鍵となる思考
真夜中の『夢現の街』。その街を《窓口》と護が、二人の後ろの離れたところを、ネロと智志が歩く。街灯があるとはいえ、道は暗い。
「ごめんね・・・護くん、こんな夜中に呼び出してしまって」
「こういうのには慣れてるし、気にするな」
人気の全く無い大通りを歩く。昼間とは雰囲気が大違いだ。
「ところで、お前はどこに向かってるんだ?」
「・・・いたわ、あの子」
《窓口》が指差す先、目の前からフラフラと歩いてくる少女。その手には、到底、普通の人間が扱うモノとは思えない、大きな黒い鎌がある。
「犯人はあの子なのか?」
「事件は彼女の意思ではないわ、カルタがそうさせているのかもしれない」
少女の目は虚ろで、夢を見ているかのようだ。
「・・・夢路さん」
「持ち主は、やはり彼女でしたか」
智志は髪は下ろしているが、彼女を見て誰だかわかったのだろう。ネロと智志はいつの間にか、二人に追いついていた。
「あのカルタは、あと二枚だったよな?」
「えぇ、このまま二枚とも今、回収できるかまではわからないですが」
突然、彼女は《窓口》に向かって、手にしたその大きな鎌を振り下ろした。だが《窓口》はそれを軽くかわす。
「っと、危ないですね」
《窓口》目掛けて鎌を振り回す心結。《窓口》は護達からも離れ、ただ攻撃をかわすだけ。
「なんで、お前は反撃しないんだよ?!」
「したいのは、山々なんですけどね?下手に魔法を使うと、彼女を傷つけます」
《窓口》の行動から、護は彼女が無力な人間であることがわかった。同時に《窓口》が若干、不利なことも。
「うーん・・・ネロくん達にも来てもらったけど、出番はなさそうですかね?」
一歩間違えれば《窓口》自身が死ぬかもしれない、とても危険な状況だというのに、攻撃をかわしながらも呑気なものだ。
「それと、見ているんでしょう?」
「コソコソと隠れていないで、出てきたらどうなんですか?」
一瞬の隙を突いて、心結と《窓口》の間に入ったネロが、大きな鎌の柄を片手で受けとめる。怪訝そうな、不機嫌にも思える《窓口》の言葉。一瞬だけ、護は彼女がその言葉を誰に向けたのかはわからなかった。上を見る彼女の視線の先。上空に黒いローブを着た男がいた。
「クククッ、ばれていたか」
「やはり、貴方でしたか」
「これはお前が仕組んだことだったのか?神狩」
男の名は神狩 仁。その素性は謎だらけの魔術師だ。その姿を現しては度々、凶悪な事件を起こしている犯罪者。それは《箱庭魔法協会》からも指名手配をされているほどだ。
「今回は何が目的だ?」
「ただ、そのカルタが完成するのが見たくてね」
「そのために、貴方は罪なき少女を巻き込んだんですか」
心結の持つ鎌の柄を掴みながら、ネロは仁を睨む。心結は必死に鎌を掴むネロの手を払おうとするが、ネロも見た目はともかく妖魔だ。人間である心結とは力の差があり、びくともしない。
「このままずっと、ネロくんに押さえてもらうのも大変でしょうからね?」
《窓口》はポケットから取り出した白いペンで、鎌に直接『破壊』の文字を書く。
「言霊復号、符号の実行──『破壊』せよ」
《窓口》の言葉とともに、その鎌は文字通り『破壊』される。その瞬間、ネロが心結に峰打ちをし、道の端へと抱えていく。
「それでは、もう一つ」
《窓口》が取り出したのは四枚のカード。今までの事件で残されたモノ。
「ほぉ?今までのカルタをそこのお嬢さんが持っているとは驚いたな・・・回収はもうできないと思っていたが」
さすがに全部を《窓口》が持っていたのは予想外だった、というかのように、仁は四枚のカードを見る。
