修行の息抜き、黒の記憶
望からの呼び出しから数日。《窓口》は協会の敷地にある時計塔の下に設置されたベンチに一人、座って本を読んでいた。今日はいつもの服装ではなく、黒いワンピース。さすがにいつもの服を汚したくない。
「さすがにいきなりは、誰も来ないですよね・・・」
望から協会所属の機関と魔術師や妖魔達に送られた知らせ。それは《窓口》を含め、望や親戚の者を対象にする模擬戦を行うということだった。もちろん、勝てればそれなりの『ご褒美』があるとして。
あの後、望は他の親戚の者達とも連絡を取っていたらしく、かなり乗り気で同意を得られたらしい。勿論、親戚同士でも対象にしていいし、団体でも飛び入りしてもいいということなので困ったものだが。なんでそんな乗り気なのか。
ただし、この模擬戦は時間制限と場所が指定されている。対象が協会の敷地内の指定された場所にいる時だけ模擬戦が出来るということらしい。さらにいうとその条件を満たせば何をしても(ただし死なない程度には)構わないらしく、それはそれで困ったものだと《窓口》は笑っていた。
「さて、このまま帰ろうかしら」
「暇そうだな、しぃ」
「あら、護くんじゃないですか」
読んでいたページに栞を挟み、本を閉じる。目の前まで歩いてきた護はニッコリ笑うと、周りを見て、どういう状況かを把握したようで。
「他の方はまだ様子見といった感じでしょうね」
「誰かしら一回挑めば来るってか?」
「えぇ」
「なら俺が相手してやろうか?」
少しだけ考えて《窓口》はベンチから立ち上がる。彼女としては一番相手にしたくない人間であるが、最初の相手としては不足はないのではないか。
「一応、ケガをしないようにしてくださいね?」
「まぁ、そこは頑張るわ」
「ふふっ、それではお願いします」
《窓口》は護に一礼する。親しき仲にも礼儀ありですからね、と《窓口》はニッコリ笑う。
「なぁ、しぃ、一つ、賭けをしないか?」
同じように一礼して護は突然の提案をする。
「賭け、ですか?別にわたしは構わないですが」
「ならさ俺が勝ったら、何か一つお前が俺のおねだりを聞くってどうだ?」
「いいでしょう、それならわたしが勝ったら何か奢ってくださいね?」
「そんなんでいいのか?」
「あら、もっときついのが良かった?」
ニコニコと《窓口》は首を傾げている。護は冗談だと思いつつも慌ててそれでいいと、首を横に振る。下手に違うモノにしたら、何が要求されるかわからない。
「決まりですね♪」
「俺もお前もなんでもありなんだよな?」
「えぇ、つまり護くんは武器の使用を、わたしは護くんに魔法の行使をしてもいいっていう事です」
「・・・お手柔らかにな」
「うふふ、こちらから行かせていただきますね」
フッと《窓口》の姿が消える。一気に護の背後に回り込み空中で回し蹴りを決める。
「いきなりかよ」
「これくらいで対応できないなら、実際だとキミはもう死んでるんじゃないですかね?」
なんとか受け身を取れたものの《窓口》は容赦なく次の行動に移っている。
「──狂い咲け 血に飢えし千本桜 「狂乱の桜が咲くのは望まぬ幻想」
《窓口》の詠唱に護はとっさに口を挟む。
「どうしたよ、この方法はお前が俺に教えてくれたんだぜ?」
「忘れてました、やはりたまには違う人とやり合わないといけませんね」
「いつもお前のは詠唱破棄してるからな、たまには阻止されるのもいいんじゃないか?」
《窓口》は若干、罰が悪そうな表情を浮かべる。
「これだから、わたしはキミの相手をするのが嫌なんですよ」
「その台詞をそっくりそのままお前に返すよ」
《窓口》が大量の札を空中に放る。
「阻止されるならもう一度、今度は詠唱破棄して発動させるだけなんですけどね──《桜吹雪》」
大量の札が桜の花弁となって護に襲い掛かる。
「おいおい、模擬戦でそこまでするかよ」
護は避けつつ拳銃を出して引き金に指をかけた。
✡
──協会の近くにあるファミレス。《窓口》と護は向かい合って角のテーブル席に座っている。
「全く、模擬戦だっていうのに容赦なさすぎだろ」
「あら、あれくらいじゃないと実戦に近くないでしょう?」
護との模擬戦は《窓口》の圧勝だった。だが、誰だって詠唱破棄された上級魔法の四つ同時発動からの罠の誘導発動とか無理だろう。さらにはホーミング弾よろしく追尾機能付きの札とか笑えない。
「うふふ、わたしの勝ちですから何か奢ってくださいね♪」
「わかってるよ」
護との模擬戦の後、何戦か連続で《窓口》は挑まれていたし護も仕事があるという事で、色々と落ち着いて今に至る。
「何がいいかな〜♪」
珍しく《窓口》はテンションが高い。ここまで嬉しそうなのは最近の事もあって見ることは少ない。
「あ、コレにします」
「ん?パンケーキだけか?」
「あんまり食べると夕飯が食べれないですからね」
護は特に疑問もないので注文をする。ついでに飲み物も。
