追想を追送
《夢幻福音の家》の庭で《窓口》は詠唱する。すると、不思議なことに、家の周りだけに雨が降りだす。
「・・・これで少しは、比較的被害は軽減しますね」
「大丈夫かよ?」
「では行ってきます」
トンッと、軽く地面を蹴って《窓口》はネロとの間合いを詰めていく。だが何かを察したのか、ネロが逃げるので、その距離がなかなか思うように縮まらない。
「うーん、後ろに回り込もうにも、反応が早いなぁ」
さすがは吸血鬼というか、身体能力は人間より高い。攻撃を直に受ければただでは済まない。上手く防御しつつ、動きを制限しなくては。
「正面から行くしかないですね・・・」
《窓口》は一旦動きを止める。一回、深呼吸をして、ネロの動きをよく観察する。
「よし」
少しだけ、本当に少しだけネロの動きが止まる。
「うふふ、捕まえた♪」
その一瞬の隙を突いた《窓口》は、ネロに背後から抱きしめるように捕まえる。
「ぁ」
「箱の中で、猫は静かにしてなくてはならないものですよ?」
ネロは最初は抵抗していたが、次第に緩やかに落ち着きを取り戻し、動きが完全に止まる。
「わたしの声が聞こえますか?」
「・・・ぅ・・・ん」
「少しの間、目を閉じているといいです」
その後、ネロはその場で意識を失ってしまった。
「夢さん、彼を暫くの間ですけれど、わたしの方で預かってもいいかしら?」
「しぃちゃんがそれを望むなら、お願いします」
それから孤児院では、護の友人達が呼んだ大人達に、夢と護が対応して、てんやわんやだった。その騒ぎに乗じて《窓口》はいつの間にか、いなくなっていた。
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「それにしても、あの頃からお前って容赦なかったよな」
「あら、そんな事ないですよ?」
ソファーに座りなおし、護は《窓口》を見る。当の本人はただ笑っている。
「さて、ネロくんの様子でも見にいきますか」
「本人は絶対に来るなって言ってるのに、意外と性格悪いな、お前」
「そのまま放置して、それこそ暴走とか、わたしはもう嫌ですよ?護くんはまた、わたしに荒療治しろと?」
ソファーから立ち上がってドアを開けようとする《窓口》に護も仕方なさそうに立ち上がる。と、ちょうどドアが開きネロが入ってくる。
「ネロくん?・・・えっ?・・・あっ」
「すみません・・・主」
ネロは《窓口》に覆い被さるようにして倒れる。ネロを受け止め切れなかった《窓口》は、そのままバランスを崩して、一緒に倒れる。護も慌てて《窓口》を支えようとするが、間に合わなかった。
「おい、大丈夫か?二人とも」
「・・・護くん、キミにはこの状態が大丈夫に見えるんですか?」
《窓口》とネロの体格差と、身長の差を見ても、どう考えても大丈夫ではない。なんとかネロを、彼の部屋に護が運んで、ベッドに寝かせる。
「・・・38.2℃」
「風邪かなんかか?」
体温計を見て《窓口》はため息を一つ。
「今の時期で、急な熱ってインフr「まずそれって、妖魔でもかかるのか?」
《窓口》の言葉を遮って、護は《窓口》に疑問をぶつける。それに対しては知らないと《窓口》は首を横に振る。
「この間のでも、血が足りてないかと思いましたよ」
「杞憂で良かった、のか?違う意味で良くはないけどさ」
《窓口》は黙って部屋を出ていく。薬でも取りにいったのだろうか。
「う・・・ん?」
「大丈夫か?ネロ」
「ぁ・・・護・・・?」
目線だけを護に向けて、ネロは起き上がろうとする。
「お前、熱あるらしいから、そのまま寝てろ」
《窓口》といいネロといい、なんでこの家にいる連中は体調不良の時に無理をするのか。
「主は?」
「薬を取りにいったか、もしくは《日向》か《月守》に連絡を入れにいったよ」
「・・・そうか」
それだけ聞いて、またネロはまた目を閉じる。また眠ってしまったようだ。
「一応《日向》と《月守》に連絡してきました」
「おぅ、向こうはなんだって?」
「《月守》は今から、《日向》は仕事が片付いてから来るそうです」
「そうか、ってどこ行くんだ?」
護の質問には答えず、それだけを伝えて《窓口》は部屋を出た。
