鐘の音と神社
障子戸を閉めて、炬燵でゴロゴロとしていたら、智志はいつの間にか寝ていたらしい。そして隣では《窓口》が微笑んで座って智志を見ていた。
「風邪を引きますよ?智志くん、ただでさえ、キミは受験生なんだから、今は大事な時期でしょう?」
「あー・・・うん、そうだね、姉さん」
ゆっくり起き上がり、智志は《窓口》を見る。
「他のみんなは?」
「ネロくんは八雲と神社のお手伝い、リオは雪を見たいって真夜と亜夢ちゃんと外に、鏡花と水月くんは七海と買い物に行きました」
「じゃあ、今ここにいるのは、オレと姉さんだけなんだね?」
「そうなりますね」
しばらく沈黙が流れる。智志は若干、気まずいと感じる。でも、それを気にすることなく、《窓口》は炬燵の上にあったミカンに手を伸ばし、剥いて食べはじめた。
「姉さん、オレらだけならさ」
「嫌だった?」
「・・・そうじゃなくてさ、他の場所だって空いてるだろ?」
モグモグとミカンを食べながら《窓口》は黙って移動する。
「そういや、姉さん」
「何ですか?」
「オレが姉さんに初めて会った時も、こんな風に雪の降る日だったよね?」
「そうですね、わたしの家の前で、雪が降っているのにキミは、傘も差さずに一人で、地面に座っていましたね」
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──智志の以前住んでいた家は、世界樹の周りにある森の中の、小さな集落にある。智志の父親は外面はいいものの、家の中で酒を飲んでは、日常的に智志や母親に暴力を振るっていた。酒を飲んでなくても、気に入らない事があれば殴るなどして、二人に辛く当たる、本当にどうしようもない父親だった。両親共に覚である為、お互いに行動が読めるので(もちろん智志も)なかなか逃げることが出来ずにいた。だけど、とある雪の降る日の夜。母親は突然、智志を連れて、家の窓から裸足のまま逃げ出した。その時の母親の行動は、衝動的かつ無意識のような状態で、智志にも父親にも行動が読めず、逃げることに成功したようだ。どのくらい走ったかはわからないが、森の中をしばらく進んでから、母親は智志に少しだけ休憩しようと、その場に座らせた。
「智志、いい?もし、このまま母さんがすぐに戻ってこなかったら、この森を真っ直ぐ進みなさい」
「母さん?」
「森を抜けたらすぐに協会に向かうのよ」
近くの『大樹と森の街』の協会では、逃げてもすぐにばれるだろうと母親は思っていた。だから、違う町で助けを求めるつもりだったようだ。そして母親はそれから智志を置いて、どこかへ行ってしまったのだ。目的もなく動いていたのか、どこに行ったのかまでは智志にもわからなかった。もしかしたら捨てられた、という考えも嫌でも浮かんでしまう。
「・・・寒い」
暫く待っていたが、母親が戻ってくる様子がない。迷ってしまったという可能性も考えて、智志は母親に言われた通りに、森を抜けようとしたのだが。迷いに迷って、森を抜けた場所。目の前には一件の洋館があった。裸足のまま雪の積もった道を歩き、家の近くまで行って、疲労と寒さもあり、少しだけ休もうと座りこんでいたのだ。
「はぁ・・・この時間じゃ・・協会どころか、どこも開いてない・・・よな」
ちょうどいた場所は丘の上だったので、町の様子を少しだけ見ることが出来た。寝てはいけないとは解っているのに、意識が少しずつ遠退いていく。そんな時だった。
──ガチャ サクッ サクッ
ドアが開いて、誰かがこちらに来る足音がした。雪を踏みしめる足音は確実に、迷いなく智志の方に向かってくる。
「こんなところで座り込んで、寒いでしょうに」
「・・・あ、あの?」
見上げると声の主は《窓口》で、パジャマ姿で傘を差して心配そうに智志を見ていた。
「歩けますか?というか貴方、裸足じゃないですか」
「あの・・・?」
「とりあえず家の中にいらっしゃい、このままでは凍死してしまいますよ?」
家の中に入って、すぐに智志は風呂に放り込まれる。智志の足からは血も出ており、綺麗に濯いで手当てを受け、着替えはネロの着れなくなった服を借りた。
