思い出と約束
神社の境内にシャッ、シャッと一定のリズムで箒が擦れる軽快な音が響く。
「で?結局、あの件は解決したのかよ?」
「しましたよ?ただ・・・まだ彼がその依頼の報酬を持ってこないというだけです」
神社の境内を掃き掃除している《窓口》を、賽銭箱の前の階段に座る護は、ただ眺めていた。ここにいる時の《窓口》の服装も巫女の格好だ。極力、彼女は神社にいる時には、ちゃんとした格好をするんだそうだ。
「それにしても、護くんは今日は暇なんですか?」
「あぁ、誰の陰謀だかは知らんが今日と明日は休みなんだよ」
「寂しいですね・・・世間一般では今日はクリスマスイブだというのに、護くんには全然予定が無いだなんて」
「うるせぇ、余計なお世話だ」
護に背を向けてクスクスと笑う《窓口》に、護はただ、ため息をつく。全く、こういった時の彼女の言葉は重く、深く突き刺さる。同じ独り身のくせに。そう思っても護は口には出さないが。出したところで敵うわけがない。
「なんなら、今からわたしが護くんの悪縁を切って、良縁を結んであげましょうか?」
袖から真っ黒の鋏を取り出して、《窓口》はニコッと護の方を向く。
「その鋏で、悪縁とかも切れるのかよ?」
「この鋏は『切る』ことに特化させましたからね、物理的なモノだけではなく、概念的なモノも『切れる』んですよ」
そう言って《窓口》は、おもむろに鋏を開く。
「しぃ、ちょっと待った」
「どうしました?」
「今、何を切るつもりで、刃を開いた?」
「別に、何も?」
何かを切るつもりはないようだが、護はなんだか《窓口》が本気で縁とかを切りそうな気がした。むしろ、良縁まで切りそうで怖い。
「あ、いた・・・」
不意に声のする方を見ると、静と静の彼女が一緒にいる。静の手には黒い、大きな封筒があった。
「噂をすればなんとやらだぜ?しぃ」
「その様ですね」
鋏を袖の中に戻し、二人に《窓口》は向き合う。
「これを渡しに行ったら、貴女がこちらにいると伺ったので」
「何も、助手の方に渡しておいていただいても良かったのに」
「わたしのことも、両親が貴女に依頼を出していたと聞きましたので」
彼女の言葉にそういえば、というような表情を《窓口》はする。それに関しては、今回の件のついでであり特に何かを求めてはいないし、いいのだが。
「それで、二人はまた」
「はい」
「おかげさまで」
「・・・それは良かった」
ニコッと笑って《窓口》は、静から黒い封筒を受け取る。中身の確認は護もいるし、その場ではしない。
「それでは、コレはわたしがお預かりしておきますね」
「はい、本当にありがとうございました」
そして、神社にせっかく来たのだからと、二人は賽銭箱の方へ向かっていった。いつの間に隣にいたのか、護は《窓口》が受け取った封筒を見ている。
「なぁ、その封筒の中身って何だ?」
「さぁ?幽くん達が欲しがったモノですから、わたしが中を勝手に確認することはしませんよ」
袖から携帯を出して《窓口》は操作する。静が報酬を持って来た事を報告する。鋏が入っていたり、携帯が入っていたりと袖が重くないのかと護は少し疑問に思う。それと同時に、彼女の服の袖の中は、一体どうなっているのかも不思議に思う。
「後で二人は家に取りに来るみたいですね・・・それなら、そろそろわたしも家に帰りますかね」
参拝を終えて帰る静達を見送ってから、疲れたと言うように《窓口》は大きく伸びをする。
「なぁ、今夜、空いてるか?」
「急にどうしました?」
突然の護の言葉に《窓口》は驚いた。
「もし良かったら、お前と一緒に行きたい場所があるんだけど」
「・・・さすがに急過ぎではありませんか?」
「一応、ネロ達や望には言ってあるんだけど」
何だか《窓口》は複雑そうな表情をする。いつの間に裏から手を回してるんだと言いたげだ。
「嫌か?」
「・・・嫌ではないですけど、いきなりで驚いたといいますか」
「まぁ、内緒にしてたしな」
「いつの間にそんな事を?」
「今月の予定がわかった日から主にネロ達が計画はしてた、俺にはお前の予定がわからないからな」
悪戯っ子のように笑いながら、護は《窓口》の頭をゴシャゴシャと撫でる。《窓口》は何が何だか、よくわかってないようだ。
「うー・・・なんかちょっと悔しいですね、キミ達にしてやられた感が」
「たまには、お前もこういう事されるのも良いんじゃないか?サプライズっての?」
乱れた髪を整えながら《窓口》は護に背を向けて、箒と封筒を持って奥の方へ向かう。
「あとネロ達からの伝言、今日は俺の家に泊まっていけってさ」
「・・・え?」
「俺はお前がいいなら、別に構わないんだけど」
あまりに知らなかった情報が多かったようで《窓口》の動きが完全に止まっている。この状態を見るのは護でも初めてだ。普段なら
「えーっと・・・大丈夫か?しぃ」
「大丈夫ですけど、大丈夫じゃありません」
完全に思考と感情が追い付いてないようだ。何が何だかわからなくなっている。少し混乱させ過ぎたか。
「久しぶりに見たなぁ、お嬢のその状態」
相変わらずの仏頂面で、八雲がいつの間にか護と《窓口》の隣にいた。
「え・・・?久しぶりにって事は、前にもこういう事があったんだ・・・?」
「普段はあまりにも入ってくる情報量が多いからね、視ようとしなければ色々視ることはないからな・・・突然、一気に驚く状況には弱いんだよ」
護の言葉に八雲は静かに話す。
「八雲もこの事知ってたんですか?」