「なぁ、この後はまた協会に戻るのか?」
「戻っても、わたしは特にする事はないんですよね・・・」
「そうか」
《窓口》は特に護の様子を気にする事なく、ドリンクバーに飲み物を取りに行った。
「そういえば、他人の不幸は蜜の味とはよく言うけどさ」
メープルシロップをかけて嬉しそうにパンケーキを頬張っている《窓口》に、護は頬杖をついて見ている。
「あれって実際、本当らしいですよね」
「そうなのか」
「誰だったか研究者が言ってたそうですね」
「ふーん・・・」
《窓口》は意外と色々な事知っている。普段、部屋に引きこもっている彼女は、一体どこからそういった知識を得ているのか。
「雑学的なものならば、色々な所から知識というのは得られますよ?」
自分が知っている事というのは、ほとんどが自分が興味のあるものだと《窓口》は言う。知らない事もあるのは当然で、それは興味がないからだと。
「さて、ごちそうさまでした」
「こっちは嬉しそうで何よりだよ」
満足そうな《窓口》を横目に、ため息混じりに護は財布を出した。
✡
「ただいま〜」
「ご主人おかえりなさい、今日は護さんも一緒なんですね」
今日二人を出迎えたのはネロではなく亜夢だった。
「あれ、今日はネロくんじゃないんですね?」
「えっと・・・何か体調悪そうに見えたんで」
その言葉に二人は顔を見合せる。さすがにとは思うが、お互いに嫌な予感がしたようだ。《窓口》の部屋のソファーに護は荷物を置いて座る。《窓口》もバッグを壁にかけてソファーに座る。
「そういえば、ネロも純血の吸血鬼だったな」
「《黒月》の子ですね」
「前から思ってたんだけどさ、吸血鬼の一族の色って何で決まってるんだ?」
「能力ですね、色ごとに使う能力が違うんです」
純血の吸血鬼達はほとんどが高位なので能力を持っている者が多いのだとか。
「《紅》は炎を、《蒼》は氷を、《翠》は幻覚を、《白》は物質の分解、《黒》は自身の血と姿を操る能力ですね」
「なるほど、それでネロは烏とか狼とかに変化出来るのか」
《窓口》の解説に、護は疑問に思っていたことが一つ、解決したらしい。
「ただ、体調悪そうっていうのはなぁ」
「吸血鬼は血を吸い過ぎても、吸わな過ぎてもダメなんですよね・・・」
困ったなぁと《窓口》はソファーに寄りかかって頬杖をつく。
「また《夢幻福音の家》の時みたいにならなければいいが」
「あれは血を吸わなすぎての暴走でしたからねぇ・・・」
二人同時にため息が出る。ネロが吸血行動をあまりとらないのが前からなのは知っているのだが。
「お嬢ーっ」
「おい、ハティ、突然行ったらお嬢だって迷惑だろうが」
突然、部屋に一人の少年と一匹の狼が入ってくる。
「どうしたのかな?スコルくん、ハティくん」
黒銀の毛に金色の眼の狼は太陽のチャームがついた赤い首輪をしている。一方、黒銀の髪に銀色の眼の少年は月のチャームがついた青い首輪をしている。
「あのねお嬢、ボクやっと人型をとれるようになったんですよ〜」
「見ればわかるんですが・・・ハティくん、耳と尻尾は隠れてないんですね」
《窓口》の足元で正座しているのがハティらしい。つまり狼の方がスコルということになる。
「スコルの方はそのままなんだな」
「オレも人型はとれますけど別に今、ならなければならない訳ではないので」
《窓口》の話から二人共、真夜に教わっていたそうでスコルも人型はとれるようになっていたらしい。
「それでハティくんはどうしたのかな?」
「あのねお嬢をね、ぎゅうーってしたいの」
《窓口》は困ったように護を見る。
「なんでまたハティは、しぃをぎゅうーってしたいんだ?」
「いいじゃないですかー、だって好きですもん、食べちゃいたいくらい」
一瞬、最後の言葉に護は悪寒を感じたが、あえてそれには触れない。いくら狼とはいえ、自分の主人の主人である《窓口》を(本当の意味で)食べるとかはないと思う。
「二人はネロの使い魔だったよな?」
「そうですよ」
ハティの頭を撫でながら《窓口》は護との会話を続ける。当の本人はそれでもとても嬉しいらしい。尻尾がそれはもう千切れんばかりに振っている。
「二人が家にいるって事は、ネロくん相当調子悪いんですね?」
「我が主は大丈夫だと仰ってたんですけどね」
《窓口》の言葉にスコルは困ったように答える。
「一回部屋に様子見に行きますか?」
「あ、いや、我が主は部屋に来ないでとお嬢が帰ってきたら伝えておいてと」
「うーん・・・では二人にネロくんへ伝言を頼もうかしら」
「何ですか?」
「無茶はしないでねって」
「わかりました、ほらハティ行くぞ」
「はぁーい」
二人が部屋を出ていったのを確認して《窓口》はため息をつく。
「体よく追い出したな、お前」
「あ、わかりました?」
護の言葉に《窓口》は笑う。それでもネロを心配しているのも事実なのはわかっているが。
「本当に大丈夫ならいいんですけどね?」




