改竄される記録
暗い部屋で《窓口》は一人、目を覚ます。起き上がると、まだ身体はダルく、頭もどこかフラフラしている。どれくらい寝ていたのか、時計を見ようにも、暗くて確認ができない。ドアの向こうからノックの音がする。返事をするとネロが部屋に入ってきた。
「主、随分と遅いお目覚めで」
「うん・・・久しぶりに、色々とやりましたからね」
「あと、護をここに泊めてますが」
「あぁそれは、構わないですよ」
ランプの薄明かりに浮かぶネロは、彼女が寝てる間の事情を説明する。彼女はその説明を聞いている間、少し違和感を感じたように、首を傾げる。
「それにしても、珍しいですね」
「何がですか?」
「ノワールくんの方が『表』に出てきてるなんて」
「・・・やっぱり、バレてた」
「わたしに一切の隠し事ができないのは、キミ達もよく知ってるはずなのですけどね?」
はぁ、と《窓口》はため息をつく。昨日からずっと、ため息をついてばかりだ。
「まぁ、あの惨状を見て、吸血鬼に吸血衝動が出てない方が、おかしいんですけどね」
少し何か考えて、《窓口》はベッドから出る。少しフラフラしながら。
「・・・もう少しだけ、待てますか?」
「今は偶々入れ替わってるってだけで、俺も『俺』も無理にとは言わないし、それに今すぐにでなくてもいいんだ」
「それだと、キミ達が無茶をするでしょう?とりあえず、いい子に待っててください」
着替えとバスタオルを持って、少しだけ笑って《窓口》は、一旦、部屋を出ていった。
「・・・そんな急がなくてもいいのにな」
──主はああいう人じゃないか
「知ってる」
──あと今回は少しだけにしといてくれよ?
「わかってる」
──いつも痛そうだし、今回は特に弱ってるんだから
「それもわかってる」
──そうか
静かな部屋で自分自身と会話する。正直、軽い気持ちで入れ替わった事を少しだけ後悔した。
✡
朝。護は目覚めて、いつもと違う天井に一瞬だけ焦る。
「・・・そういやアイツの家に泊まってるんだった」
服は昨日の内にネロから借りた。鏡花がその時、何か言いたそうにこちらを見ていた気がしたが。多分、それは気のせいだろう。そうだと思いたい。
「おはよう、護は朝早いんだな」
「あぁ、ネロもな」
「僕はもう慣れたよ」
「その様子だと、本当にお前が吸血鬼とかなのが信じらんないけどな」
「よく言われる」
部屋から出てきたネロの、今日の様子を見る限り、昨日のは気のせいだったのかと、護はぼーっとリビングで考えていた。
「アイツは?」
「寝てるよ」
「・・・本当に大丈夫なのかよ?」
「朝が弱いのはいつもの事」
「ってことは、起きたのか?」
「夜中に一回だけ」
なんでこうも聞きたいことがある時に限って、いつも彼女は、いなかったり寝てたりするんだ。
「さすがに、今日はもう起きてると思うが」
「そ、そうか」
ネロの言葉を信じ、そのまま《窓口》の部屋に向かう。
「おーい、入るぞ」
つくづく不運は重なるようで、ちょうど着替えの途中だったらしい。
「あら、せめてノックくらいはしましょうよ」
「・・・悪かった」
「別に構わないですけど」
てっきり前のように怒るかと思ったが。そんな事もなく。
「お前さ、他人の着替えの時は怒ったクセに、自分の時はどうでもいいのか」
「それこそ今更ですよ」
「せめて恥じらいくらいは持とうぜ」
「人を痴女みたいに言わないでくれます?」
いつものブラウスを着るだけだったので、すぐに事は済んだが、護は《窓口》からずっと視線を外したまま、ソファーに座って会話を続ける。お構い無しに《窓口》もソファーに座る。
「そういや、あの凶器ってどうなった?」
「アレですか?ちょっとだけ圧力をかけたら、見事に粉々になりました☆」
護は言葉が出ない。《窓口》の『ちょっと』は全くと言っていいほど、全然あてにならない。
「まぁ・・・そんなのはいいじゃないですか、ああいうモノは、この世界にあってはいけないのですから」