「もちろん」
「何で教えてくれないんですかぁー?」
「それじゃ面白くないでしょ?」
ふふっと笑いながら、八雲は《窓口》から箒と封筒を受け取る。受け取るっていうよりは、取り上げるという感じだったけど。その時の八雲の表情はとても優しいもので、母親のようだった。
「面白くないって、わたしはみんなの玩具じゃありません」
「それはわかってますよ、あとコレはオレが家に持っていきますから」
《窓口》は納得がいってないようだが、二人は知らん顔だった。
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日が暮れて灯りのついた街並みを、護と《窓口》は二人で並んで歩く。
「まだちょっと時間あるし、どっか見ていくか?」
外は寒いという事もあってなのか、彼女は黙ってコクコクと頷いた。一応、ベージュのダッフルコートを着ているが。
「それにしても良かったですね、わたしがキミからの誘いを断らなくて」
「ホント、これで断られてたら、某テレビ局のサンタに電話をするところだったぜ」
《窓口》は、それならそれでも良かったんじゃない?と笑っている。街はやはり、男女の二人組が腕を組んで歩いてるのが多かった。それだけでなくても、何人かのグループが、いくつか楽しそうに話しながら歩いている。
「全く、今日と明日だけ神様を信じるとか・・・都合が良すぎるよなぁ」
「所詮、人間なんてそんなものなのですよ」
「まぁ、リア充達にはそんなのも関係ないんだろうけどさ」
「だから神様も、人間には良い意味でも悪い意味でも、無関心になるんですよ・・・だからこそ平等で中立とも言える」
《窓口》は呆れたように、綺麗に装飾された店を見てまわる。
「へぇ?神様って人間には無関心なのか」
「そうでなければ、善人が悪人に殺されたり、不慮の事故に遭うなんて事は起きないですよ」
「それは、そういう『運命』だったって思うしかないだろう?」
護の言葉に《窓口》は驚いたように言う。
「護くん、キミは『運命』なんていう、不確かなモノで物事の結果を決めるんですか?」
「こればっかりは、どうにもならないだろうが」
「確かに、それが決定付けられた未来なら、どうにもならないですが」
少しだけ悲しそうに《窓口》は、やんわりと護に説明を始めた。
「『運命』というのはね、あくまでも生物が『決められた寿命』の中で『どういう生き方をするか』という事でしかないんですよ」
「・・・どういう事?」
「例えば、とある人物が、80歳までの『寿命』だとしましょう、その『寿命』の途中に事故や病気で死んだとする、それまでが『運命』なんです」
「・・・難しいな」
「『運命』というのは、あくまでも過程に過ぎないの、寿命を全うするまでのね」
《窓口》は歩みを止めずに護に語る。いつもの事だが《窓口》の言葉は護には到底理解できない。理論というより、彼女の解釈だからなのだろう。
「未来なんてものは、選ぶ選択肢によって無数に枝分かれしてるのに『運命』なんていう、たかが過程で未来が確定してるなんて、それこそおかしいでしょう?」
「言われてみたら、それは確かにそうだが」
それでも護は、何だか納得がいってなさそうだ。てっきり《窓口》はそういうモノを信じていると思っていたというのもあるが。
「別に否定はしないわ、ただ、何でも『運命』で片付けてしまうのは、嫌なだけ」
「そうか」
「もし、その人の未来が最初から確定されているとするのなら、それは『運命』ではなくて『宿命』だわ・・・だけど『宿命』も、あくまで通過点に過ぎないのだけれどね」
護はこれ以上《窓口》の言葉に何も言わない。聞いたところで、護に理解ができないのはわかっている。しかも、何を言っても彼女の言葉を覆せる訳でもない。
「そろそろ行こうか」
「どこに?」
「まぁ、とりあえず」
《窓口》の腕を掴んで護は外に出る。人気の無い場所で、護は鍵を使って、現れたドアを開く。そして、彼女に手を差し出した。
「おいで、しぃ」
護の手を取って行った、ドアの向こう側。そこには、月光を浴びて白銀に輝く花畑があった。
「これは『月光花』ですね?月光を受けて咲く、この島でも見るのは珍しい花」
「本当なら、満月の時が一番綺麗に咲くらしいんだけど」
「薫さんに教えてもらったんですね?」
「『守木町』の件の後に、薫さんが『絶対に、しぃちゃんが喜ぶから』って言ってたからさ」
護の言葉に《窓口》はクスクスと小さく笑う。それは、護をからかう時とは違う、とても嬉しそうなものだった。
「なぁ、しぃ、俺との『約束』って覚えてるか?」
「もちろん」
「いつ、俺はソレを果たせるんだろうな?」
「うーん・・・もう十分だとわたしが言っても、きっとキミは納得しないでしょう?」
《窓口》の言葉に護は頷いた。それならばと《窓口》は護に、自分が納得する結果が出るまで、前に進むべきだと告げた。
「あの時の護くん、やっぱり泣いてましたよね」
「・・・それは言わないでくれ」
やっぱり《窓口》には何だかんだかなわないようだ。護は今更ながらそれを痛感した。
「クリスマスが終わったら、わたしは忙しくなりますね」
「お前はやっぱり神社に帰るのか?」
「毎年の事ですよ」
《窓口》は護にニコッと笑いかけた。
「来年は良い年になればいいですね」
「そうだな」
《窓口》と護は、暫く月夜の中で花畑を散歩をする。夜は静かに更けていった。




