記憶の追憶、もしくは追想
──《窓口》と護がまだ学生の頃の話。黄昏時の町を二人は歩いていた。
「しぃ、また飛び級したの?」
「えぇ、しましたよ」
二人の学校は小学校から高校までのエスカレーター式。ただ護が中学に上がる頃には《窓口》はすでに高等部にいたが。
「それに、わたしだけじゃないですよ?響と麻白、琴葉もです」
「うわぁ、マジかよ」
「学年的にはわたしも三人より下になりますね」
「・・・俺らって同い年だよな?」
《窓口》と護は登下校はいつも一緒だった。《夢宮》の家と護の実家は近かったし両親同士も仲が良く、その頃はまだ《窓口》も《夢宮家》に居候していた。
「みんな入った時は一緒だったんだけどな・・・」
「護くんも飛び級使えばいいじゃないですか、一応、条件は満たしているのでしょう?」
腰まである黒髪と髪飾り(正確には四つ葉の装飾の下についてる丸い石)を揺らして《窓口》は護の隣を歩く。
「そうは言うけどさ」
「護くんには護くんの生き方がありますからね、わたし達がどうこう言うものではないですよね」
しばらく歩いていると、何人かの少年達が路地裏で何か騒いでいる。
「喧嘩か?」
「だとしても、首を突っ込むのは危ないですよ?護くん」
この頃は二人共、携帯なんて持っていなかったし、周りには大人は誰もいなかった。そして加害者側は他校の者のようだ。
「加害者は魔力持ち、被害者は妖魔の子と無力な子みたい」
「なあ、あっちに近づかないでなんとかしてやれないか?」
「それは出来るけど・・・もし見付かって先生達に怒られても、わたしは知りませんからね?」
《窓口》は学生服のポケットから一枚の札を出して、少年達に向かって投げた。
「──《炎弾》」
札は火の塊となって飛んでいく。加害者の少年達はいきなりの《窓口》の攻撃に驚き、逃げていく。
「おい、大丈夫か?」
「あ、ありがとう」
《窓口》と護は被害者となっていた少年達に駆け寄った。服装を見ると、同じ学校の生徒だった。
「なんでまたこんなところで?」
「僕ら、孤児院に帰る途中だったんだ」
「孤児院?もしかして《夢幻福音の家》か?」
「確かにこの道を行けば近いですね」
《窓口》は護の少し後ろから少年達の様子を伺っている。そして漆黒の髪に琥珀色の眼の少年に向かって言う。
「貴方は妖魔の子でしょう?あれくらいなら追い払えたはずでは?」
「それは・・・」
「まぁいいですけど、護くん帰りましょう」
「ああ、そっちも気を付けて帰れよ」
じゃあなと、護はさっさと前を歩く《窓口》を追っていった。
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次の日の昼休み、護と《窓口》の二人は先生に呼び出しを受けて《窓口》が反省文を書かされた。どうも、仕返しとしてあの他校の少年達にバラされたようだ。
「人助けしたのに不条理というか理不尽というか・・・」
「仕方ないじゃないですか、わたしは校則違反したんですから」
生徒指導室を出ると昨日の妖魔の少年がいた。その頃の彼の漆黒の髪は、まだ結べるほど長くはなかった。
「あ、昨日の」
「僕、ネロっていうんだ・・・昨日はありがとう、あとごめん」
「別に構わないですよ?実際、わたしの状況は良くないですが」
「まだ、あそこで見捨てるよりは、助けて怒られる方のが良いだろ」
「それはそうですね」
二人の様子にネロは少し安心したようだ。
「昨日、二人の名前を聞き忘れてたから」
「俺は飛鳥 護で、こっちは・・・しぃ、俺の幼馴染みなんだけど」
「夢宮 詩音、です」
「仲が良いんだね、二人は」
「別にそんな事は」
「悪くはないですけれど・・・」
この頃まで《窓口》は《窓口》ではなかったし、普段から偽名を使っていた為に、護は呼びやすく彼女を『しぃ』と呼んでいた。他にもこの呼び方になった理由はあるが、割愛。
