと教室のドアが開いて、担任が入ってくる。友香を含めた生徒達は挨拶をしつつ、ぼちぼち自分の席に着いていく。
「まず、今日から皆さんと一緒に学ぶ、転校生の紹介をしたいと思います、さぁ、いらっしゃい」
担任の言葉で、二人の少女が入ってくる。一人はセミロングのストレートな黒髪に、四つ葉のヘアピンを着けている、黒い眼の娘。いたって普通。どこにでもいるような少女だ。
そして、もう一人は黒髪の娘と同じようなストレートの腰まである白髪で、紫苑色の眼をしている。背丈は隣の少女より10㎝くらい高い。
「では、二人とも、自己紹介を」
「えっと・・・夢原 詩音です、これからよろしくお願いします」
「一色 麻白です、よろしくお願いします」
「じゃあ、悪いんだけど、二人とも、一番後ろの空いてる席に着いてくれるかな?」
担任の言葉に、二人は頷いて静かに席に着いた。




