凶器の凶行
「みんな、準備はできましたか?」
部屋から出てきた《窓口》の表情が硬い。格好もいつもと違って、巫女装束のような雰囲気があった。白いブラウスに緋色のスカート、上には袖や裾にフリルやリボンがあしらわれた白い着物を羽織っている。この時の《窓口》は少々、本気に近い。今回、彼女に連絡を入れたのは護ではなく、望だった。それもあったのか、彼女はリオネットと悟志以外の同居人達を招集したのだった。
「マスター・・・ボクらは?」
「ごめんなさいね、リオと悟志くんはお留守番しててください」
「姉さんがそういう時は、結構、ヤバい状況になってるのは、オレ達もわかってるよ、それにネロ兄さん達も普段と違って、人の姿じゃないしさ」
リオネットを抱き上げ、悟志は《窓口》達を見送る。《窓口》の周りには黒猫と一羽の琥珀色の眼の烏、一匹の藤色の蝶と二匹の狐。鏡花だけはそのままだったが。寂しそうというよりは、他の同居人達を心配そうに見ていた(ほとんど無表情に近いけど)リオネットの頭を撫でてから《窓口》達は家を出る。
「では、行ってきます」
肩に真夜を乗せて《窓口》は鍵を使う。向かうは狂気の凶器による凶行の及ぶ場所。これ以上、被害者が出ないように。
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──現場に駆けつけた護は唖然とした。目の前の地面と倒れている者達は、血塗れになっていた。怪我人の手当てをしている者もいるが、何人かは応急措置をしようとして巻き込まれたようだ。
「な・・・」
さすがに何度も惨劇には遭遇したが、ここまで酷いのはなかった気がする。それどころか、現在進行形で被害者は増え続けているようだ。急いで先に進むと、開けた所で神崎警部と三月が犯人と思われる男と格闘している。手にしている凶器は、日本刀で前回のモノと同じみたいだが、今回は人物が違う。
──やはり、アレは『曰く付き』という事なのだろうか。
そうなると厄介なのはわかるのだが。三月がなんとか蹴りあげて、刀が犯人の手を離れて弧を描き、護の足元近くにカシャンと音を立てて、落ちた。また誰かがコレを拾えば、さらに被害者が出るだろう。それならばと、護は刀に手を伸ばす。
「ダメだっ、それに触るなっ」
──あぁ、アイツの言う通りだったな・・・コレは下手に触れて、いいモノじゃなかったよ
「とりあえず、みんな、急いでここから離れろっ」
護は大声で叫ぶ。その時、不意に《窓口》の声が聞こえた気がした。
「全く・・・これだから、キミは」
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《窓口》が現場に着くと目の前には護の姿があった。刀を持っている左手を押さえている。少し離れた場所には、神崎警部と三月。二人共、怪我をしている。
「真夜と亜夢ちゃんは怪我人の手当てを、ネロくんと鏡花は周りの人達の避難をさせて、それと七海と八雲は結界を張る準備を」
その指示を合図に、肩から飛び降りた真夜は、普段とは違う少女の姿になる。真夜に続いて他の同居人達も、普段通りの人型になる。そのまま彼女の指示に従ってどこかへ行く。
「あぁ・・・《窓口》ちゃん、すまないね」
「良かったですね、まだアレを拾ったのが彼で」
「どういうことっすか?《窓口》さん」
三月の言葉に対して、特に返事をすることもなく、何をおもったのか《窓口》は護の方へ向かう。
「なん、で・・・お前・・・?」
「キミにあの札を渡しておいて、本当に良かったですよ」
淡々と《窓口》は護に言う。それはまるで定型文のようで、何の感情もない。彼女にしてみれば、この状況は最善ではないが、まだ良い方向に進んでいるのだろう。
「意識までは持っていかれてなくて、少しだけですがね、安心しましたよ」
「な・・・お前、それ本気で」
次の瞬間、何が起きたのか護は理解が全くできなかった。勢いよく《窓口》によって壁に叩きつけられたのだけはわかったが。
「うぐっ・・・いってぇっ」
「護くん、ちゃんと受け身はとってくださいね?下手したら死にますよ?」
「俺を、殺す気・・・かよ?お前は」
ただでさえ、護は意識を保つので精一杯だというのに、それを知ってか知らずか《窓口》は容赦ない。刀を拾った瞬間に護は声を聞いた。狂気に満ちた声を。
