年を跨ぐ鐘の音
シャッ、シャッ、と境内を《窓口》は掃き掃除をしている。明日は元日、参拝客の中には大晦日の夜から来るのがいるから、ということらしい。
「やはり神社は落ち着きますね」
「吸血鬼が大晦日に神社でのんびりしてる光景って、そうそう見られるものではないですよね」
ネロは賽銭箱の隣に呑気に座って《窓口》の様子を見ている。普段の業務から解放されているので、のんびり寛いでいるようだ。
「そもそも、吸血鬼が神社にいる事自体が、異常じゃありませんか」
「それもそうですね、でも、この神社は妖魔も普通に参拝に来るので、今更ですが」
妖魔が初詣に来る、というのも違和感があるが。まぁ、毎年の事なのであまり気にしていないし、お賽銭をくれるという意味ではありがたい。
「そういえば主、七海さん達・・・狐さん達は今、何を?」
「多分、神社に置いてある宝具とかの整理じゃないですかね?」
この神社には色々な宝具が納められている。それも普通では到底、入手不可能なモノだ。
「どういったモノがあるんです?」
「うーんと・・・『打出の小槌』とか『蓬莱の玉の枝』とか」
「どこからそんなモノを」
《窓口》の挙げたモノは、全てお伽噺の中に出てくる、実際には存在しないモノだとネロは思っていた。
「まぁ、それを信じる信じないは、キミ次第ですからね」
「本物なんですか?」
「後者に関しては、月姫さんのお墨付きですよ」
後者は実際、月姫が持っていたのを神社で預かっているだけらしいが、そうなった経緯はわからない。
「自分の家にあったら、盗られそうだと思ったんじゃないですかね?」
「お伽噺の中で、かぐや姫が欲しがった代物ですし、本物ともなれば、それは狙われますよ」
それもそうかと《窓口》は地面を掃きながらネロと笑う。
「主、他のかぐや姫の難題もあるんですか?」
「難題の品は全部ここにありますよ、もちろん全て本物です」
「なんでまた、月姫さんが持っていたのですかね?」
「親から貰ったと本人は仰ってましたから、出所は知りません」
ただでさえ、この島は夢と現実の境界が曖昧になっているのだからと《窓口》は言う。夢の産物が現実になり、現実で否定された夢が流れ着く場所。
「それが真実であり本物だと思えば、ここでは簡単に実現してしまうんですよ」
それでも、この島で実現ができる事にも限界はあるようだ。
「なんでも実現してしまったら、それこそ世界が混沌と化してしまうわ」
「その混沌の体現者がリオさんではありませんか」
「リオは体現者っていうよりは、混沌そのものですよ?」
「・・・そうでしたね」
その混沌は自分を人形と定義してるみたいだが。黙っていれば見た目も人形のようではある。
「それにリオは成長しないですからね、それもあって、今の自分は人形だって言っているんですよ」
「最近はそれに加えて、何だか人形に関する呪術などを調べていらっしゃるようですし」
「そういえば、使い魔も欲しいなんて事を言ってましたね」
それに関しては自分で生み出せばいいじゃないかと思っているものの、本人はそれでは納得がいかないらしい。元々、使い魔なんていうのはそういうモノだ。
「まぁ、使い魔がいなくても強いですからね」
「それはキミにも言える事じゃないですか?」
掃き掃除を終えて、《窓口》は道具とまとめたゴミを片付け始める。そして、大きく伸びをした。
「ふぅ・・・これで、わたしの仕事は夜までありませんね」
「ご苦労様です、主」
「それで、キミ達は新年はどうするんです?」
「僕は一応《夢幻福音の家》に例年通り」
「うん」
「真夜さんはお姉さんに誘われたらしいので、亜夢さんもご実家に挨拶に行かれるようです」
「真夜は珍しいね」
狐達の実家もこの神社なので、残るのはわかる。鏡花と水月、リオネットに関しては身寄りがない為、ここにいるのもわかる。
「さて、残るは智志くんか・・・」
「あの子は家出してるんですよね?」
「家出っていうか、逃げてきたんですよね」
「あ、そっか・・・」
「どこに行っても逃げられないからって彼の母親が、あの家の前の森の中に彼を置いてそのまま、ね」
智志の父親は、どうしようもないダメ親父(智志母曰く)で、日常的に彼の母親や彼に暴力を振るっていた。
「さらに両親共に覚だしね、逃げても行動が読まれてしまうし、母親の方は大人しい人だから」
「それでも彼の安全だけは、どうしても確保したかったんじゃないですか?」
「それはそうですよ」
「そういえば、主はあの子の母親の居場所はご存知なので?」
「知ってますよ、よく手紙が来ます・・・ただ、彼には内緒にしてほしいみたいですが」
その《窓口》の言葉にネロは首を傾げた。
「本人に内緒って、どういう事ですか?」
「母親は智志くんに『捨てられた』と思われてる可能性があるからってね」
「罪悪感から会えないと」
「それに、今はあの子も思春期ですからねぇ」
「会っても、お互いにどう接していいかも、わからないのかもしれませんね」
「そこはもう本人次第ですよ?ネロくん」
あまり、余所の家庭事情に首を突っ込むことを《窓口》はしないが。それでも智志の今後の事も考えると、避けては通れないのだろう。
「ん?」
片付けを終えて部屋に戻ろうとした時、空から雪が降り出した。