「そういうのって、大体、お前は《現原家》に持っていってるんだろ?」
「中には持っていけないモノもあるんですよ」
正直、それは意外だった。特に持っていけないのは人形で、下手に他の呪具と一緒にすると大変な事になるんだとか。
「中には呪いとかが、相乗的に作用してしまうモノもあるんですよ」
「なるほどな」
「そうなったら、対処は《現原家》でも難しいでしょう?」
それは確かに厄介だ。
「聞きたいのはそれだけかしら?」
「あとさ、神狩に関する資料とかって持ってないか?」
「・・・わたしは持ってないですね」
「そうか、悪かったな」
《窓口》が首を横に振った時に、一瞬だけ小さな傷が見えた。
「突然だけどさ、お前は神狩の存在を『無かったこと』にできるか?」
「それは歴史の改竄という事ですか?」
「そうなるかな」
「できないですね」
きっぱりと言う《窓口》に、やっぱりかと護はため息をつく。当の《窓口》にしてみれば、できない事ではないのだが、それをするには色々と問題が出てくるのが目に見えている。だからこそ、できないという事にしている。改竄するにしても、その量も過ぎた時間も膨大だからという理由もあるが。
「それとさ、一瞬だけ小さい傷が見えた気がしたんだけど」
「え?・・・気のせいですよ?」
「お前って嘘をつけないんだな、バレてるよ」
髪と襟で上手く隠していたつもりだったんだろう。多分、夜中にネロに血を分けたとか、そんなところだ。
「わたし、嘘なんか吐いた事はないですよ?そもそも、わたしは嘘を吐くのは好きではありませんし」
「その言葉自体が嘘じゃねーかよ」
「わたしはただ真実を語らないだけで、嘘で隠すことはしません」
「真実だけじゃねーだろ、必要な事も語らないじゃないか」
「語らないことが時には最善策になる事もあるのです」
この開き直りようである。護は頭を抱える。彼女の考え方は全く理解が出来ない。やろうと思えばできる事や絶対にできる事だって、やらない事がある。
「出会った時からお前は変わらないな」
「・・・キミもね」
「こういう事を言ってるけど、俺はお前の事をよく知らない事を最近になって知った」
「他人の事を知らないなんて事はよくありますよ?例えば、キミは友人や隣人の何を知ってます?せいぜい名前や、ちょっとした家族構成、表面上に見える性格や、趣味嗜好くらいでしょう?」
言われてみればそうだ。それは誰でも同じなのだと《窓口》は言う。だから、そこまで気にする事ではないと。さらには無理に知ろうとする必要もない事だと彼女は言う。
「それに、わたしは誰にも『わたし自身』を語らないから、余計にですね」
「それは《巫女》であるから?」
「・・・そうですね」
それも護にとっても、今更の話だ。
「わたしはわたし、それ以上でもそれ以下でもないですし、それは変わることはないでしょう、永遠にね」
「なんか、だんだん難しい話になってくるな」
「そうですか?これはキミにも同じ事が言えるのですけどね?」
難しいなら、この話はもう、やめておきましょうと《窓口》はソファーから立ち上がる。
「話をすり替えるのも得意だよな」
「女の子の語る話なんて、結構そんなものですから」
肩をすくめて《窓口》は呆れた様子を見せる。
「で、その傷はネロか?」
「わかってるなら聞かないでください」
「少しの血くらいなら、俺でも良かったんじゃないのか?」
「そんな薄い本みたいな展開、誰が得するんですかね?」
「そういう意味じゃないっての」
「冗談ですよ」
《窓口》の冗談は冗談に聞こえないから困る。
「しばらくはいつも通り、平和でしょうから」
「だといいんだけどな・・・ってどこか行くのか?」
「うふふ、たまには買い物なんてどうでしょう?」
「・・・悪くはないな」
ニッコリ笑って《窓口》は部屋を出ていく。護もその後ろをついていった。