──目の前にいる人間を、ただ『殺せ』と
自分の意志とは関係なく、護の身体は動く。対峙する《窓口》は護の動きに合わせて、本当に容赦なく、蹴りなどの一撃を加えてくる。一体、その華奢な身体のどこから、そんな力が出せるのか。不思議なくらいに。
「あぁ、そういえば、キミは左利きでしたね」
護を蹴ってから、思い出したように《窓口》は呟く。ヒラリと羽織っている着物が翻る。
「ケホッ・・・もう少し、手加減・・・とか、出来ないのかよ?お前は」
「これでも十分手加減してますよ、っと」
周りからしたら、本気で《窓口》が護を殺しにかかってるようにしか見えないのではないか。
「どこが、手加減」
「わたしが手加減してなかったら今頃、キミはとっくに死んでますって、それっ」
振り下ろされた刀を避け、彼女は護の左腕に軽く触れたまま、護との顔の距離が近くなる程に踏み込み、その勢いで回し蹴りをする。
「キミの相手をするのは本当に厄介なんですよ?これが三月くん辺りなら、もっと楽なんですけどね」
「それは・・・悪かったな」
「さすがにこれ以上は、お互いに疲れるだけですからね、一気に決着でも、どうでしょう?」
《窓口》右腕を伸ばす。袖口から懐刀がするりと現れる。
「さあ・・・護くん、おいで」
気のせいか、一瞬だけ《窓口》は優しく笑ったように見えた。
「わたしの事は心配ありませんよ?」
それでも護は抵抗しているようだ。さすがにこんな事で彼女が傷付くなんて状況は望まない。
「きっと、その刀の創造者は近くで、この状況を笑って見てるんでしょうね」
「・・・だろうな」
「ですが、そう簡単に思い通りにいかせるつもりは、わたしにはありません・・・キミから来ないなら、こちらから行かせていただきます」
《窓口》が刀を抜く。白銀の刃が輝いている。
「それでは」
《窓口》は一気に間合いを詰めて、右手の刀を護に突き刺す。そして、そのままの勢いで壁に叩きつけられた護の手から、刀が離れて、小さく音を立てて落ちた。それを確認した《窓口》は刀を鞘に戻す。
「いやぁ、久しぶりに愉快な光景を見させてもらったよ」
突然《窓口》達の頭上から声がした。声のする方向に視線を移すと、銀髪と紅い眼の男。
「他人に人殺しをさせるだなんて、随分と悪趣味なのですね?」
「おやおや、それが、目の前の男と殺りあってた奴の言う言葉か?」
黙って《窓口》は持っていた刀をしまい、落ちた刀を拾い上げる。小さく「殺りあってた、か」と少し不満げな言葉を口にし、一度、呆れたように息を吐いた。
「全く、勘違いも甚だしいわ」
護を見下ろす《窓口》が言う。
「それで、護くん?キミはいつまでそこで寝ているつもりなんですかね?」
「・・・ったく、たまには、やられる方の身にもなれよな」
「それでも今は仕事中ですよ?」
「わかってっけど・・・っていうか!お前の持ってるソレは・・・?!」
不思議な事に、刺されたはずの護は無傷だった。そして護は、彼女が現在持っている刀が、先程まで自分が持っていたモノだと気付いた。
「どういうことだ?」
「・・・わたしの刀は、他人を傷付ける為の刀ではありません」
男の言葉にため息を一つつき、持っている刀をクルクルと器用に回しながら《窓口》は言葉を続ける。説明するのが、もの凄く面倒らしいが、仕方がないから説明してあげるとでもいう雰囲気だ。
「アレは、憑依したモノを切り離す為の刀、悪いモノだけを斬るんです・・・ご理解いただけましたか?」
淡々と言う《窓口》に護は疑問に思う。それは対峙する男も思ったのだろう。そして彼の言う『どういうこと』の指している、本当の事象も。
「なぜ、適合者でもない貴様のような小娘が、その刀を持っていて正気で、平然としていられる?」
「それは、実力の差でしょう?耳障りな音はずっとしてますが・・・普段わたしが聞いてる音に比べれば、何てことはないですね?」
そんな事もわからないのかと《窓口》は呆れた様子でいる。それくらいわかって当然だろうとでも言うように。だが、それをその場にいる人間が、誰がどれだけ理解できるのか。
「そんなだから、わたし達が仕掛けた罠に簡単に掛かるんですよ」
──チリン
どこかで澄んだ鈴の音が鳴る。
「──『猫』は箱に入れられた」
空間が一瞬だけ歪み、空は一層、暗くなる。
