休息と人探し
十月の中盤。智志はいつものように学校から帰ってくると、異様な光景を目にした。
「・・・姉さん?」
キッチンの床で《窓口》が倒れていた。慌てて荷物を床に放り出し、容態を確認する。幸い息はあり、死んではいない。続いて、リビングにある電話の近くの壁に掛けてある、掲示板と予定表を見る。この時間に限って、家には誰もいない。
「姉さーん?大丈夫?」
顔が赤く、熱い。近くに風邪薬の入ったビンが転がっていて、空のコップが置いてある。どうやら薬を飲もうとしていたか、飲んだ後のようだ。
「とりあえず、部屋に連れていかないとな」
なんとか彼女の自室まで運び、智志は今朝のことを思い出す。
──どことなく、フラフラとした感じで部屋から《窓口》は出てきた。顔色は若干悪かった。
「姉さん、おはよう」
「あぁ・・・智志くん、おはよう」
「なんか、少し顔赤いけど?」
「うーん・・・わたし自身は特に、不調は感じてないんですけどね?」
朝は弱い方だからと、いつものことだろう。そう判断していた彼女は心配ないよと、智志に言って学校へと送り出した。きっとこの彼女のことだから、誰にも心配かけまいと他の同居人達にも同じ事を言ってたのだろう。
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《窓口》の部屋のテーブルの上には、資料と思われる書類の山と多数の封筒。こんな状態でも仕事をしていたらしい。
「全く、無理しすぎなんだよ」
最近は、色々と仕事が立て続けに入ったらしく、彼女も東奔西走していた。殆んど仕事でも《窓口》が家から出ることは少ないのだが、今回はやたらと出掛けていた。
「何も、無理して一人でやろうとしなくても」
放り出したままの荷物を自分の部屋に置いて、風呂場から桶を持ってくる。そして桶に氷水を入れ、ハンドタオルを濡らし、固く絞って《窓口》の額に乗せる。今の状態で医者の所に連れていこうにも、智志だけではどうにもならない。倒れていた状況から考えて、家に誰もいなくなってから、かなり長い時間、そのまま倒れていたようだ。ちょうどその時、テーブルの上にあった《窓口》の携帯が鳴る。誰からだろうと見ると、護からだった。
「もしもし」
『──あれ?』
「あ、智志です」
『──智志くんか、アイツはどうした?』
「ちょっと、その、体調を崩したみたいで」
『──あー・・・そうか、本当は仕事のことで、今からそっち行こうと思ったけど、アイツの身体に障るならやめとくか?』
「いや、今、家にはオレしかいなくて、どうしようもないんですよね」
『──そうか、それなら本当はダメなんだが、様子見に行くよ』
「助かります」
『──すぐそっち行けると思うから、少しだけ待っててくれ』
それだけ言って、護との通話が切れる。他の同居人達はいつ帰るか分からないし、護ならこういう時の対処法は何か知ってるだろう。智志は静かに部屋を出て、玄関に向かう。少しだけ待っていると、インターホンが鳴ったので、ドアを開けると護が立っていた。
「悪かったな、智志くん、アイツは部屋か」
「あ、はい」
「一応だが《日向》の方にも連絡したから、向こうの仕事が終わったら来るそうだ」
「本当なら、オレがやらなきゃならなかったんですけど」
申し訳なさそうに言う智志に、大丈夫だと護は言って《窓口》の部屋へ向かう。その時《窓口》の部屋のドアが開き、彼女が立っていた。
「あ、智志くん・・・お帰りなさい」
「姉さん、大丈夫?」
「あー・・・大丈夫じゃないな、これは」
まだ顔は赤く、足下がおぼつかないで、フラフラしている。ドアに寄りかかって、やっと立っている感じだ。そのままズルズルと座り込む。
「しぃ、薬は飲んだの?」
護の質問に《窓口》は小さく頷く。倒れて、そのまま床で寝ていたのか、この人は。
「で、姉さん何があったの?床で倒れてたけど」
「あー、うん・・・一応、薬飲んだ後ね、片付けをしようと思って・・・そのまま」
「それくらいなら、そのままにしておけば良かったのに」
いくら今日は誰もいなかったとはいえ、ちゃんと帰ってくるのだから。
「しぃ、とりあえず部屋の中に行くぞ」
「ふぇっ?」
