夢魔の誘惑、甘い陶酔
「とある研究所で、人体実験をしているという情報が入った」
協会の本部の会議室。護を含めた異端審問官達は、資料を見ながら上層部の話を聞いている。真面目に聞いている者もいれば、とても退屈そうに頬杖をつきつつも、これは大事な話だからと聞いている者、長い話に小さく欠伸をする者も、ちらほら。
「前回は何者かによる襲撃があったようだが、今回もそれが無いとは限らない」
「その前に強制的に捜査を実施して、この研究所の実態を把握してもらいたい」
これまた厄介な話が出てきたな、と護は小さくため息をつく。こういう場合は《窓口》に相談も協力要請もできない。前回は護もまだ学生だったので、そこまで内容には詳しくないが、聞いた話では異端審問官が強制捜査に出る前に、その研究所が何者かの襲撃に遭い、そこの研究データが無くなっていたそうだ。何とか、人体実験を立証するデータは《窓口》のお得意先である《情報屋》が、どこからともなく入手してきた(入手経路は全く教えてくれない)ので、ひとまず当事者を法で裁けたが。さすがに二度も同じ事になっては困るのだ。それこそ本当に《窓口》達に真っ正面から「無能の集まりなのか」と言われる。ただでさえ何かと頼ることが多いからか、彼女達を良く思ってないのも上層部の中にはいるんだそうだ。
「この事は誰にも口外せず内密に頼む、以上」
話が終わり、ぞろぞろと各自部屋を出ていく。
「おい、三月、起きろ」
「ふわぁ〜・・・やっと話、終わった?・・・って、痛い!!耳引っ張るのはヤメテ」
隣にいる、焦茶色の毛のウサギの耳を、護は容赦なく引っ張る。大事な話をしているというのに、この三月は居眠りをしていやがる。なんでこうも呑気でいられるのか、この馬鹿は。
「話、長いんだもん」
「だからって居眠りしていいってわけじゃないだろうが、馬鹿野郎」
護はこんな三月に構っていられないと、荷物をまとめて部屋を出る。
「あ、護、待って、置いてかないでー・・・」
慌てて三月も荷物をまとめて、部屋を出ていった護の跡を追う。
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協会の資料室で護と三月は前回、襲撃されたという研究所の事件を調べることにした。話を聞いただけでは、状況がどうだったとかがわからない。
「前回は合成獣の研究所か、表向きは動植物の品種改良とか遺伝子の研究とかをやってたみたいだが、裏で生物兵器を作ろうとしていたらしいな」
「その時の被験体の殆んどは、隠蔽を図った研究員に殺されたみたいだ」
「そこに何者かの襲撃があり、それに伴い研究データが紛失、または盗難にあった、その盗難を目撃したのかは不明ではあるものの、口封じの為か研究員が何名かその場で殺害されている、か」
その光景を写した写真は、言葉通り、血の海になっていた。それには実験台にされた生物のモノもあるのだろう。
「そこの所長は裁判により死刑、幹部も無期懲役等々、その他関係者に関しては、禁固6年・・・執行猶予2年?」
「この襲撃の生存者は実質、人体実験を直接指示していた中心的な奴か、家族持ちで上から圧力かけられて、仕方なく関与していたらしいぜ」
「被験体の何匹かがどこかに逃亡したのか、現在も一匹が行方不明、さらに襲撃した犯人も手口も動機も、未だ不明・・・?」
三月の話を聞きつつ資料を捲り、護は不審に思う。そんな生物兵器になりそうな存在が、研究所から逃げ出したというのに、なぜ未だ見付かっていないのか。そして襲撃した犯人も。
「生存者に襲撃した犯人を聞いても、全く誰も何も覚えてなかったのか?」
「どうも犯人は魔術師か幻術師だとかが一緒にいたらしいかで、姿を隠したり記憶を消したりそういう魔術やら魔法を使ってたっぽいな、それにハッキングもされてたのか、監視カメラにも犯人の姿が全く映ってなかった」
それが簡単にできそうな人物は、何人か護は知ってはいるが、前回の時も強制捜査は内密にされてたはずだ。どこからそんな情報が漏れたのか。というか、漏れていなくてもあの《情報屋》のことだから、非合法な手段だとしても手に入れることは可能だろう。どうしようもない。
