陶酔を利用した情報提供
愛夢の訪問から数日。一人で《窓口》は、とある図書館を訪れていた。
「どうやら、不老不死の薬の開発による人体実験というのは、事実のようですね〜」
「それならば、今回もまた貴女にも協力をお願いしないといけませんね?」
図書館の受付にいる少女に《窓口》は、申し訳なさそうに頭を下げる。少女は慌てて《窓口》に「頭を上げて」と言った。
「そんないいんですよ〜、わたしも《窓口》さんには色々と助けていただきましたし」
紺色の髪を二つに結わえた、山吹色の眼を持つ少女。彼女は星野 亜星。この図書館の《管理者》であり《司書》の《情報屋》。今、《窓口》がいるのは『箱庭島』の南東の高台にある『星の降る街』。その町外れの崖の上に建つ、この島でも一番大きな図書館だ。この図書館にはありとあらゆる書物が天井まである本棚に収められている。それこそ漫画から魔術書まで、ジャンルは幅広い。
「今回も、わたしは関係者の家族構成とかを調べればいいんですかね〜?」
「それも参考にして口封じで殺すか生かすかを決めますからね、お願いできますか?亜星さん」
「もちろんですよ〜」
そしてキョロキョロと《窓口》は周りを見渡す。今日は来館者はいないのか、物音一つなく、亜星と自分の声だけが響いている。
「今日は彼、いないんですね?」
「あぁ〜、彼なら今、わたしのお使いで『水路と海の街』に行ってますよ〜」
亜星にも一人、助手の青年がいる。彼は護と同じで、魔法の類が使えない人間で、普段は図書館の見回りや本の整理などを引き受けている。あとは何かと亜星から雑用を任されてたりと、彼は彼で忙しいようだ。
「鍵を渡したのに、彼は陸路で『水路と海の街』に行ったんですか?」
「さすがに、自分が殆んど行った事のない場所は、どこに出るか彼でも分からないでしょう?」
「それなら亜星さんが代わりに繋げば良かったのでは?」
「そう言われたら、そうですね〜」
ニコニコと笑っている亜星に《窓口》は呆れた様子を見せる。
「さすがに彼も連れて行かないですよね?」
「もちろんですよ〜?そんな惨劇を行う手伝いをする、わたしの裏の姿を彼には絶対に見せられませんもの~」
亜星は彼の事を大層、気に入っているらしい。その彼も《窓口》と亜星が関わった事件で出会った訳なのだが。
「きっと異端審問官達も動きますよね?」
「その前に研究データの確保と抹消を、わたし達で実行しなくてはなりませんね〜」
「そういえば、前回の研究データは亜星さんがまだ持っているんですか?」
「ええ、地下二階の奥の部屋に禁書共々、厳重に保管してありますよ〜、まぁ・・・もしあの部屋を立ち入らねばならなくなったとしても、彼らではそう簡単には見付からないようにしておきましたけどね~」
ニッコリ笑って、亜星はピースサインを《窓口》に送る。この図書館には各階に書の保管場所がある。その中でも地下二階にある書庫の一つは、ひっそりと人目につかないようにあり、厳重に鍵までかけられている。その鍵の保管場所も亜星しか知らない程の重要な書庫となっている。世に出てはならない書の他に、亜星が出せないと判断した情報もそこにまとめて入れられているのだ。そして、万が一この書庫に誰かが立ち入らねばならなくなっても、本当に死守すべき情報は見付けられないように、さらに奥に隠し部屋まである。その隠し部屋も、見ただけやそこに触れただけでは扉も見付けられないようにできている。
「《窓口》さんが異端審問官達に関与が疑われたときは、少し焦りましたよ〜」
「まだ亜星さんにまで、捜査の目がいかなかったのは、わたしにとっても救いでしたけどね」
「それは禁断の棚を《窓口》さんが開けて、向こう(異端審問官達)が酷い目にあったからですよ〜、わたしの方にも来ましたけど、そういう書物が保管されてるって言ったら、それなら開けないでいいと言われたので」
保管されてるのは事実ではあるが、内心はヒヤヒヤしたと亜星はため息をつく。さすがに呪具で一人死んだらそれはね、と《窓口》は苦笑する。