「なんだ、これは?」
「早急に準備してもらったので、時間稼ぎくらいにしかならないとは思うのですが、今この場所を外部から隔離させていただきました」
《窓口》の少し後ろで、護はなんとかよろめきながらも立ち上がる。身体のあちこちが痛いが、弱音を吐けば《窓口》から笑顔で痛いくらいに重い言葉を投げられるだろう。
「ここを隔離するのはいいが、この辺の住人達はどうしたんだよ?」
「とっくにネロくんと鏡花に頼んで、避難誘導してもらってますよ、わたしがキミと遊んでる間にね」
あのやり取りは、彼女にとっては遊びにしかならないのか。改めて護は《窓口》の感覚を疑った。本気だったらどうなのか、少しだけ背筋が凍るような感覚が護を襲うも、今はそれを考えている場合ではない。
「さて・・・護くん、お仕事の再開ですよ」
「ったく、そんなの言われなくても、わかってるよ」
《窓口》と護は男を見上げる。
「お前らの目的は一体なんだ?」
「クククッ、我らが主、神狩 仁はこの世界の再編を行う、これはその為の下準備だ」
「本当にあの人は、どうしようもないくらい救えない人ですね・・・まぁ、もう既に人かどうかも定かではありませんが」
タンッと強く地面を蹴って《窓口》が男に向かって刀を振るう。
「じゃあ、その神狩に遺言状でも書いて送っておいてくださいな『世界は貴方の思惑を打ち砕く』とね」
「それは、貴様の遺言状か?」
「貴方のに決まっているでしょう?わたしが貴方に負けるなんて事は、万が一にもありませんもの」
《窓口》の一撃を避けて、男が彼女に一撃を入れる。彼女はクルリと一回転して受け流し、体制を整え、札を投げる。札は炎塊に変わり男に向かって飛んでいく。
「甘いな」
「それは貴方の方です」
男は炎塊を魔術で相殺する。凄まじい煙で周りは見えなくなる。煙の四方八方から、今度は光の矢が飛んでくる。《窓口》は煙の中を動き回っているようだ。護は動けずにいた。あまりに《窓口》達の動きが速すぎて。普通の魔術師同士の殺し合いも、こんなにも激しいのか、と思い知らされる。まぁ《窓口》はいつも普通ではないのだが。
「いいのか?連れの心配しなくて」
「弱者を狙うところも、頭の弱い魔術師の特徴ですよね?本当に困ったものです」
男の放った閃光は、護に向かって飛んでくる。思わず目を瞑る。が、何も起きない。目を開けると正面には《窓口》が悠然と立っている。
「・・・っ?!」
「大丈夫ですか?」
「あぁ、俺は大丈夫だ」
間一髪で防御が間に合ったようだ。少しホッとした様子を見せて《窓口》は再び大量の札を出し、護の周りを円を描くように札を配置する。
「護くん!タイミングを見て、自分の判断で動けますか?何なら異端審問官としての権限も使えるでしょう」
「あぁ」
もう一度《窓口》は地面を蹴って、男に向かっていく。
「──地獄の業火が運ぶは終焉、それは永遠の終焉《燎原の火》」
札から大量の炎が放たれる。男は相殺することもなく避けていく。
──ピシッ
音と共に空にヒビが入る。どうやら結界に限界が来たようだ。
「さすがに即興だと、限界がくるのが早いですね」
「決着といこうか?」
《窓口》は男の攻撃を避けつつ、舞うように刀を振り回す。その一撃は偶然か男に当たる。
「ぐっ・・・」
「うふふ」
《窓口》はフッと何かを避けるように、上へと跳んだ。そのあとに一発の銃声が響く。
「さすがは護くんですね」
「な・・・に・・・?」
銃弾は見事に男に当たった。そして、本当に限界だったのか、空間も元に戻る。
「チッ、これでは分が悪い、決着はお預けにして帰らせてもらうよ」
「逃がさない!──《束縛》」
大量の札が男に向かって飛んでいく。だが、男はスルリと抜けてしまう。
「じゃあな」
空間を割って、男はその隙間に入っていった。
「しぃっ、ダメだ!!戻れっ!!」
男の跡を追おうとした《窓口》を護は止める。さすがにこれ以上は、たとえ《窓口》でも危険な気がしたのだ。その隙間は程なくして閉じた。
「・・・仕方ないですね」
ふわりと《窓口》は護の隣に着地する。彼女が戻ってきたのを見て、今まで緊張で張り詰めていたのが緩んだのか、護の視界が一気に暗くなっていく。
「護くん?!」
《窓口》の声が遠くなっていく。視界が完全に暗くなり、護は意識を手放した。
──ごめんよ




