神社ではお静かに
元旦。外に出た《窓口》はその寒さと光景に、思わず声を出す。
「ひゃぁ〜、また積もりましたねぇ」
はぁ、と息を吐くと白く。しかも巫女服もどきだと寒い。ザクザクと雪を踏みしめて、境内へ向かって歩く。さすがに夜中は雪が降ってたし、人も少なかっただろうと思っていたのだが。一実の話だと、雪の中でも夜中から初詣に来た者がいたらしい。
「《窓口》さぁーん、おはようございまぁーす」
頭上から元気が良い声がしたので見上げると、一人の少女が傘で空中を浮遊している。
「年明け早々ご苦労様です、翼ちゃん」
「そりゃ、アタシは配達員が本業ですからね」
ツーサイドアップの空色の髪に、天色の眼の少女は、トンッと軽く《窓口》の目の前で着地をする。彼女は風切 翼。普段は島の東にある『風と便りの街』に住んでるが、手紙や荷物を運ぶ配達員をやっている。
「お仕事で来たけど、とりあえず《窓口》さん、明けましておめでとうございます」
「明けましておめでとうございます」
傘を閉じて、ペコリとお辞儀をする翼に《窓口》は、新年の挨拶をする。これも毎年の光景。
「今年も《窓口》さん宛の年賀状がたくさんありますよ、はい」
「ありがとうございます」
最近はメールが多いというのに、それでも翼はちゃんと仕事があるのか、たすき掛けにした、大きなバッグから手紙の束を出して《窓口》に渡す。
「あと、初詣もしていきますかね」
「それもあって、翼ちゃんは真っ先にここに来たのでしょう?」
「もちろん♪」
《窓口》の言葉に翼は満面の笑みで答えた。
✡
そこまで狭い神社ではないものの、境内は人で溢れていた。普段こそあまり人が来ることはないが、ここまで多いと少しだけ息苦しさを感じる。御守りや御札を売ってる場所では、五月と六花、珍しく三鈴が慌ただしく参拝客の相手をしている。この忙しさは松の内まで続く。
「しぃ」
「あら、護くんじゃありませんか」
この人混みの中でも、目ざとく護は《窓口》を見付けて、声をかけてくる。
「明けましておめでとう、しぃ」
「明けましておめでとうございます」
「何だかんだ言って、今日も巫女服もどきなのな」
「正装だと少し動きづらいんですけど、着替えた方がいいですかね?」
「どっちかっていうと、俺はこっちの格好の方が好きだけどな」
ニッコリ笑う護に《窓口》は呆れた表情を見せた。
「別に、キミの好みだから、コレを着ているわけではありませんよ?」
「それはわかってるし、冗談だよ」
「・・・でも、キミがこっちの方がいいって言うのなら、このままでもいいかしらね?」
《窓口》は少しだけ、うーんと悩んだ表情を浮かべていたが、すぐに笑顔を見せる。その時、ちょうど外に出てきたのか、智志の声が聞こえた。
「姉さん、珍しく今日は朝から元気だね」
「あら、智志くん、水月くんも一緒なのね」
「《窓口》さん、明けましておめでとうございます」
後ろから来た、智志と水月に《窓口》は振り返る。
「二人も、明けましておめでとうございます」
「あ、明けましておめでとう」
《窓口》は二人に向かってお辞儀をする。智志はどことなく恥ずかしそうに視線を外し、顔を赤らめていた。
「あ、そうだ」
「どうしたの?姉さん」
《窓口》は服のポケットから二つ、御守りを出して智志と水月に渡す。
「うふふ、どうぞ」
「コレ、何の御守り?」
「もちろん、高校の合格祈願のですよ」
「それ、しぃが作ったヤツだろ?」
「そうですよ、だからといって、ちゃんとやる事をやらないと効果はありませんけどね」
「・・・ありがと」
「俺の分まで、ありがとうございます」
少しだけ照れたように、智志は《窓口》ではなく、手渡された御守りを見ていた。逆に水月は嬉しそうにしている。
「二人も一緒に初詣するか?」
「はい」
「なら、行きましょうか」
クルリと《窓口》が智志達に背を向けた瞬間の事だった。
「・・・何か騒がしいですね?」
「何があったんだ?」
周りの様子と言葉を聞くと、どうも朝から誰かが境内で酒を飲んで喚いているらしい。
