狂気の凶器
「それで、主」
「なんです?」
「今からどこにお出かけになられるので?」
護が出ていってから、すぐに《窓口》は何故か出かける準備をしている。
「これから神社に行ってきます」
「またどうして?」
「久しぶりに、アレを持ち出さないといけないかと思いまして」
はぁ、と《窓口》はため息をつく。今回ほど、彼女が動きたくない様子なのも珍しい。
「全く、嫌な予感しかしませんよ」
バッグをいつものようにたすき掛けにして、彼女は部屋を出る。ネロも見送るために、それに続く。
「行ってらっしゃいませ、主」
「行ってきます」
✡
《窓口》は鍵を使って神社の前まで移動し、目の前の石段を駆け上がる。さすがに日が短いからか、辺りは暗い。
「ふぅ・・・急がなきゃ」
急いではいるが境内を走るのは、彼女でもさすがに気が引ける。
「あら、お嬢様ではありませんか」
声の方を振り向くと、そこには金色の髪と空色の眼の狐がいた。七海のように腰まであるその髪は、毛先に近いところで二つに結わえられている。
「六花、こんばんは」
「また突然、どうされたのですか?」
彼女は六花、七海と八雲の兄妹の一人(一匹?)。他にも五人いるが割愛。
「持ち出さないといけないモノがありまして」
「そうでしたの?先程、お母様が伝言をななちゃんに頼んでいましたのよ」
「霊藻さんが?」
「えぇ、困ったわ、ななちゃんと入れ違いになってしまったのね」
六花の言う、ななちゃんというのは七海ことだ。六花は兄妹達を愛称で呼ぶ。
「その霊藻さんの伝言は、六花は聞いてないの?」
「私は普段は御守りとかの売り子ですからね、そういうことは、あまりしてませんわ」
まぁ、家に帰ってから七海から聞けばいいか、と《窓口》は神社の裏に回る。六花もその後ろをついてくる。
「この場合は『ただいま』なのか『お邪魔します』なのか」
「どちらでもいいかと、お嬢様のお好きなように」
とりあえず、中に入って倉庫として使っている部屋へ向かう。鍵を開けて、暗い部屋の灯りを手探りで点ける。
「えーっと・・・どこにしまったんだっけ?」
ごそごそと色々な箱を確認するが、なかなか《窓口》の目当てのモノが見付からない。
「お嬢様、探し物は見付かりました?」
「あれー?前に一度だけ使ってから、どこに入れたのかしら?」
「六花、どうしたんだ?っていうか、お嬢も来てたんですか」
「あら、やっくん」
部屋の外に目を向けると、八雲がこちらを見ていた。
「八雲、アレはどこに入れたんでしたっけ?」
「アレってどれのことです?」
「ほら、あの・・・今回はどうも、曰く付きの刃物の回収しなくてはならないみたいなんですよ」
「あー、そういうことでしたら、アレは確かここに」
《窓口》が探していたモノが何か、八雲は言葉だけでわかったらしい。八雲が一つの桐の箱を《窓口》に渡す。中を確認すると、そこには懐刀。
「うん、コレを探してたんだ・・・できれば使いたくはないんですけどね」
箱だけを八雲に返して、《窓口》は部屋を出る。
「あ、そうだ、八雲は霊藻さんに会った?」
「母さんですか?七海は会ったみたいですが」
「そう・・・」
やはり偶然、会ったのは七海だけだったか。
「あ、お嬢が帰るなら、オレも一緒に帰りますけど」
「あらあら、やっくんも、もう帰っちゃうの?」
「別にこっちでもやる事はやってんだから、そろそろ帰ってもいいだろ」
寂しそうにしている六花に、八雲は呆れている。
「七海もきっと待ってますから、帰りますよ」
「あぁ、そうでしたわね」
「他の兄妹達にもよろしくね、六花」
「はい、では二人共お気を付けて」
外に出ると完全に日は沈んでいる。
「鍵を持ってきていて良かったわ・・・」
✡
いつもの応接室に戻ると、七海が一人、ソファーに座って待っていた。ネロに出してもらったのか、緑茶を呑気に飲みながら。
「七海、ただいま」
「あ、お嬢!お帰りなさいっ」
「七海、今日は霊藻さんに会ったんだって?」