「本名はあるんですけど、訳があって・・・」
「そうなんだ、でも《夢宮》ってことは」
「親戚ってだけらしい、今は《夢宮家》の所にいるからなんだとさ」
護の言葉に《窓口》は頷いている。
「ところで、わたし達に何か?」
「あ、その、ただ昨日一緒孤児院の子がお礼言いそびれたって」
「別に構わないのに、なぁ?しぃ」
これにも《窓口》は頷いているだけだった。この時が二人にとって、初めてちゃんとネロと会話をしたのである。やはり男子同士、ネロとも護は交流するようになっていた。クラスや種族は違っても、友人関係があるのは別におかしいことではなかったし。それは普通の事だった。
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しばらく経ったある日。《窓口》は一匹の黒猫を連れていた。
「あれ?しぃ、その猫はどうしたんだ?」
「護くんこの子はね、わたしの仕え魔なんですよ」
「えっと、あたしマヤと申します、真の夜と書いて真夜です」
《窓口》の肩の上で真夜は護に一礼をする。
「見てくださいよ、この子の眼、蒼い月みたいに綺麗でしょう?」
《窓口》は真夜を護の方に向けて抱き上げる。覗き込むと、その蒼い眼は月のように輝いていた。
「確かに綺麗な蒼い眼だな、望の所の子みたいに二つ名とかつくといいな」
「ですね♪」
真夜を撫でながら護は《窓口》の周りの様子が慌ただしいことに気付いた。
「そうそう、わたしは今度から、あの丘の上のお家で暮らすことになったんですよ」
「そうだったのか」
「協会からのお仕事も、少しですけれども受けますし」
「へぇ・・・じゃあ、かなり忙しくなるんだな?」
「あ、でもちゃんと学校にも行くので心配ないですよ?」
それからは護も《窓口》とは学校内でも会うのは少なくなってしまっていた。放課後はネロや他の友人と遊んでいることの方が多くなっていた。
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「その時はまだ、俺もネロの異変には気付いてなかったんだよな・・・」
護はソファーに寄りかかって天井を仰ぐ。
「今もそうですけど、ネロくんはどうも吸血行動を拒絶してる節があるんですよね」
「それが今の二重人格に繋がるんだろ?」
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いつからかネロは学校を休みがちになっていた。理由は体調不良だと担任も言っていたので、護も友人も特に気にしてはいなかった。
「後で家に行くか、なんか宿題とか渡すのも頼まれたし」
放課後、護は何人かの友人と学校を出て孤児院に向かう。
「妖魔にも体調不良ってあるんだなー」
「結構、頑丈なイメージだけどな」
「まあ生きてりゃ何かしらあるだろうよ」
ただその時は手遅れに近い状態だと、誰も思っていなかった。《夢幻福音の家》と書かれた表札の脇にあるインターホンを鳴らす。誰も出ない。
「おかしいな、誰も出ない?」
「誰かはいるはずだろ?」
「中行ってみるか?」
護と友人達は悪いと思いながらも、門の扉を開けて中へ進む。しばらく歩いていたら前方から一人の少女が走ってくる。濡羽色の髪に鈍色の眼。望に女装させたらこうなるだろうと思えるほど、彼に似ている少女。彼女は望の妹。一応、護達の後輩にあたる。
「夢ちゃん?」
「こっち来ちゃダメッ!!」
様子がおかしい。さらには着ている服にも血が付いていた。
「な、何があったんだ?」
「望兄さんか、しぃちゃんを呼んで」
夢はポケットから携帯を出して護に渡す。そして、また走って戻っていった。
「尋常じゃないな」
「一応、電話してみるか」
携帯はたまたまだったのか、《窓口》の家にすぐ発信できる状態だった。
『──もしもし』