「では、研究データの回収を実行する日と時間は、情報を見た上で、また改めて連絡しますね」
「えぇ、お願いします〜」
《窓口》は図書館を出る。亜星は《窓口》を見送って、傍にあった本を読み始めた。
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「研究所の強制捜査だが、明後日に諸君に実行してもらいたい」
今日も会議室で異端審問官達は、上層部からの捜査の日程などの話を聞いている。護はチラリと隣にいる三月を見る。相変わらず、このウサギは堂々と居眠りをしている。今回は起こさずに放置しておこうと護は考えた。
「以上、解散」
話が終わって、ぞろぞろと前回の会議のように異端審問官達は各自の仕事に戻っていく。護もまた荷物をまとめて部屋から出ようとする。
「護ー、今日は起こしてくれないのかよー」
「何を言ってんだ、起きてるじゃねーか」
「置いてかないでー」
拗ねたように三月が言うが、護はそれを無視して部屋を出る。
「全く、護も酷いよなー」
「自業自得だ、馬鹿野郎」
「《窓口》さんに言い付けてやるー」
「アイツに言ってどうする、お前の首が飛ぶ(物理的に)だけだろ?」
あとから追い付いて来た三月に、護は呆れた様子を見せる。三月はそんな事を気にせず笑っているが。
「護はこの後、なんかあったっけ?」
「帰るだけだが」
「本当に真面目だねぇ」
「お前が不真面目過ぎるんだよ」
一回、三月の顔面をグーでぶん殴ってやろうかと護は考えたが、さすがに、この馬鹿を殴って何かあったら《窓口》を嫌でも関わらせることになりそうなので、グッと堪える。
「オレも今日はもう寮に帰るだけだしー・・・どっか行こうぜ」
「またキャバクラとか言わないよな?」
「嫌なのか?じゃあ、今日はオレの行き着けの居酒屋にしよーぜ、んで、この件が終わったら、合コンでも開く?他の独り身の奴も呼んでさ」
いくらなんでも、色欲に溺れ過ぎやしないかと護は、呆れを通り越して三月の頭の中が心配になってくる。本当に三月ウサギなのではないだろうか。
「他の独り身って、誰がいるんだよ」
「ネロとか、八雲くんとかか?」
「みんなアイツの仕え魔じゃねーか、ホント、馬鹿か」
そんな事を話ながら道を歩いていると、一人の男性が一軒の店に入っていくのが見えた。
「なぁ三月、今、あの店に入っていったのって」
「ああ、護も見てたか、例の研究所の職員だ」
入っていった店は愛夢の経営するキャバクラ。こっそり店の対応を伺うと、どうも常連らしい。
「どうする?護」
「もしかしたら、何かわかるかもな」
「内密に協力してくれるのかね?」
「一応、ここの経営者は俺の知り合いだ、事情を説明すりゃ大丈夫だろう」
隣にいる三月は、護の言葉に何故か嬉しそうに笑っていた。
「・・・あくまでも仕事だからな?」
「わかってるって」
護と三月は店の中に入る。従業員の青年が対応しに受付に出てくる。
「あ、そういえば」
護は財布から一枚の金色のカードを出す。その瞬間、青年の表情が変わった。
「少々お待ちください、すぐにオーナーをお呼びしますので」
そして急いで青年は奥の部屋へ行ってしまう。三月が興味津々といった感じで、護の持つカードを横から覗き見ている。
「なぁ、そのカードってなんだ?」
「知らん、アイツがもし俺が仕事とかでここに来ることがあれば遠慮なく使えって、くれたモノだし」
ちょうどその時、二人の前に一人の女性が、さっきの青年と一緒に現れた。そして、護を見て、少しだけ驚いた様子だったが、すぐに笑顔で対応してくれた。
「あらあら、誰かと思ったら、しぃちゃんの彼氏くんじゃないの」
桜色のウェーブがかかった長い髪、珊瑚色の眼の女性。愛夢だ。
「えっと・・・愛夢さん悪いんだけどさ、さっき入ってきた男性って」
「あぁ、今入ってきたあのお客様ね?いつも決まって個室で飲んでるから、その隣の部屋に案内するわ」
ニッコリ笑って、愛夢はどうぞと二人を奥の部屋の、さらに奥の個室のある場所に案内する。