七海が尻尾を振って、立ち上がって《窓口》からの言葉に「そうなのですよ」と答えた。
「母様から『気を付けて、このままだととても良くないから』と言われたのです」
「霊藻さんがそういうことを言うということは、この島にとっても《夢神様》にとってもかなり悪いのね」
「ですが・・・それを取りに行ったと、先程ネロくんから聞きまして、あぁ、ちゃんとわかってるんだなって」
《窓口》が持ってきた刀を見て、七海は嬉しそうに話す。七海がニコニコとしているのはいつもの事だが、今日はやけにそわそわと、落ち着きがない様子だ。
「今日は落ち着きがないね?七海」
「そうですか?久しぶりに、わたしもお嬢のお仕事のお手伝いができるかと思いまして」
本当に七海はわかりやすい。犬のように感情が尻尾に出てる。
「七海、今回は喜んでられないだろ?」
「あら、八雲だって内心は嬉しいんでしょう?」
二人のやりとりを見ていた《窓口》は、この姉弟はこんなに戦闘狂だったかしらと少しだけ、疑問に思う。
「まぁいいか」
あまり深く考えても仕方ない。今回は何もないといい、とは言ってられないのだから。
✡
護は一人、資料を漁る。ここは街の中心部にある箱庭魔法協会の本部内に設けられた《怪奇現象捜査課》の資料室。普通なら、怪奇現象とされるような事件や事故を取り扱う場所なのだが。それだけならまだしも、ここでは魔術師やら妖魔達が事件を起こすので、専らこちらの方を重点的に捜査している。
「これでもない・・・」
色々ファイルを捲っては戻す、という作業が続く。探しているのは『神狩 仁』という男が、関わっているとされる事件の記録。
「きっとアイツか《情報屋》なら知ってるんだろうけど」
今日の《窓口》の反応を見る限り、あまり良い記憶はなさそうだ。そういえば《窓口》と護は幼い頃からの付き合いだが、よく彼女自身の事は知らない。初めて会ったときから、既に彼女は偽名を使ってたし(その後、暫くしてから本名も知ったが)、彼女が進んで自分自身の事を語ることもしなかったために、何故、今の彼女が今の状態なのかも、護は全く知らなかった。ただ、存在感が異常にない子なんだと、そんな認識だった。
「望に聞いても、しぃの事もはぐらかすしな」
ページを捲る音だけが、静かな部屋に響く。段々、眠くなってくるが、そこは仕事中だと堪える。
「しかし、これだけ資料があって、神狩に関するものが一つも無いってどういうことだ?」
考えられるのは上層部、望辺りが意図的に隠しているんだろうけど。《情報屋》に頼んでみるか?下手に頼むと《窓口》に怒られそうだが。仕事上でと言えばいいだろう。
「ん?そういえばアイツは『前回』とか『前々回』って言ってたな」
そこから考えると、数百年位は遡らないといけないのではないか。そう思うとかなり面倒に感じてしまい、ページを捲る手が止まる。
『何度か殺されました』
その言葉を初めて聞いた時は、コイツは何を言っているのかと思っていたが、時々、前世の記憶がある者がいる。彼女もその一人だと考えると、その言葉にも納得いく。
「大抵そういうのって『先祖返り』だったりするんだけどな・・・アイツは先祖、それも直系に妖魔と交わった人はいないと前に言ってたし・・・なら、どうして?」
神狩を知るにも《窓口》が関係してくる。そして、彼女を知ろうとすればするほど、益々、彼女のことが解らなくなっていく。
「あの《情報屋》も、アイツに関しては何も判らなかったって言ってたしな」
過去に《情報屋》が興味本位で調べたらしい。だが、協会には彼女の詳しい情報がない事だけが判ったようだ。それだけ、彼女の存在というのは重要なのだろう。
「困ったな・・・」
突然、着信が入る。それは事件が発生したので、現場に急いで向かえとのこと。持っていた資料を元の場所に戻し、護は部屋を出る。
「また後で調べねぇとな」
バタンとドアが閉まる。外は慌ただしく人が行き来していた。