「あ、しぃ?護だけど」
『──どうしました?』
「いや、なんか《夢幻福音の家》で夢ちゃんが」
『──護くんもそこに?』
「ああ、いるよ」
『──・・・キミは危険だからできるだけ離れてください』
「どういうことだよ?」
『──多分一刻を争うかも、説明は後で』
「え?ちょっと、しぃ?」
『──プツッ』
「切れた・・・」
詳しい説明もされず通話は切れた。ただ夢の様子から異常事態になっているのはわかる。
「どうする?」
「なんか大変そうだったけど」
「電話したヤツはなんだって?」
「ここから離れろって」
「じゃあ俺達は帰るか?」
「いや、近所に助けを呼ぶとかさ」
友人達と話した結果、二手に別れて一方は近所に助けを、もう一方はダメだと言われたが様子を見に行くことにした。こんな非常事態にじゃんけんなんてしている場合ではないが、負けたら様子見ということに。結果、護は負けた。こういう時に限って運が悪い。
「じゃあ、頑張れよ」
助けを呼ぶ奴らは満面の笑顔で、護ともう一人の友人に手を振って、元来た道を走っていった。
「アイツらだけ逃げる気満々じゃねーか?!」
「だ、大丈夫だよ、多分・・・」
家の中には入らずに、護は庭の方へ進む。家の中は静かだったので、友人に頼まれた荷物を渡し家の中を見てもらう事にした。家の影から様子を伺う。遠くで夢が誰かと対峙しているのが見えた。
「あれは・・・ネロか?」
対峙しているのがネロだとわかったが、かなり苦しそうにしている。夢でも対応が厳しそうで、防戦するだけで精一杯のよう。
「──《氷壁》」
夢の氷の壁はネロに簡単に打ち砕かれる。
「あ」
考えるより先に身体が動き、護は彼女を庇う。
「え?!なんで来たんですか!!あれほど来ちゃダメって言ったのに!!」
「う、ごめん・・・つい」
右腕を負傷したものの幸いな事に護は左利き、日常生活はなんとかなる。
「っていうか、これ、どういう事だよ?」
「見たらわかりませんか?彼の力が暴走しているんですよ」
「アイツ、すげー苦しそうだけど」
次の一撃が二人を襲う。これはもう駄目だと目を瞑った、その時だった。
「──《氷面鏡》」
突然、二人の前に氷の鏡が現れる。それは簡単に打ち砕かれる、が。
「──転換《氷刃》」
鏡の破片が無数の刃となってネロに向かう。それは軽くかわされているものの、距離を取るには十分だった。
「やれやれ、キミはわたしが言ったことを理解できないんですかね?」
「悪い、どうしても」
「それと夢さん、どうして彼はこうなっているんです?」
夢は首を横に振っている。何がきっかけか知らないようだ。
「なぁ、アイツは今、どういう状態なんだ?」
「彼は吸血鬼だったのですね・・・それも、今では珍しい純血種の」
「じゃあ、あの暴走って血の過剰摂取による?」
「逆、今まで抑えてたであろう衝動が一気に出て、自分ではコントロールできていないのよ」
この状態だと並大抵の魔術師や同族でも抑えるのは難しく、最悪の場合、どう転んでも死者が出るらしい。それでも今は最善の一手を模索しなくてはならない。
「なんとかならないのかよ?」
「ただ血を吸えばいいという事ではないですしね」
「え」
「気を付けないと、今度は過剰摂取になって、必要以上に吸血衝動がでるようになってしまうのです」
なんて面倒くさい種族なんだろうか。
「夢さんは手当てに、わたしがなんとか魔力の暴走を止めればいいんですよね?」
「できるのか?」
「魔力というのは個人的に波があるんですよ、そこを無理矢理にでもシンクロさせて、わたしがその波の主導権を握ってしまえばいいんです」
「ただそれだと、しぃちゃんが彼に近づかないと」
「危険ではありますが、今はわたしもできる限りのことをしましょう・・・」
ニッコリ笑って《窓口》はネロと対峙する。
「少々、荒療治ですけど」