「やっぱ、可愛い女の子がたくさんいるんだなー」
「ウフフ、ここの娘達は殆んどが夢魔なんですよ」
みんな煌びやかで派手なドレスを着ている。だけど護は、なんとなく想像していたモノとは違うなとは思う。こういう所は、騒がしくて香水とかの臭いがキツいような、あまり良いイメージではなかったのだが、それがない。
「そんな、香水とかお酒に頼らなくても、夢魔は相手を簡単に魅了する事ができるのよ?」
それを最大限に生かして、愛夢はこの店を経営している訳だが。それならば客引きをしなくても、口コミだけで客が寄ってくるだろう。案内された部屋のソファーに護と三月は座る。
「どうする?誰か女の子を呼ぶ?」
「今回は仕事で来たんで」
「もぅ、護くんは相変わらず、つれないのね」
「それで、あの男性の相手はいつも決まってるのか?」
「最初のうちは女の子達をコロコロ変えてたみたいだけど、今では気に入った娘がいるみたいでね、その娘が今は相手してるから、終わったらその娘をこっちに呼んであげるわ」
そういって愛夢は一旦、部屋を出ていくが、すぐに戻ってきた。
「大丈夫よ、あの人の相手が終わったら、すぐにこっちに来てくれるって」
「すみません、突然の事なのに」
「フフッ、別にいいのよ」
三月は愛夢に護のカードは、一体なんなのかを尋ねる。
「このカードは本当に特別なお客様しか持ってないモノでね、どんなにアタシ達が忙しくても、優先的にお相手する事を約束するモノなの」
「なんでアイツがそんなの持ってたんだ?」
「だって、彼女はアタシの可愛い妹のご主人様なのよ?それは優遇しなくてはね?」
フフッと笑って愛夢はソファーに寄りかかっている。
「何か飲む?一応、お酒以外も置いてあるけど」
「じゃ烏龍茶」
「ウフフ、了解」
愛夢が従業員を呼ぶ。そして、ドア付近で何やら話をして戻ってくる。
「オーナーって聞いてたから、てっきりオレは男性が来ると思ってましたよ」
「別にね、シンくんにここの経営を任せてもアタシは良かったんだけどね?」
「シンくん?」
「アタシのお兄ちゃんの心夜の事よ、血は繋がってないけど」
そういえば、この夢魔の家庭事情は複雑だったな、と護は前に《窓口》から聞いた話を思い出す。
「前から思ってたけど、愛夢さんの家庭事情ってどうなってんだ?」
「えー?聞きたい?」
「かなり複雑とはアイツから聞いたんだけど」
「確かに、複雑って言えば複雑でしょうね」
護の言葉に、愛夢は困惑しながらも話を始めた。護と三月は、運ばれてきた烏龍茶を飲みながら聞く。
「まず、最初はアタシのママとパパが離婚したのよ」
愛夢の父はインキュバス、母はサキュバスなんだとか。だから、愛夢は純粋なサキュバスなのだ。
「その後に、パパがシンくんのお母さんと再婚して、來夢くんと亜夢ちゃんの双子が産まれたのね」
心夜の両親もまた悪夢同士で、心夜は純粋な悪夢(ついでに連れ子)。そして、その母との間に双子が産まれたので、その双子は淫魔と悪夢の両方の能力が使えるらしい。それができるのは、護は一度見ている。
「だけど、シンくん達のお母さんが《夢食いバク》に襲われて、食べられちゃってね・・・」
その後、愛夢の父は愛夢の母と再婚。弟ができたらしい。
「ちょっと待った、心夜さんは、父方に戻らなかったの?」
「それがね、シンくんのお父さんの血縁者も、ほとんど絶縁状態になっててねぇ・・・まぁうちのお父さんと養子縁組みはしてるし?戻らなくても問題はないんじゃない?」
「何それ酷い」
さらにその後、愛夢の母はとある事件に巻き込まれて死亡、父はまた悪夢と再婚したらしい。またその相手には連れ子がいて、それが一番下の妹なんだとか。
「その妹も純粋な夢魔?」
「そうよ、シンくんと同じで、純粋な悪夢の娘よ」
何かと酷い血縁関係だった。っていうか、愛夢の父が凄いと思った、色々と。
「オーナー、隣のお客様がお帰りのようです」
「あら、そう」
愛夢はドア越しからの声に、一旦、部屋を出て行った。




