蒼月の黒猫
「わたし、この黒い子がいいです」
懐かしい、自分の実家の庭。目の前にいるのは、今の自分の主人の少女。あぁ、そうか・・・。
──久しぶりに真夜は夢を見た。それは《窓口》と出会った時の夢だった。
「しばらく、この夢は見なかったんだけどなぁ」
ん〜っと伸びをして、真夜は亜夢のベッドから飛び降りる。真夜には個人的な部屋はない。だから寝る時は、主人や他の同居人の部屋に居候してる状態だ。今回は亜夢の部屋で寝ていたのだ。まぁ、真夜は猫なので、どこで寝ててもそんなに問題ないが。
亜夢の部屋はドアを背にして見た時、左奥にクローゼット、手前に机と椅子。右奥にベッド、そして本棚。クローゼットには、たくさんの(鏡花作の)メイド服が入っている。今、部屋には亜夢はいない。どうやら家事をしているようだ。この家では現在、亜夢と鏡花が基本的に家事をしている。二人が来るまでは、七海がやっていた。
「んー・・・確か、今日は島の外のお仕事はなかったはず、だよね」
一応、ネロに仕事の確認をしてこよう。真夜は器用にドアを開けて、亜夢の部屋を出て、そのまま隣の部屋へ向かう。こちらはネロの部屋。
「でも、ネロくん、部屋にいるかしら?」
いないときに勝手に入るのは忍びないので、一旦、耳を澄ます。中から物音がしたので、部屋にいるようだ。
「よっと・・・ネロくん、入りますよー」
「あれ、真夜さん?部屋に入るなら、言ってくれれば、僕がドアを開けましたのに」
「いやぁ、ネロくん、忙しそうだったから」
椅子に座ったまま、ネロはこちらを見ている。話を聞いたら、会計とかの情報処理をしてたらしい。
「一応、確認なんですけど、今日はあたしの仕事ってないですよね?」
「ないですね」
「途中に入ったりなんかは?」
「それも多分、ないと思いますよ」
「そっか、ありがとう」
それを聞いて、真夜はネロの部屋を後にする。さて、今日はどうしようか。真夜のこの家での役割は、島の外からの依頼人を連れてくること。真夜が《協会》からの仕事を持ってくることも、しばしば。次に《窓口》の部屋に行く。どうやら真夜が来るのはわかってたのか、ドアが少しだけ開いている。
「ご主人〜」
「真夜、どうしました?」
「今日はあたしの仕事がないのです」
「うーん・・・なら、たまには実家に帰るとかはどうでしょう?今日はお休みという事なら、問題ないでしょうから」
確かに真夜はこの家に来てから、一度も実家に帰ったことはない。それは真夜自身が、まだ自分は、帰るべき時ではないと判断しているからだ。
「真夜のお姉さん達はどうなのかしらね?帰ることはあるのかしら?」
「・・・聞いてみます」
真夜の姉達は『夢現の街』にいるから、忙しくなければ、いつでも会える。連絡を入れてみようか、でも誰に?無難なのは、一番上か。少し悩んだものの、たまには自分から、姉達に会いに行くのもいいかもしれない。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
《窓口》に見送られ、部屋を真夜は後にする。
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──妖魔の中には種族としては力が弱い為に、仕え魔や使い魔になる為だけに存在する妖魔達がいる。その中で、真夜の家は仕え魔としてはそれなりに実力がある家だ。つまり、真夜は名家の出ということになる。
真夜には三匹の姉がいる。上から真朝、真昼、真夕という。両親も姉達もみんな綺麗な真っ白い毛、なのに自分だけが真っ黒。白の中にポツンといる黒い自分。さらには自分だけが『不幸』を引き寄せる体質。それがずっとコンプレックスだった。両親が言うには、真夜は千年に一度産まれる《不幸を背負う黒猫》らしい。家に黒猫が産まれると家が繁栄すると言われていて、両親も大変喜んだと言っていた。だけど同時に真夜は家の『不幸』を背負う為、両親は悲しんだとも。
成長するにしたがって、真夜はいろんな『不幸』を自分の周りに引き寄せる。その為、家族とも隔離された。それでも両親は姉達と同じように真夜を育ててくれていた。真夜は、自分の周りに黒い靄のようなモノが増えていることも、視えてたし、気付いていた。それが、自分以外の周りの者に影響することも。
──なんで、あたしだけ?
窓の外に広がる空を眺めて、真夜はずっと、一人きりで考えていた。だけど、誰も答えてはくれない。自分でもわからない。
そんな時、一番上の真朝が《夢宮家》の者の仕え魔として家を出ることが決まった。両親はとても喜んでいたし、真夜もそれはとても嬉しかった。そして、真昼も主人となる麻白の所へ行った。
──あたしも、いつか姉さん達のような仕え魔に、なれるかな
黒猫が仕え魔として欲しいと、幾度か真夜にも声がかかった。真夜は一生懸命仕えていたが、その仕えた主人達は不幸にも、みんな死んでしまった。最初の人は、子供を助ける為に事故に巻き込まれて、次は病死、さらに次は、殺人事件の巻き添えになった。そんな事が幾度か重なり、真夜は人の間で《不幸を招く黒猫》と呼ばれるようになった。
「こればかりは、あたしじゃどうにもならないのに」
自分の周りの黒い靄を見て、真夜はどうしようもない気持ちだった。
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夢で見たからか、過去のことを思い出しながら町を歩いていたら、真夜はいつの間にか《夢宮家》の屋敷の前に来ていた。
「真朝姉さん、お久しぶりです」
「真夜、お久しぶりって、この間、仕事で会ったばかりではありませんか」
「そうでしたね」
真っ白い毛に水色の眼の、姉の真朝。真夜の一番の自慢で、目標にしている理想的な仕え魔。家にいたときから結構、何でも要領よく器用にこなす。
「真朝姉さん、今日のお仕事は?」
「今日はご主人様が、たまにはのんびりしなさいと仰って下さったの」
真朝は嬉しそうだが、若干、不安な表情でもある。主人の仕事を見てると、ついつい補助というか手を出したくなるんだそうだ。それでもやるべき事は殆ど終わっているらしいので、それはそれで凄いと思う。
「真朝姉さんもですか」
「『も』という事は真夜もですか?」
「はい・・・それでご主人に、たまには実家に帰ってはどうか、と言われたのですよ」
「きっとそれは、お父様もお母様も喜ぶと思うわ」
真朝はそう言うが、真夜はあまり乗り気ではない。どちらかと言うと、実家に帰る気は今の所ない。下手に帰ってまた余計な事を思わせたくないし。
「真朝姉さんは家に帰ったことはあるのですか?」
「久しく帰ってませんが、たまに連絡は入れてますよ?」
「それは真昼姉さんも?」
「さぁ?真昼のことまで、わたしではわかりませんねぇ」
「そうですか」
これも本人に聞いてみよう。真夜はそう思う。
「あ、でも、今日は真昼の所はお仕事をしていたようですよ」
「なんで、そんな事は知ってるのですか?」
「先程、散歩中に麻白さんといるのを見かけましたよ」
「それは早く言ってほしかったのですが」
一応、真夜の自慢の姉だが、たまにほわっとしている時がある。まぁ、そこも真朝の良い所なんだろうな、と真夜は思う。じゃあ、また今度と真夜と真朝は別れた。




