追送の果てに得るモノ
「俺、今日はこの家にいようか?」
「あら、泊まるんですか?」
「何かあっても、しぃだけでは大変だろ?」
「それは・・・否定しません」
いくら、ネロの風邪が人には感染しないと陽が言っても、人に感染しないだけで、他の同居人に感染しないとは言っていない。広がれば、それだけ《窓口》にも負担がかかる。
「看病して、逆にお前が看病疲れで倒れそうだしな」
「わたしはそこまで病弱じゃありませんよ?」
酷いですねとだけ言って《窓口》は、色々と処方された薬の小瓶を見て、一回分ずつ分けている。
「陽さんは、吸血鬼は回復が早いだろうから、心配はないとは仰いましたけどね・・・一応、一週間分、処方されてるけど」
後ろから様子を見ていた護は、なんだか《窓口》が小さい子を診る母親のように感じた。
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《窓口》はまだ他にやる事があるらしく、護にごめんと頭を下げてネロの部屋を出ていった。
「・・・仕方ないな」
「悪いね、護」
「別に構わないさ」
そういえば《窓口》は『ネロ』と『ノワール』をどう見分けているのか。こんな時だというのに、ふと、そんな事を思ってしまう。ある意味、暇でもある。
「僕も、その鏡を見るまでは判らなかったんだけど、入れ替わると眼の色が変わるんだ」
今は琥珀色の眼だが、人格が入れ替わると紅くなるんだそうだ。吸血鬼は鏡に映らないんじゃないのか。それとも、この鏡が普通じゃないのか。
「でも、夜中だとわからないような・・・?」
「彼女はそれでも、僕らを確実に見分けるんだよ」
前に入れ替わって、ノワールがネロの口調で話しても、彼女には判るらしい。それは謎。
「ふーん・・・」
「本当に彼女には適わないよ」
「それはそうだろうな」
なんせ、同居人を八人も(ネロを含め)従えてるんだから。
「アイツの話だとお前、吸血鬼の癖に吸血行動を拒絶してるんだって?」
「僕の時は出ないというか、そんな事はしたくないんだけど『ノワール』の方も、最近はなんだか嫌、らしい」
だから、最近はなおさら出てきても、入れ替わることが少なかったようだ。本当にどうしようもないときは夜中にこっそり外に出る事をしてるようで。
「でも、この間アイツに」
「あぁ、しばらく入れ替わってなかったからバレないと思ってたら、あっさりバレてね」
その時は大した衝動ではなかったらしいが。うっかりしていたそうで。
「フラッシュバックは?」
「『ノワール』はあるらしいが、僕の時はほとんどない」
「お互いに記憶は共有してるんだよな?」
「衝動的な記憶は『ノワール』が全部背負ってるし、僕には思い出すことができないようにしてくれって、彼女に直接頼んだんだって」
なんだか、お互いに大変な思いをしているんだな、と護は思う。そして、それを叶える《窓口》の方も。きっと《窓口》も乗り気ではなかっただろう。
「僕と『ノワール』にとって、彼女は本当に大切な人だから」
「つまり・・・」
「『ノワール』が言ってたのは、このまま彼女を殺してしまうかもしれないのが、怖いんだそうだ」
それをしないように僕という人格があるのにな、とネロは言う。
「それでも無茶する方が、アイツは」
「それは僕らも解ってるんだよ、だけどね」
「ないとは限らない、か・・・」
ネロは頷く。相当《窓口》は我慢しているらしく、それが心苦しいようだ。
「人間の血以外ではダメなのか?」
「他の子に頼んだことはあるんだけどさ」
「・・・で?」
「なんというか、うん・・・やっぱり人と妖魔の違いなのかな?ちょっと身体が受け付けない」
──護はふと、自分が《窓口》に学生時代に聞いた事を思い出す。
「なぁ、しぃ」
「どうしました?」
「なんで妖魔は人間を喰うんだ?」
