思考の施行
応接室のソファーには《窓口》、向かいには望と護が座る。望は彼女が報告があると呼んだのだ。
「今回はどうなさる心算ですか?望さん」
「どうするも何も、神狩が関わっているからね・・・」
《窓口》に出された飲み物を一口飲んで、望は再び口を開く。
「今回は神狩の犯行、ということにしておこうと思うんだ」
「少女の方は?」
「彼女にとっては偶然、現実と同じような悪い夢を見ていたことにしておいた方が幸せだろう?しぃも、その考えだったんだろうし」
《窓口》は頷いて護の方を見る。
「実際、彼女は犯行を夢で見ていたっていう感じらしいからな、わざわざ真実を伝えて、罪人にする必要はないだろう・・・それに仕組まれた事だったんだし」
「意外ですね、護くんはこの言葉には反対すると思ってました」
「俺の立場上だと反対するべきなんだけどな・・・でも望とお前の事だ、俺や上が何と言おうとそうするんだろ?」
はぁ、とため息を護は一つつく。
「それと、俺は『神狩 仁』という人物について聞きたいんだが、どういうヤツなんだ?」
「あの人は『理想』だけを求めた魔術師、そして『今』の『わたし』という存在自体が希薄になっている、直接的な原因です」
そして《窓口》は少し悲しげに話し始めた。
「これは遠い昔の話です・・・一部の人間と妖魔達が表立って争っていた時代の事、その時代の彼は普通の神社の参拝客の一人だったそうです」
「なんか、どうしても叶えたい願い事でもあったのか?」
「来ていた理由については何だったのかは、当時からいる狐達も覚えてないようですし、わたしも知らないです」
《窓口》は小さく首を横に振る。
「何がそうさせたのか、いつしか彼は『理想』を追い求めるようになりました」
「そのために、彼はこの世界を作ったとされる《夢神様》か、それに近い《夢神の巫女》の力が必要だと考えたんだよ、理想を現実にするために」
「だからこそ従順ではなく、中立の立場である歴代の《巫女》はいらないと、何度か殺されているんです」
《窓口》の存在が希薄になったのは、また《巫女》が仁に見付かり、殺されないようにした結果なのだとか。だから、名前も存在も何一つ、他人の記憶に残らない(例外はあるが)。
「全く・・・三代前の『巫女』に敵対派だけが東の大陸に隔離されたのだから、彼もそこから出てこなければいいものを・・・まぁ『今回』も一度、神社の襲撃にあったから今はここにいるんですけれど」
だから『今』の『彼女』は神社ではなく、この家にいる。神社で巻き込まれて、被害にあう人が出ないように、そして、彼女自身の居場所が特定できないようにするために。
「《夢宮》の家にもいたこともなかったか?」
「ありましたね・・・まぁ、この家も元々は《夢宮》の所有していた家でしたけど」
そして《窓口》はコホンと一つ咳払いのして話を続けた。
「話を戻しましょうか・・・彼の『理想』はいつしか歪み、その実現の為に自身を『永遠』に閉じ込める『禁忌』に手を出した」
「だから・・・彼はずっとあのままで、資料とかを確認したところ、ここ数100年は姿形が全く変わってない」
「その結果、彼は今も死ぬこともなく、この『世界』のどこかで、もしくは外で暗躍しています」
「それは、不老不死になったってことでいいのか?」
《窓口》は少し悩んだように首を傾げる。
「今も老いることもなく死なずにいて、姿形がとある時期から一切変わってないということは、そうなのかもしれないですね」
「断言はしないんだな」
「不老不死というのは、そうなった時点で生物ではなくなるということと同義なんですよね・・・まぁ、わたしにはそこまでして何かをしたいという考えは理解できませんけれども」
「死なないから生きているっていうわけでもないからね」
全ての生物は生きてるからこそ、いつかは死ぬ。生物ならば誰でも平等に『死』は訪れる。ただ、その生きている時間が長いか短いかの差があるだけだ。それは彼女のよく語る至極、当たり前の正論。頭ではわかってはいるものの、それは受け入れがたいのが事実。
「不老不死の者は、生きてもいないし死んでもいないんだよ」
「そんなのどうやって相手にするんだよ」
「かなり難しいけど、空間の歪みにでも放り込むとかしないと無理かな」
