何かと対価
完全にドアは閉まってなかったのか、それとも薫が開けたのか、護は開いたドアの側で倒れこんでいる《窓口》を抱える。
「おい、大丈夫か?」
「多分、しばらくしぃちゃんは動けないよ」
《窓口》の意識はすでに無く、声をかけても反応がない。薫が言うには、護達に向けた攻撃が偶然にも《窓口》に当たってしまったらしい。
「とりあえずはボクの店まで連れていこう、ここからだとそっちのが協会より近い」
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花屋の奥の部屋で、薫は薬草をいくつか引き出しから出しては、作業をしている。護は三月に後の仕事を頼み、寝ている《窓口》を看ていた。彼女の腹部に刺さる棘。無闇に引き抜けば、それが原因で彼女の命を失いかねない。さらには、この棘には神経毒があるらしく、護は素手で触るなと薫に言われている。
「一応、ボクも治癒魔法は使えるんだけど、陽とか月姫程、強いモノじゃないからね」
「それはいいんだが、薫さんは何をしてるんだ?」
「薬、月姫みたいな薬は調合できないけど、薬草ならここにも少しだけ置いてあるから」
調合も終わったのか、ビンに入れた薄い緑色の透明な液体を、薫は《窓口》の方へ持ってきた。
「飲ませてもいいけど、どっちかっていうと直接、傷口にかける方がいいかも」
薫は棘を素手で抜き、薬で濡らしたガーゼで押さえる。止血しながら、何やら詠唱もしていた。別途に用意していたガーゼの上にある、血のついた棘を見て、少しだけ不思議に思う。
「あれ、その刺って俺に素手で触るなって」
「ボクの場合は植物では死なないから、コレを触っても大丈夫なのであって」
「そうなのか」
「そうじゃなきゃやらないって」
理屈は護には解らないが、様子を見る限り、薫は平気そうなので、そういう事なんだと無理やり納得する。聞くと、薫達の血筋というのは代々、植物に愛されているそうで。植物からの攻撃は基本的に当たらないし、毒草を口にしても死なないそうだ。ただし、それ以外は普通の人間に変わりはない。
「ところで、薬の原料とかって、聞いても大丈夫か?」
「ボクが色々と調合したけど、中身はマンドラゴラとかだよ」
薬の中身を聞いたら、かなりざっくりとした答えが薫から返ってくる。ただ、薬草に関しては、自分より薫の方が知識はあるだろう。下手なモノは薫も用意はしないと思いたい。
「マンドラゴラって、惚れ薬とかに使われるっていうアレ?」
「一応、傷を癒すこともできるんだよ・・・ただ、マンドラゴラも毒があるから、一度に大量には使えないけど」
薬とされるモノも大量に使えば毒にもなる。それは護でも解る。
「傷はこれで大丈夫だよ、ただ、暫くは麻酔をかけたような感じだから」
「そうか、良かった」
「ん・・・外?」
「どうした?」
「しぃちゃんのカーバンクルが、ここまで鍵を持ってきたみたいだよ」
「わかるのか?」
「店の植物達がそう言ってる」
部屋を出た薫はすぐに戻ってくる。その手には金色の鍵があった。
「見付かって良かったね、もう無くしたらダメだよ、はい」
「あ、ありがとう」
薫から手渡された鍵は、ハートを三つ組み合わせたクローバーの鍵。紛れもなく護の鍵だった。
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朝になり、護は目を覚ます。どうやら《窓口》を看ていて、いつの間にか壁に寄りかかって寝ていたらしい。
「んっ・・・と、薫さんはもう店を開けてるのか」
部屋はドアが閉まっているが、その向こうから何やら、忙しなく物音がする。そして、当の《窓口》はまだ寝ていた。
「あ、護は起きたんだ?」
ガチャリとドアを開けて薫が入ってくる。そして護が起きたのを確認すると、隣の部屋に入っていった。
「何か食べる?」
「今起きたばかりだし、もう少ししたら自分で何か買いに行くから」
「別に遠慮しなくても大丈夫、果物とかもうちにはあるし・・・」
部屋のドアから顔を出して、薫は護に色々と聞いてくる。ここまでくると、本当にこの店は花屋なのかと問いたくなる。
「う・・・ん・・・?」
「あ、しぃちゃんも起きた?」
「おい、大丈夫か?」
《窓口》が目を覚ましたので、護は心配そうに覗き込む。顔色はまだ優れない。暫くはぼんやりしていたが。
「なんか・・・フワフワした感じです」
「まだ少し、神経毒の効果が残ってるみたいだね」
「そうなのか」
「ちょっと苦いけど、しぃちゃんに薬を飲んでもらいたいんだ、大丈夫かな?」
「はい」
起き上がるのもしんどそうだったので、護が《窓口》を支える。相変わらずだが《窓口》の身体は華奢だ。本当に強大な魔力持ちなのかを疑いたくなるほど、普通の人間と変わらない。
「そりゃそうだよ?ボクやしぃちゃんだって魔術師である前に、一人の人間なんだから」
「・・・本当にキミはわたし達を何だと思ってるんです?人外だと思ってたんですか?」
薫と《窓口》に言われて護は何も言わない、というか言えない。普段が人間離れした人間に言われると、改めて護は考えさせられる。
「別に人外だとは思ってない、異常だとは思うが」
「キミにとっての異常がわたしの普通なんですよ、残念な事に・・・やっぱり薬は苦いですね」
薫から手渡された薬を飲んで《窓口》は苦い表情だ。確かに見た目から苦そうだったけど。
「一応、解毒作用のあるモノだから」
そして隣の部屋から薫はまた何かを持ってくる。
「勝手で悪いんだけど、護が持ってた御守りを見せてもらったんだ」