「噂じゃ、どっかから夢宮が情報を掴んでてこの襲撃に関与していて、研究データも持っているって話だったらしいよな」
「・・・それ、本当なのか?」
「そう言われてたから確認したんだけど、ここの会長室からも夢宮家からも、関与した証拠も盗られた研究データも、一切何も見付からなかったけどな」
それを聞いて護は、この件には《窓口》が関与しているのではないかと思う。
「《窓口》が関与している可能性は?」
「夢宮からの依頼でか、それも確認済み」
《窓口》の家からも、証拠や実験データは見付からなかった。それを聞いていて、ふと思い出した事があった。
「まさか、曰く付きが入ってるって棚の中に・・・?」
「あー・・・その棚もな、彼女に無理言って見せてもらったってよ・・・ただ、それで一人、死んだけどな」
三月は笑って言ってるが、護は笑えない。本当に《窓口》は現原家に持っていけない呪具の管理もしてるらしい。
「ちなみに、その呪具って・・・?」
「《窓口》さんが、ちゃんと責任を持って回収と封印をしたよ」
本当に亡くなった人には申し訳ないな、と護は心の内で合掌する。同時にそんな危険なら、何があっても開けてはダメだろうと思うが、もし自分が犯人だとしたらそこに隠す事は誰もが考えるだろうと彼女も思っていたのか、捜査協力としてだしと、ちょっとした軽い気持ちもあったのだろうか。
「そいつさ、毎度のように人形だか何かに電話されてたんだって、この時点でもう病んでるよな」
「それを笑ってられるお前は感覚が狂ってるけどな」
多分、これからは、何があってもあの棚は開けられないだろうけど、と三月は言う。そういえば、この頃に《窓口》はリオネットを家に連れてきたことを護は思い出す。ただの偶然なのか、それとも。
「なぁ、三月、お前はリオちゃんと会ったことってあるか?」
「《窓口》さんの所の、ゴスロリボクッ娘の幼女だろ?あるよ」
「あの子って妖魔の子らしいけど、種族って何なんだろうな?」
「護、知ってるか?種族名が個別にある妖魔の方が珍しいんだぜ?」
「そうなのか?」
壁に寄りかかり、三月は笑って護を見ている。
「まぁ、オレなんかはウサギの『獣人』だけど、大きな『獣人』の括りの『人狼』以外のその他だしな」
「なかなか表現ができないわな」
「そういう意味では大きな括りすらない魔物だとか、妖怪ってのはいるんだぜ?」
つまり、リオネットは一人一種族の妖魔だということか、と護は納得する。
「でも、なんでまた護はリオちゃんのことを突然、聞いてきたんだ?」
「いや、ただ・・・リオちゃんがアイツの家に来たのも、この事件の起きた頃だったからさ、実はこの逃げ出した被験体の一体なんじゃねーかなとか思ったんだよ」
「それは考え過ぎなんじゃねーの?護は変なところで《窓口》さんの仕業にしたいみたいだけど」
「それだけ、説明できないけどアイツが裏で関わってる(らしい)事件があるんだよ」
ただ、それは証拠も何もないから立証ができないというだけで。彼女がそう、易々と証拠を残すとも思えないし、実際に関わっていてほしくもないというのが本音だが。
「でも、そういう事をする人じゃねーってのは、お前が一番知ってるんだろ?幼馴染みなんだし」
「そこを逆手に取って行動するのも、またアイツなんだよ」
特に、一人で出歩いている時の《窓口》は、何かしら事件に関与している可能性が高い。殆んど彼女が一人で理由も何もなく、外を出歩いている事は無い。
「だけど、今回は彼女を気にしてる場合じゃないんだろ?それに口外も出来ないしな」
「・・・呑気に居眠りしてた癖に」
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仕事を終えて、護は協会の建物を出る。今日は何故か三月も一緒だ。
「なぁ、護、今日はどっか寄ってかないか?」
「どこ行くんだよ?居酒屋とかか?」
「キャバクラとかは?・・・あ、護はそんな所行ったら《窓口》さんに怒られるか」
三月はわかってて言っているのだろうか。護は大きくため息をついた。