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「これはまた珍しいけど、風邪だね・・・ただ人のとはちょっと違うんだ」
「人に感染ることは?」
「それは大丈夫・・・いくら形が人に近いと言えど、妖魔は人とは違うから」
「またなんで風邪ひいたんだか」
「多分、無意識にでも無理してたんじゃないかな?」
陽の隣で護はネロの病状を伺う。当のネロの主人は、二人の後ろでもう一人の女性と何かやっている。黒檀の髪に橙色の眼。彼女は月守 月姫、《薬剤師》だ。
その髪は腰よりも長く、まっすぐに切り揃えられ、三日月の装飾のされた橙色のカチューシャを着けている。
「月姫さん、他に必要なモノは?」
「あ、あとコレがあれば」
「持ってきます」
病人がいるのに、バタバタと騒がしいというか、なんというか。
「月姫ちゃんの薬の方が、妖魔達には効くからね」
「そうなんですか」
「特に吸血鬼は人と同じ薬を飲ませても、あまり効かないんだよ」
「それは知らなかった」
護は月姫の薬の調合を覗くが、なんだか理科の実験をしているように見える。
「月姫さん、コレ持ってきました」
「ありがとうございます、あとは・・・」
一通り調合は済んだようだが、月姫は《窓口》と護を見る。
「ほんの少しだけ、どちらかでいいので、血を分けていただきたいのですが」
申し訳なさそうに月姫は二人に言う。なんでも吸血鬼の薬には血が少量必要なんだとか。その方が吸収が早いとか何とか。
「いくら処方薬でも、知らない人の血はきっと彼も嫌でしょう?知らない方が幸せっていう事もありますが」
「具体的にどれくらい必要なんだ?」
「一滴程あれば十分です」
「噛まれるよりは痛くないですよね、っと」
《窓口》が、ポケットからカッターナイフを出して指先を切る。切った場所から、血が滲む。
「じゃあ、この試験管に」
「お前、なんでそう事に関しては、行動が早いんだよ」
「グダグダやっても仕方ないでしょう?」
護は頭を抱える。若干《窓口》は常識というか、感覚がズレている。なんでそう、自傷行為を躊躇わずに出来るのか。
「一応《窓口》さん、消毒しておこうね?」
「あ、はい」
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診察を終えた陽と月姫が帰り、部屋には《窓口》と護が残される。《窓口》の左手の人差し指には絆創膏、少し血が滲んでいる。
「そういえば、あの暴走の後に、何やって今のネロはこうなったんだ?」
陽と月姫から貰った処方箋を読む《窓口》に、ベッドの横で座る護は話しかける。
「まぁ・・・飛んでた理性を引き戻しただけなんですが」
「それをわざわざ別けたのか」
「わざわざというか、元々から人格にといいますか、ズレは生じてたみたいなんですよね・・・」
薄れた理性を引き戻した上に、それは今では枷のようになっているらしい。
「元々の『裏』の人格は、吸血鬼としての本能と能力がそのまま、つまりは本来の、素の彼ですね・・・その大元の人格が人と関わっている内になのかはわかりませんが、もしかしたら無意識に最初から抑え込む為に、今の『表』の人格の元が出来上がっていたのかもしれません」
「だから『ネロ』の時は吸血行動を拒絶するのか」
最近、お互いの人格は和解したのか何なのか、何もなくても入れ替わることも多いようだ。さらには、お互い入れ替わっていても会話や意思の疎通ができるようにもなったらしい。
「それはそれで、良かったんじゃないか?」
「ただ、わたしの力の副作用というか、その・・・関わった後遺症と言いますか」
「もしかして」
「彼は一瞬で見たモノ、聞いた話を記憶する能力が発現してしまいました・・・何か無意識にでも願って、中途半端に叶ったようで」
それから、ネロの話だと度々『裏』の人格はフラッシュバックを引き起こしているらしい、それは誰にも悟られないようにしてるようだが。そして『裏』のは、ネロが惨状を見たりしないようにもしてるようで、度々そういった事があると入れ替わってたりするようだ。
「こういう時、自分で自分を呪いたくなりますね」
「それは多分、ネロも望まないよ」