「何かわかりました?」
「結構、ボクが見ても欠陥があったし、それじゃ効果が無くて当たり前かなって」
「そうでしたか」
その時、外から誰か入ってきたのか、チリンと鈴とドアが開く音がする。後で必要になるかはわからないが、護にも作っておくよと薫は店の方に出ていく。
「誰が来たんだろうな?」
「多分、この感じだと薫さんの親戚・・・二木の人ですかね」
「判るのか?」
「少しは」
《窓口》曰く、魔力にはその属性により波長というのがあるらしく、その波長が魔術書などの術式と、歯車のように噛み合う事で魔法が使えるとのこと。
「薫さんは植物を操ったり、他にも『幻術』とかを使うのに適した波長を持っている、それは親戚も似た感じだから判るのか」
「そういう事ですね、あと波長にも個人差があるとだけ」
そこまで完全にわかれば、個人が特定出来るらしい。魔力の感知は魔法を使うのに結構、素質があれば使えるようになるようだ。
「感覚としては、自分の魔力の波をレーダーのように広げて波の違いで感知するという感じですかね」
そう《窓口》は言うが、護には絶対にできないので、そうなのかとだけ言うに留めた。
「・・・そろそろ、放してくれてもいいんですよ?」
「え?大丈夫なのか」
「今は、少し身体に力が入らないだけですから」
「今はって」
それでは仕事に行けないでしょうと《窓口》はため息をつく。
「ちゃんと行くし」
「当たり前です」
「なら、それまでは・・・出勤時間までは、まだあるから」
「わたしが嫌です」
このままでは《窓口》は無理してでも、自力で動くだろう。護はそういう《窓口》の性格を知っているし、その《窓口》を護は意地でも止める事も《窓口》の方も知っている。
「お互いを知っているっていうのは、こういう場合に色々と面倒ですね」
「全く、ホントだな」
薫が店から顔を出す。若干、笑っているように見えるが、気のせいだろうか。
「二人とも悪いんだけど、こっち来てくれる?」
「わたしもですか?」
薫の言葉に《窓口》は少しだけ首を傾げたが、すぐに何かわかったのか、頷いてフラフラと立ち上がった。
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カウンターには二人の女性。向かって左側は、深緑の髪を三つ編みで一つにした紅緋色の眼だ。そして隣にいるの女性は、同じく深緑の髪をポニーテールにして、柿色の眼を持っている。
「ボクの親戚の二木の椿と楸だよ、向かって左側が椿、右側が楸」
二人とも協会の上層部の人間らしく、今回の事を本部に協力を依頼してきたのも彼女達らしい。二人は護を迎えに来たという訳ではなさそうで。
「悪いねぇ、飛鳥くん、こっちから協力をお願いしたっていうのに」
「全く・・・うちの部下がアナタの御守りに、いらん事をしたから」
どうも話は、護が渡された御守り(欠陥品)の事らしい。故意に使えないモノとすり替えられてたようだ。何処にでもいるものだな。
「何でまたそんな事を?」
「嫉妬だよ、飛鳥くんは結構、本部でも実力ある方だから、優遇されるでしょ?」
正直、護は優遇されてるような感覚はないが。周りからはよく言われる。この間も三月に言われた。
「知ってる?アナタは島全部の支部を含めても、試験の成績は上位だったんだってさ」
「護は魔力を持ってない人間にしては、異例中の異例なんだよ」
「・・・そうなんですか」
護はじっと《窓口》に目線をやるが、彼女はそっぽを向く。そりゃあ、彼女に試験を受ける前に何年も現場に無理矢理にでも放り込まれてたら、嫌でも必要な事はできるようになる。それにしても、こういう事があれば《窓口》も何かしら、椿と楸に文句の一つでも言いそうだったが。
「護くんがかなり実力を持っているのは事実ですから、そんなのは気にする事ではありません」
「で、椿と楸が謝りに来たんだ・・・榎と柊は?」
「二人は別の仕事を押し付けてきた、ホントはアタシだけで来るつもりだったんだけど、楸もっていうから」
「護くんは見せ物ではないんですけどね?」
頬杖をついて《窓口》はため息をついた。楸はただ単に、護と会ってみたかったらしい、というのが《窓口》の言葉からもわかった。
「そりゃ気になるじゃないですか、私達は殆んど本部になんて行かないし、それに仕事でも私達が直接動く訳でもないですし」
「大体、ここで動くのは榎と柊だしね」
「でも、表情を見る限り、彼は優遇されてたのも知らなかったって感じですね?」
「別に優遇しなくても良かったとか思ってます?」
「あのな、俺が優遇されてるとか、この間、三月に言われるまで俺は知らなかったぞ、しぃ」
「それはそうです、だって言ってないですし」
「そういう事くらいは教えてくれても良かったんじゃないか?」
「聞かれなかったですし?」
しれっと《窓口》は言ってのける。確かに、聞かれなかったから言わなかった、というのはわかる。だが、彼女の場合は聞いても答えない事がある。というか、そういったことに彼女が口出しも興味もないだろう。
「では、護くんに聞きますけど、それを知った所でどうするんですか?」
「別に、どうもしない」
「知る必要は?」
「・・・なかったかもな」
《窓口》と護のやり取りを見ていた三人は、ニコニコと笑っているだけだった。
「薫ちゃんも、植物達相手にお疲れさま」
「別に、しぃちゃんも手伝ってくれたし」
「二人も護くんも、まだ仕事はあるんでしょう?」
「もう暫くは」
なら、もう行った方がいいのでは、と《窓口》と薫も言うので、護達三人は店を出て協会へと向かった。