「貴方の言葉通りなら、これらは全部揃って初めて使えるのでしょうけれど──さぁ、人喰い魔女は釜戸で焼きましょう《グレーテルの機転》」
『ヘンゼルとグレーテル』のカードから勢いよく炎が噴き出し、仁に向かっていく。
「どういうことだ?!」
その場にいる全員、何が起きているのか理解ができない。
「──嫉妬の炎を纏い、死ぬまで踊れ《白雪姫の復讐》」
さらに『白雪姫』のカードからも炎が出現する。
「──死霊の水、瀑布となりて終焉に導け」
仁の周りの炎は大量の水により消されてしまう。
「あらら・・・さすがに火力が弱いですね?まぁ、貴方が言うように完成してないのなら、当然と言えば当然ですが」
「ならば、お望み通り完成に近付けてやろう」
仁が何やら詠唱を始める。
「まさかっ?!アイツ夢路さんに攻撃する気か」
智志は急いで心結の方へ走る。
「はぁ・・・彼女は貴方の操り人形じゃないのですよ?」
詠唱が終わる、だが何も起きない。
「──幻想の言葉遊び《文取り》」
「・・・?」
「あなたの魔術が発動するのを、わたしがそう易々と許すとでも思ってます?」
《窓口》はクスクスと笑う。そして、一枚の白い紙をポケットから取り出す。そこには一文だけ、文字が書かれていた。
「貴方の詠唱詩の一文を取らせていただきました、一文字でも欠ければ魔術というのは機能しない!」
「だが、これで終わると思うな!!」
「終わるとしたらわたし達ではなくて、貴方の方ですよ?」
銃声なしに、仁の脇腹に銃弾が当たる。
「いつの間に・・・?!」
「気付かれたな」
「移動するか」
少し遠くの家の屋根の上、いつの間にか護とネロがいた。護とネロは、屋根から飛び降りる。
「いやぁ、ここまで上手くいくとは正直な話ですが、わたしも思いませんでした」
満足気に《窓口》は笑う。その笑顔は無邪気な子どものようだ。
「さすがにこれは分が悪いな、一旦引くことにしよう」
「逃げるつもりですか?──記号実現《束縛》」
《窓口》の持つ紙から、縄のように黒い手が仁を捕らえようと伸びる。それを軽くかわし、即座に空間に溶けるように仁は消えた。
✡
智志は心結の傍でしゃがみ、様子を伺う。そこに《窓口》、後ろからネロと護もやってくる。
「ごめんなさい・・・護くん、逃げられてしまいました」
「まぁ、無力なのがいながら頑張った方だろ」
護は《窓口》の頭にポンと手をやる。そのままワシャワシャと乱暴に撫でる。
「姉さん、夢路さんは大丈夫なのか?」
「大丈夫だと思います」
ネロが小さな白い紙を智志に見せる。そこには『憑依剥離』と薄く書いてあった。
「姉さん、これは?」
「これでカルタと彼女を引き離しました」
峰打ちをする直前に、ネロは《窓口》からこの紙を渡されていたようだ。なんでこの人達は、こういう連携を簡単にやってのけるのか。
「智志くんだって、きっとわたしと同じような事は出来ますよ?ただ、今はそれをしないだけ」
護に撫でられ、乱れた髪を直しながら《窓口》は、智志の目線に合わせてかがむ。《窓口》と目が合ったが、何もできてない事に恥ずかしくなり、そのまま顔を背けた。急に頭の上にポンポンと軽く彼女の手の感触がする。
「智志くんは偉いですよ?ちゃんと彼女の傍にいましたし、それだけでも十分なのですよ」
笑って《窓口》は立ち上がって智志を見る。
「智志くん、彼女はキミに任せますから・・・家まで送ってあげてください」
《窓口》の言葉に智志は頷いて、心結を抱えて歩きだす。もしかしたら必要になるからと、彼女の持つ鍵を預かって。
「それじゃ、わたし達は先に帰りますか」
大きく伸びをして《窓口》も歩きだす。
──これにて少女の見た悪夢は目覚めと共に終わりを告げた。