《窓口》も望の言葉に頷いて、一息つくように飲み物を飲む。雰囲気がかなり暗く重い。
「神狩のことは少しわかったけどさ、そういえば《窓口》も《詩方家》と同じ事ができるんだな」
「あれくらいなら望さんでもできますよ?ただ、琴葉達より言霊の効力は劣りますけど」
言葉にも生物と同じように魂がある。それが『言霊』と呼ばれるものだ。その『言霊』を使って魔術などを使う者を《言霊使い》と呼ぶ。《詩方家》は《言霊使い》の家系だ。
「文字でも言霊って使えるものなのか?」
「文字は言葉を形にしたものですから、一番効力が強く出せます、そして言霊を文字で使う時に間違って使うと、悲惨なことになりやすいのが特徴ですかね」
「会話と文章では思いとか意図の伝わり方が違うだろう?」
『言霊』は使う人の感情とかによっても強さは変わるらしい。
「言葉ほど身近で強力なものはないですよ」
「祝詞や呪文もまた言葉だしね」
言葉は攻撃にも防御にもなる。それこそ使う人次第で変わる。魔術なども同じで、例えばそれは、核燃料を原子力で使うか兵器として使うかの違いのようなものだと《窓口》は言う。
「ただ、琴葉はそれで事故が起きちゃったからね」
「それからは家族や親戚以外と会話しないですからね」
「親戚とかは、なんで大丈夫なんだ?」
「家族や親戚は琴葉の力を独自の力で無意識に相殺してるらしいんですよ、だから平気みたいなんですよね」
《窓口》も望も正直なところ、正確な理由は解らないようだ。
「そんな事よりも」
望の言葉で空気が一瞬にして変わる。
「今回、事件の原因になったカルタはどうなったんだい?」
「きちんと、ここにありますよ」
《窓口》はテーブルの上に六枚のカードを並べる。その内の四枚は色褪せている。
「なんでまた、二枚だけ色が?」
「『白雪姫』と『ヘンゼルとグレーテル』はわたしが使ったからですかね?恐らく、カルタに溜まってた魔力を使いきったのだと思います」
このカルタは、六枚それぞれが魔力を蓄めて初めて使えるモノらしい。詳しい効果などは、使ってみるまで《窓口》にもわからなかったようだ。
「発動に必要な呪文も知らないですし、とりあえずそれっぽい詞を即興で組んでみたら発動しました」
「それでよく使えたな」
「実現させるのは昔から得意ですから」
都市伝説では邪悪な心の持ち主に取り憑き、身体以外の全てを支配するとされるカルタ。だが、今回の持ち主にそれは当てはまらなかった。
「彼女も神狩の操り人形っていう意味では、この『ピノキオ』のカルタの最後の生け贄にされるはずだったんだろうね」
望は『ピノキオ』のカードを手に取り眺める。
「それで、このカルタはどうするんだ?」
「一番いいのは《現原家》に持っていくことでしょうね」
「あそこの家なら、もうこういう事は起きないだろうしね」
《窓口》が六枚のカルタをまとめて小さな古い箱に入れる。
「そろそろ僕らは行こうか、護」
望が時計を見て立ち上がると護もそれに続く。
「じゃあ、また何かあったら来るよ」
「何もないといいですけどね」
「つれないね、しぃは」
二人が部屋を出ていく。《窓口》はソファーに座ったまま、見送る。自分以外、誰もいなくなった応接室で一人、彼女はカルタの入った箱を開け、中身を再び並べ始めた。
「このカルタは、この世の『悪』を封じ込めた、邪悪な心の持ち主に取り憑くモノであって、本来は魔力を蓄めて使うモノでもないんですよね」
一枚ずつ、丁寧に横一例に並べられるカルタ。特に何かが起きるわけでもない。
「取り憑いて、宿主の身体以外の全てを支配するだけ、それ以上でもそれ以下の存在でもない」
誰も彼女の言葉を聞く者はいない。だが、彼女は言葉を紡ぐのを止めない。まるで、そこにはまだ誰かがいるかのように。
「・・・だからこそ、このカルタは六枚揃っている時点で本当は既に『完成』していた」
色褪せた四枚のカルタ。彼女がカルタの上で手を凪ぎ払うように動かすと、その四枚のカルタに色が付いた。
「全ては歪んだ幻想、現実にあったのは一人の男によって仕組まれた、ただの悲劇だったというだけ」
色が付いた全てのカルタを箱に戻し、微笑む。
「では、本当にこのカルタに取り憑かれていたのは・・・一体、誰だったのでしょうね?」
《窓口》はソファーから立ち上がると、箱を持ったまま応接室を出ていった。