「雪ですね、どうりで今日は特に寒いわけです」
「ですね」
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居間に戻ると、智志と水月が炬燵でゲームをやっていた。どうやら、今日の分の勉強は終わったらしい。
「智志くーん、外、雪降ってますよ〜♪」
「主、智志くんが困ってますよ?」
「姉さん?オレはガキとか犬じゃないんだから、っていうかまた外にいたの?かなり手とか冷たいじゃないか」
《窓口》に後ろから抱きつかれても、智志は冷静というか、対応は冷ややかだ。でも、外にいて身体が冷えた《窓口》を心配するあたりは、ちゃんと気遣いは出来るようだ。
「さっきまで境内の掃除をしてましたからね、冷たかった?」
「ここは姉さんの実家だろ?オレらが中でぬくぬくしてて、姉さんが外にいるっておかしくないか?」
パッと離れた《窓口》に智志は振り返って《窓口》の手を握る。
「うふふ、智志くんの手、あったかいです」
「そりゃそうでしょ」
「外にいたのは一応、わたしのお仕事ですからねぇ」
「それなら仕方ないじゃないか」
そうでなくても《窓口》は神社の縁側だったり、智志達に気を使って必要な時以外は外にずっといる。
「それは、わたしはキミ達の勉強の邪魔は、したくありませんから」
「いるだけで邪魔だとは思わないよ」
その言葉に水月も頷いている。どちらかというと、外にいられる方が智志達には気掛かりになるようだ。風邪引かれて、また倒れられても困るのだ。
「それと、智志くんは年明けはどうします?」
「・・・どうって?いつも通りじゃダメ?」
「一応、キミのお母さんの居場所はわかるけど」
それきり智志は黙ってしまう。この二人のやり取りも、ネロ達には毎年恒例になりつつある。
「無理に、とは言いませんよ?」
「オレから行くのはどうなの?姉さん的には」
「それがキミの意志なら、わたしが引き止める理由は何もありませんよ」
「・・・だよね」
でも今年は受験もあるからと、智志は《窓口》に会いに行かないと告げた。
「わかりました、その事もキミのお母さんに伝えておきますね」
「うん、色々とごめん」
智志の言葉を聞いて《窓口》は部屋を出ていく。きっと連絡は早い方がいいと思ったのだろう。
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居間に水月と残され、智志は炬燵にうつ伏せで入りながらも、少し障子戸を開けて、ぼんやりと雪の降る外を眺める。
「・・・ねぇ」
「何?」
水月が困った表情で、智志に話しかけてくる。きっと《窓口》との会話が気になったんだろう。
「俺が聞いていい話じゃないんだろうけど」
「別に構わない、オレがなんで母さんに会わないのか、知りたいんだろう?」
眼鏡を外して智志は起き上がり、水月の方を向く。
「智志は眼鏡なくても見えるんだ?」
「この眼鏡は、オレの能力を制限するモノだから」
「じゃ、今は俺の心が視えてるんだ?」
「たまには外さないと、いざって時に能力が使えなくなるって姉さんに言われたからな、まぁ、姉さんに関しては、心も行動も眼鏡がなくても読めないけどさ」
初めて会った時から《窓口》の心は智志には読めなかった。覚である智志にとって、それはとても衝撃的で、初めて視えない事に戸惑いを隠せなかった。
「あの人は普通の人間だけど異常だよね」
「視たくない心が姉さんだけは視えなくて、初めてオレはそれが怖いとも思ったんだ」
「ある意味、智志の天敵だよね」
「でも他の兄さん達の心とかから、そこまで怖がる必要はないのも知ったし」
「本当にいい人達だよね、赤の他人の俺達の事もちゃんと考えてくれてるし」
水月の言葉に嘘はない。他の仕え魔もそうだが、水月にとっても《窓口》の存在は大きいようだ。
「親も親戚もいないし、俺には鏡花姉ちゃんだけなんだよ」
「羨ましい・・・か」
「そりゃ、俺からしたら、帰る場所があるのは羨ましいよ、親もいるっていうのは幸せだよ」
身寄りがない水月がそう考えるのは、当たり前かもしれない。でも、智志にとって今の居場所は《窓口》や他の仕え魔のいる家なのだ。いずれ智志も、母親とは離れるだろうし、それは偶々、智志は早かったっていう認識だった。
「でも、会えるなら会ってあげたら?」
「オレはらこの眼鏡があるから母さんの事は視えないけど、母さんはオレを見てどう思うんだろうな?」
「それでも、子供を想わない母親はいないよ」
眼鏡を掛け、智志はまた外の方を向く。
「オレは母さんを恨んでるつもりはないんだ」
「だけど、智志のお母さんは智志が邪魔だと思ってるかも、っていう事か」
「だから会いに行かない」
きっと《窓口》は母親と智志の思いを知っている。それは水月もわかっていた。でも、それは当事者の問題だからと《窓口》は口出しをしないだけで。
「そうか、智志がそう考えるなら俺も何も言わないし、それは《窓口》さんもそうなんだろう?」
「何も言わないのは、そうなんだろうな」
「ちょっと俺は鏡花姉ちゃんの所に行ってくるよ」
「あぁ、わかった」
一人部屋に取り残され、智志はボソッと呟く。
「そういや、姉さんに会った時も、こんな風に雪の降る日だったな」