「っ・・・!?」
「・・・智志くん?」
「あ・・・姉さん、オレ・・・」
智志の様子がおかしい。その様子を見た《窓口》はそこで全部、理解したらしい。
「水月くん、今すぐに智志くんを連れて部屋に戻ってください」
「おい、どうしたんだ?」
「護くんには後でちゃんと説明しますから・・・智志くん、水月くん、わたしか誰かが呼ぶまで、外に出てきてはいけませんよ」
「わかりました・・・智志、行こう」
「・・・姉さん」
「いいから、早く」
水月が、智志を連れて神社の奥に戻っていく。それを見た《窓口》は境内の騒がしい方を向く。
「なぁ、どうしたんだ?智志くん」
「本当は、あまり他人の家庭の事情に首を突っ込むことはしたくないんですけどね、今はそうも言ってられないです」
「もしかして」
「多分、騒いでるのは智志くんの父親」
智志の様子がおかしかったのは、父親の気配を察知したから。それを《窓口》は理解していたようだ。
「なんでまた」
「わたしの所に智志くんがいるのは父親の方は知りませんし、今日は偶然でしょう」
「よく智志くんは父親がいるって判ったな」
「護くんには前にも言ったと思いますが、魔力には波長っていうのがあります」
「それは属性とか個人差があるんだったな」
智志がい、くら覚の能力を眼鏡で制限していても、そういう波長は多少わかるようだ。
「さらには、自分のトラウマになってる原因ですからね、そういうのは嫌でも敏感になります」
「で、どうすんだ?」
「キミ達だと行動が読まれて、相手にならないでしょう?」
「あまり危険な事はするなよ?しぃ」
「わかってます、神社で流血沙汰なんて嫌ですもの」
✡
少し離れて護は《窓口》の後ろを歩く。
「あ、お嬢」
「二葉、どうしたんですか?」
境内にある御神木。その近くにいた、銀髪に空色の眼を持つ狐の二葉に《窓口》は近寄っていく。彼女の足音に反応してか、振り返った二葉は右目を前髪で隠しているが、ちゃんと両方とも見えているそうだ。
「どうもお酒が入っているらしくて、話をしようにも、厄介な事にボク達の行動も読まれてるようで・・・」
「でしょうね」
一つため息をついて《窓口》が、その問題の人物の方へと歩く。御神木に寄りかかって座る、ボサボサの浅葱色の髪に老竹色の眼の男性。見た目から、智志の父親に間違いはないようだ。《窓口》は静かに口を開く。
「ここは神社ですので、飲酒は控えていただけるとありがたいのですが」
「あー?別にオレがどこで飲もうと、お嬢さんに止める権利はねーだろ?」
「他の参拝される方の迷惑になりますので」
そして、これでは聞く耳も持たず、話をするだけではダメだと判断したのだろう。ため息をついて《窓口》は一言。
「そんなだから、奥さんと子どもに逃げられるんですよ」
その言葉に智志の父親は驚いたような、怒りとも取れる表情を見せた。
「どうして、お嬢さんがそんな事を知っている?」
「クスクス・・・あら、図星でしたかね?」
智志の父親を見下ろす《窓口》は冷笑を浮かべている。口調は丁寧だが、その言葉には刺がある。
「貴方みたいな、クズがなんでこの神社に来たんでしょうね?」
「何だと?」
「お嬢、あんまり刺激するのは」
「本当にどうしようもない、ろくでなしですね」
その言葉は智志の父親の地雷だったのか、怒りが頂点に達していたのか、暴れだす。
「おっと、あー、怖い怖い」
言葉とは裏腹に《窓口》の表情は笑顔だ。自分の思い通りに事がいって満足そうな感じだ。この状況を見て、二葉は周りの参拝客を迅速に誘導していた。
「護くん、この場合って悪いのはどっちになりますかね?」
「多分、向こうじゃないかな?7:3くらいで」
「ならいいわ、いっそこのまま殺っちゃいましょうか?」
「いや、それはダメだろ」
間合いを取るのに、護の方へ来た《窓口》の言葉に、護は呆れている。
「で、どうすんだ?」
「新年早々、キミにお仕事ですね、良かったじゃないですか」