「さて・・・まずは貴方の名前と、どうしてあの場所にいたのかを教えていただけますか?」
リビングで智志は《窓口》に事の経緯を話した。母親と家を出たこと、そして森の中で別れたままであること。
「ネロくん、キミの使い魔に捜索させることはできますか?」
「もちろんですよ」
ネロが、服のポケットから二枚の魔法陣がかかれた紙を出すと、そこから二匹の黒銀の毛の狼が現れる。
「スコル、ハティ、主からの仕事だよ」
「何の御用でしょうか?我が主、お嬢」
「この子のお母さんを森へ捜しに行ってほしいのです、雪も降ってますし、早めにね」
「かしこまりました、行くぞハティ」
《窓口》がリビングのガラス戸を開けると、二匹の狼は颯爽と雪の降る闇夜を駆けていった。
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「その時は母さん、見付からなかったんだよな」
「キミは後程に協会へ行くっていうから、その時にキミには悪いけれど裏で色々と調べました」
「それで姉さんは母さんの居場所も知ってるんだね?」
「まぁ、そうなりますね」
実際、その母親は事が落ち着けば、智志を迎えに来るつもりなのを《窓口》は知ってるが、それは母親の意向で、未だ智志には伝えていない。
「キミのお母さんが迎えに来た場合、どうするかは考えてる?」
「一応」
「それなら、いいんです」
食べ終えたミカンの皮を、ごみ箱に捨てて、そのまま《窓口》はゴロンと寝転がる。
「考えてはいるけど・・・オレ、高校でたら働くよ?姉さん」
「あら、大学には行かないの?」
「元々、高校でたら働くつもりだったし・・・そこまで姉さんも面倒見れないでしょ?」
「働くって、何かやりたいことがあるの?」
「・・・今は姉さんの仕事の手伝い、かな」
「結局は家に居着くのね」
「ダメ?」
「キミが決めたことに、わたしは口出ししませんよ」
寝返りを打って《窓口》は智志に背を向ける。それ以外は何もお互いに言わない。智志はぼーっとテレビを観ていると、いつの間にか《窓口》の方が寝ていた。小さな寝息をたてて。
「全く、オレには風邪引きますとか言っておいてさ・・・結局、自分は普通に寝てるんじゃないか」
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夕食は大晦日ということで、蕎麦。さすがに居間に15人(+一匹)は狭い。なので、この後もやる事がある狐達に先に夕食をとってもらっている。
「ネロくん達じゃないんだから、元の姿になればいいのに」
「お嬢、それでも狐八匹は狭いんですよ」
「それでは一実、普段はみんなどうしてるんです?」
銀色の髪に緑色の眼の狐、一実は普段こそ他の狐達と同じような人の姿だが、神事の際は完璧に人間に化けている。彼の髪は二段になっており、長い髪は緋色のリボンで一つに括られている。
「私はここじゃ表向きは神主ですからねぇ・・・なかなか、三鈴達とかと一緒にいることが少ないから」
「そうでしたね、いつもお疲れさまです」
食器を《窓口》と運んでいた八雲も一実に労いの言葉をかけた。
「一実も大変だよな、人の振りして神事をやってるんだから」
「仕方ないだろう?お嬢がこんな体質だし、私が一番上なんだから」
「一番上っていったって、オレ達は八つ子だろ?何かあれば手伝いはする」
台所では亜夢と鏡花と三鈴が、仲良く食器を洗ってたりと色々している。
「とりあえず片付けたら、他の狐達も神社のお仕事でしょう?」
「そうですね、お嬢はどうします?」
「気が向いたら、はダメですよね」
「ネロくん達もいますし、たまにはのんびりすることも一緒にいるのも大事ですよ、お嬢」
一実はニッコリ笑って《窓口》の背中をポンッと軽く押す。
「えっ?結構、みんなとは一緒にいますよ?」
「仕事以外で、は殆んどないんだろう?」
「・・・一実はなんでそう、いつも痛いところを突いてくるんです?」
笑顔のまま一実は《窓口》に小さく耳元で囁く。
「お嬢の事は産まれた時から知ってますから、わかるんですよ」
「本当に・・・一実には適わないですね」