「妖魔は人の持つ霊力を自分の魔力に変換するんですよ、そうする事で強くなれるんです」
今ではそこまで強くなる必要はないものの、野生ではやはり強い力が必要だったりするらしい。
「吸血鬼は特に人間の血、好みはあるようですが・・・一番、効率がいいみたいですね?それが例え少量でも」
その時は、護も聞き流していたが、今の話で理解する。
「本気で力を使わないといけない時も、衝動的になる事も、そうそう、ないんだけどさ・・・」
「でもこの家の人間はアイツしかいないだろ?」
「そうね、でもわたしはネロくんが夜に外を出歩くことは制限した覚えはないんですけど?」
いつの間に、部屋に入ってきていたのか《窓口》は護の後ろに立っていた。
「まぁ、わたしは魔力持ちですから、血であれど、ネロくんからそんな多量を求められたこともありませんが」
手には、ネロと護の夕食を乗せたお盆。それを、テーブルに置いた。
「ただ、魔力持ちの大人、それも男性だと返り討ちのリスクがあるから、普通は力の弱い女性や子どもを狙うんですけどね」
「それで、被害者はそういうのが多いのか」
今となっては、妖魔も人間と同じ食事でもあまり問題はないんですけどねと《窓口》は笑う。ただ、人間を捕食するのは全ての妖魔の本能であり、仕方ないことだと言う。
「食事は置いておきますから、食べたらネロくんは薬を飲んでくださいね?」
「ありがとうございます」
「俺の分まで悪いな」
「一人よりは、複数での食事の方がいいじゃないですか?」
そう言って《窓口》は部屋を出ていった。まだ《窓口》の仕事は終わってなかったようだ。
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「なぁ、ネロ」
「なんだい?」
「なんで『裏』の人格にまで、別の名前がついてるんだ?そのままじゃダメだったのか?」
「うーん・・・何となくかな?お互いは同一人物だけど、全く別人だから・・・だから必要かな?って」
今は護が相手だから、ネロの言葉も多少は砕けているが、入れ替わっている時は本当に別人のようになる。それこそ、論理的な枷が外れているというか。護が目の前にいたとしても、人を襲うことや殺めることに躊躇がなくなっているような。それは《窓口》に対しても、そうなのだろうか。
「僕が見る限り、彼女の前では好戦的なのは、隠してるっていうか、多少は抑えてる感じはあるね」
「猫かぶりにも程があるじゃねーか」
「そんな自分の主に対してまで、護と同じ態度を取る訳がないだろ?」
これに関してはネロだけではない。ここの同居人達の殆んどは《窓口》の言葉に従順だ(装ってるかは別)。仕え魔達は個人的に何かしら恩があるようで、彼女に悪意を向ける者は、例え身内であろうと、血縁関係者でも容赦なく排除にかかる。
「よく、俺はここに出入り出来るよな」
「護は、彼女と小さい頃からの仲だからじゃないか」
護はそれは否定しないが、果たしてそれだけなのだろうか。特に最近はよく《窓口》を危険な目に合わせてる気がするが。正直な話、護としては彼女を巻き込みたくないのだが。
「僕らも、護は信用してるって事だよ」
「協会といい、お前らといい、いくらなんでも俺を買いかぶり過ぎじゃないか?」
「それは、彼女に対してもそう言えるのかい?」
護はその問いには答えない。それは、答えていいのかもわからない。
「護は買いかぶり過ぎだというけど、案外、自分では気付いてないだけ、かもしれないよ?」
「・・・何が?」
「まぁ、いいけどね」
「もう薬飲んで寝ろ」
「クスッ、わかったよ」
何の事かはわからないが、薬の小瓶をネロに渡して、護は食器を片付けるのに部屋を出る。
「そういえば、アイツは覚えてるのかな?」
ふと思い出した事があったが護は、まぁいいやと、食器を持ってキッチンへ向かった。