護はヒョイと《窓口》を抱きかかえて部屋へ入っていく。そのままポフンとベッドに降ろす。
「そのままじゃ寝づらいだろうから、着替えた方がいいとは思うんだが」
「えー・・・大丈夫ですよ?」
「誰がどう見てもその状態は大丈夫なわけねーだろ、馬鹿か?お前は」
本気で大丈夫だと思ってるのか、熱で上手く頭が回ってないのかはわからないが、智志にも《窓口》が無理をしているようにしか見えない。
「姉さん、少しは休んで?無理はしないの」
「そうは、言いますけれど・・・」
「しぃ?仕事は大事だが、今、無理をして体調が悪化したら、周りに余計に迷惑がかかるんだから、大人しく着替えて寝てろ」
「・・・はぁーぃ」
渋々ではあるが護の一言が効いたのか、小さく《窓口》は返事をする。智志は勝手ながら着替えを出す。またフラフラと歩かせる気はない。さすがに二人は着替えを見ているわけにもいかないので、終わるまで廊下で待機していることにした。
「アイツ、また倒れてるとかないよな・・・?」
「大丈夫みたいですよ」
智志はいつもかけている眼鏡を外して、部屋のドアの方を見ている。
「智志くんが眼鏡を外してるところなんて、初めて見たな」
「姉さんに貰ってから、殆んど外すことしませんからね」
手に持った銀縁の眼鏡、これは《窓口》から貰ったものだ。自分の悩み事を相談したらくれた、今の自分にとってはなくてはならないもの。
「そろそろ着替え終わったんじゃないですかね?」
また眼鏡をかけて、智志はドアをノックして入っていく。護もそれに続く。
「ところで、護くんはどうしたの?」
「本当は、仕事でここに来るつもりだったんだが・・・って、寝てろって言ったろ」
「お仕事・・・何か、ありました?」
《窓口》は大人しくベッドにはいるが、気になって仕方ないようだ。
「姉さん、仕事なら、オレらも少し手伝うから」
「・・・話聞くだけでも、ダメですか?」
「今は仕事とか考えずに寝てろって」
ちょうどその時、玄関の方で物音がした。誰か帰ってきたのだろう、足音がこちらに向かってくる。
「ご主人、大丈夫ですか?」
部屋に入ってきたのは亜夢だった。後ろにはリオネットがいる。
「大丈夫じゃないけど、今は大丈夫だと思うよ」
「そうですか、あと護さん、お仕事ならあたし達でよければ聞きますけど」
「あぁ、一応、書類とかあるから渡しとく」
亜夢は護から封筒を受け取り、慌ただしく部屋を出ていく。
「リオも行って大丈夫だよ?」
「・・・智志にぃ」
ズボンをギュッと握って、智志を見上げるリオネット。何か言いたそうだがわからない。よくわからないので、智志はリオネットを抱き上げる。
「あぁ、そうだ、リオちゃん、外に行くときは気を付けてくれよ?」
「え・・・なんで?」
「また、仕事の話になってすまないが最近、町で小さい子がいなくなってるんだよ」
「誘拐とかですか?」
「それが、まだわかってないんだ」
「それについては、色々とこちらで調べたのはテーブルの上にありますよ」
テーブルの上の資料の山はそれだったのか。
「目撃情報に不審者の情報、その他・・・これ全部《情報屋》からか?」
封筒に書かれた文字を護が読み上げ、その量の多さに驚く。
「護くんが必要だったら持っていって、コピーはとってありますから」
「そうか、なら持っていくよ」
護は《窓口》に持っていく封筒を見せてから自分のバッグに入れる。
「っていうか・・・仕事の話はするつもりはなかったんだがな」
「はうぅ・・・ごめんなさい」
「まぁ、無理すんなよ」
護は一旦、戻ると言って部屋を出ていった。智志とリオネットはテーブルの上の資料を眺めていた。正直、手伝うつもりだったがよくわからない。
「実は、いなくなってる子の手掛かりを探してたんですよね」
「それで姉さん、体調崩したの?」
「・・・早く、見つけてあげたかったんだよ」
このままではハロウィンで近所を回れないと、街の子ども達が《窓口》に依頼してきたらしい。今もいなくなってる子どもは見付かっていない。
「何かしらあれば、いいんですけどねぇ」
「でも今は寝ててよ、姉さん」
さすがに、こんな状態で夜中に出歩くとかはないとは思うが、若干、不安だ。
「心配しなくても、出歩くとかはないですよ?」
「出歩くのは阻止するからね?」