「言っておくが、今日は仕事じゃないから、手錠とか銃だって持ってないぜ?」
「手錠なら、わたしのを使えばいいわ」
《窓口》は、袖から銀色の手錠を取り出して護に渡す。
「本当に、お前の服の袖は四次元ポケットなんじゃないかっていうくらい、色々入ってるよな」
「そんなに入ってないですよ?」
《窓口》は服のポケットから札を出す。
「さて、どうやって動きを止めるかですね・・・」
「考えてなかったのかよ」
「ある程度は考えてましたけど・・・」
「なら実行するだけだろうが」
少しだけ躊躇うように《窓口》は札を放る。
「──《桜吹雪》」
「ちょっと待て、それは」
札は大量の桜の花弁に形を変える。《窓口》が智志の父親を指差すと花弁は塊となって襲う。
「一回、ああいうのは痛い目にあった方がいいんですよ」
「だからって、やり過ぎじゃないか?」
「下手な下位魔法は避けられますからね、どうせなら簡単には避けられないのを使いました」
桜の花弁の塊は智志の父親を飲み込んで、空高く巻き上げる。だが、それでも《窓口》は満足してなかったようで。
「──《落雷轟く塔の幻想悲劇》」
神社の上空に黒い雲がかかり、花弁の塊を貫くように、轟音と共に雷が落ちた。
「おい、これ以上は本当に死ぬぞ?!」
「別にいいんじゃないですか?どうせ生きてたって、あの人はそうそう考えを改めやしない」
ドサッと音を立てて、智志の父親は地面に叩きつけられる。特に生死を確認することもなく、《窓口》はクルリと背を向けてどこかに歩いていく。
「・・・二葉、後片付けをお願いします」
「あ、はい」
「しぃ、ちょっと?」
持っていた手錠を二葉に渡して、護は慌てて《窓口》を追う。
「いいのかよアレ、一応、智志くんの父親なんだろう?」
「そうですよ?」
「そうですよって・・・容赦がなさすぎて、お前の方が一方的にやったみたいに見えるんだが?」
実際、酔っぱらいに頭にきて回避不可能な魔法を使って、なおかつ追撃までしているが。護の言葉を無視して、《窓口》は縁側から障子戸を開ける。部屋には大人しく、水月と智志がいた。
「二人共、もう出てきて大丈夫ですよ」
その時の《窓口》の笑顔は、先程とは打って変わって、日だまりのような柔らかい笑顔だった。玄関から出てきた智志と水月は、早々に《窓口》に質問をする。
「《窓口》さん、さっきの轟音って・・・」
「ちょっと雷を落としました」
「えっと・・・それは比喩とかじゃなくて、実際に落としたの?姉さん」
「はい」
満面の笑顔で答える《窓口》に、二人の顔は若干、引きつっていた。彼女の後ろでは護が呆れていた。
「・・・それと、姉さん」
「何ですか?」
「オレは、いつまであの人から・・・逃げ続けるんだろう」
「大丈夫ですよ」
うつむいた智志に《窓口》は優しく抱きしめる。
「えっ?姉さん?」
「今はまだ、逃げていたって、誰も何も言わないですよ」
「・・・姉さん」
「まだキミは子どもなんだから、大人に甘えていたって許されます」
「でもさ」
「きっと、いつかキミはちゃんと向き合える」
頭をよしよしと撫でる《窓口》に、智志はとても気恥ずかしそうに視線をさ迷わせる。
「大丈夫、キミはわたしの仕え魔でしょう?その辺りは、ちゃんとわたしが保証しますよ」
「・・・ありがと、でも、そろそろ離れてほしいな」
「ふふっ、相変わらずですね」
すっと離れて《窓口》はニッコリ笑う。
「全く・・・水月、行こうぜ」
「はいはい」
智志の様子を見て、ニヤニヤしていた水月を連れて、智志はさっさと《窓口》達から、急いで離れるように歩いていく。
「全く、あの子も素直じゃないんですから」
「いや、誰だって人前であんなことされたら、恥ずかしいだろうよ」
ニコニコと笑う《窓口》に護は苦笑する。
「さて、わたし達も行きましょう?護くん」
「そうだな・・・新年早々、あんなことになったけど」
「姉さーん、早くー」
「今、行きますよ〜」
しばらく歩いて智志達が《窓口》を呼ぶ。《窓口》と護は顔を見合せて、智志達の所へ歩いていった。