「言っておくが、別に俺はアイツと付き合ってる訳じゃないからな?だから、特に口出しはしてこねーよ」
「ふーん、なら例えば、オレが《窓口》さんを彼女にしちゃっても護に文句はないよな?」
「だけど、お前がアイツを泣かせるような事をしたら容赦しねーぞ?」
その時の護の目は、かなり本気だったように三月には見えたようだ。少しだけ、その笑顔が引きつっていた。
「まぁ、オレがあの《窓口》さんと付き合うとか、絶対に無理だろうけどな・・・」
「一回、お前は当たって玉砕されればいいと思う」
大きな通りから外れた道を歩いていると、一軒の店の前で三月が足を止める。護はその店の看板を見て、店が《窓口》の仕え魔の亜夢の姉が経営しているキャバクラであるのを思い出す。そうでなくても、今、二人が歩いている道は、居酒屋だったり風俗店が集まる場所だ。
「ここってさ、夢魔のやってるキャバクラだよな」
「ん?そうだな」
「ここ確か、政治家とか要人が密かに利用してるらしいぜ」
「へー・・・そうなのか」
《窓口》が言うには、別に他の店のように客引きをしてる訳ではないが、相当、客足があって繁盛しているらしい。周りを見ると、店の前で客引きしてる風俗店はちらほら見られるが、この店の前は誰もいない。
「アイドルとかキャバ嬢に貢いで、一体、何が楽しいんだかな」
「えー?護にはわからないかー・・・可愛い女の子と過ごしたり頑張る少女を応援する、その時間が男には堪らないんだよ?」
「俺には、アイドルとかキャバ嬢に貢ぐ野郎の気持ちなんか、一生解らねーよ」
「護は形のある、その目で見える見返りを求めるんだな」
それはそれで、何か誤解を招くような気がするが、三月の言うことは護には理解できない。
「別に、上部だけの関係にそこまで熱を入れる事ではないだろうって事を、俺は言いたいんだよ」
「実際、自己破産するまで女の子に貢いでっていう事からの事件も起きてるしな」
呑気に三月は笑っている。まぁ、ここのはキャバ嬢っていっても殆どが夢魔だしな、戦闘能力は少しはあるだろと護はまた歩きだす。
「でも夢魔の怖い所はさ、意識を夢の中に持っていかれる所だよなー」
「そんで、そのまま自分の意志では戻ってこれないっていうな」
「まぁ、オレは可愛い女の子になら、夢の中で死ぬまでキャッキャッウフフ♡な事なら大歓迎だけどな」
「やっぱ、三月は一回、痛い目に遭うといいんじゃないかな」
護から冷たい視線を向けられているが、三月はただ笑っている。いつもの事だが、三月は何かと笑っている。(そう見えるだけで空気が読めない訳ではないみたいだが)
「お前は、何かと人生楽しそうだな」
「護が真面目過ぎるんじゃないかね?・・・まぁ、優遇されてるくらいだから真面目じゃねーとな」
「は?優遇されてるとか初めて聞いたんだけど」
「あ?お前、気付いてなかったのかよ」
護の反応に三月は驚きというか、何を言ってるのかわからないという表情を見せる。護にしてみれば、それは寝耳に水な話な訳で。
「お前ってさ、今、一人暮らしだよな?」
「そうだけど」
「寮生活じゃないだろ?」
「違うな」
「それって異端審問官の、特に無力な人間だとかなり異例なんだぜ?」
「そうなのか?」
護の反応に、本当に知らなかったのかと三月は呆れているようだった。
「それだけ《窓口》さんの後ろ楯は強いんだな」
「別にアイツが何かしたとかはないぞ?」
「あのな、あの夢宮から直々に誰にも言えないような仕事を貰ってるような人だぜ?彼女が何かしてなくても、その影響は半端ないだろう?」
そう言われたらそうなのかもしれないが、そんな事は護は知らないし、何かしたっていっても、試験勉強や実戦に必要な体術とかは(半ば強制的に)教えてもらったくらいだ。
「それだけでも、かなり珍しいくらい恵まれてる」
「ただ、それだけで俺が優遇されてるっていうんなら、周りには本当に申し訳ないけどな」
「それだけって、かなりの英才教育ものだぞ?」
ただ、三月はどことなく納得した様子。護はあまりに当たり前すぎて、自分が以外と普通ではなかったことを思い知った。




